司法局の宿舎で
「監視下?」
お父さまが眉を顰めた。それにわたしとお母さまも表情を強ばらせたと思う。
局長代理は冷静な目つきでわたしたちを見つめ返し、ゆっくりと言う。
「グレイ・スターリングは凶悪犯です。もしご息女が彼に取って何か不都合になることを見ていたり聞いていたら、口封じをしようとする可能性があります」
「何てことなの!」
お母さまが悲鳴じみた声を上げた。局長代理はそんなお母さまを宥めるように続ける。
「ただ、こうして解放しているので、あくまで可能性どまりです。おそらく、危険性は低いのですが、あなたがたの大切なご息女をお守りするためです」
――ものは言いようよね。
わたしは内心、局長代理のその台詞を疑っていた。多分、わたしの安全確保が狙いじゃないはず。何か他に理由がありそうだ。
しかし、お母さまは彼の言葉を信じたらしく、すぐに頷いた。
「娘の安全のためなら何でもするわよ。その代わり何かあったら」
「ご心配なく」
局長代理はやれやれと言いたげに手を上げた。「安全だと確信できましたら、連絡致します。それまで、こちらが用意した宿舎へ泊まっていただきますので」
「それなら身の回りの世話をさせる者を」
「いえ、それは」
「身の回りの世話をさせる者を」
やっぱり目が据わっている。
「解りました」
局長代理が折れた。肩を落としてため息をつく彼を満足げに見つめたお母さまは、やがて満面の笑みを浮かべてわたしに視線を移した。
「護衛が必要でしょう」
「あの、お母さま?」
わたしは笑顔を返した。「できればクレアを呼んでもらえないかしら。誰も知らない人ばかりで、心細いの」
「でも彼女では」
「信用できる人間だけそばにおきたいのよ。お願い」
わたしはできるだけ弱々しい笑みになるよう、意識した。
この肉体の持ち主は美形だった。それを利用しなくてどうする!
「そう、解ったわ」
今度はお母さまが折れた。
よし!
理由はどうあれ、わたしはクレアに会いたかった。
彼女は真面目だ。多分、学園祭でわたしが誘拐されたことも、気にしているはず。会って安心させたい。
それに、お母さまに言った言葉も嘘じゃない。こんなところに意志疎通もままならない筋肉質な護衛と一緒なんて冗談でしょ。
わたしに用意された宿舎とやらは、捜査官たちが寝泊まりしている建物だった。
司法局の敷地内にあり、外の世界とは遮断されているから、安全なのは間違いないだろう。
お父さまたちが帰ると、わたしはマチルダに宿舎に案内を受け、質素な部屋に入ることになる。
狭い部屋。
ベッドが一つ、机に椅子、ウォークインクローゼット、小さな窓。
贅沢なんて言ってられない。わたしはため息をついた。
「少し話をしましょう」
マチルダが後ろ手にドアを閉めながら言う。
ほら来た。
わたしは警戒心露わに彼女を見る。
「何? 事情聴取の続き?」
「まあね」
やっぱり。
わたしは肩をすくめた。
「そんな顔しないでよ。あなたには思い出して欲しいの」
「何を?」
「地下で何を見たか、何を聞いたか。グレイの逃亡先のヒントがあるかもしれないでしょ?」
「よく覚えてないの」
わたしは胸が締め付けられるような感覚に襲われた。何だろう、凄く不安。
「急に思い出せと言われても無理よね。明日から、カウンセリング受けましょう。で、ゆっくり思い出すといいわ」
「解った」
わたしが顔を強ばらせたまま応えると、マチルダが苦笑した。
「警戒するのは解るけど、我々はあなたの味方だから。それは忘れないで」
わたしはただ頷く。
すると、彼女は部屋を出ていった。
「後でまたくるわね」
そう言い残して。
マチルダが部屋にくる前に、この宿舎にクレアが到着した。
捜査官の一人に案内されてここに入ってくるなり、彼女が凄い勢いで頭を下げてくる。
「申し訳ありません、お嬢さま! あの時、ちゃんと護衛をつけていれば……」
と、そこで顔を上げて彼女の言葉が途切れる。まじまじとわたしを見つめた後、小さく言った。
「お嬢さまの面影が全くない……」
「あってたまるか」
わたしも小さく返してから、彼女の手を取った。「でも、わたしはわたしだから。こんな姿になっちゃったけど、信じてくれる?」
「えーと……」
クレアは戸惑ったように一歩下がる。手が離れる。
「お嬢さまの黒歴史と言えば?」
「家から抜け出そうとして二階から出たらそのまま落ちたこと? で、頭を打って、しばらく意識不明になったことかしら。その頃、こっそり通っていたらしい美味しい焼き菓子の店の場所が今でもどこなのか思い出せないわ!」
「間違いなくお嬢さまですね」
クレアが抱きついてきた。わたしは驚いたけど、抱きしめ返す。
ううっ、クレアが小さく感じる。
この顔だけが取り柄の犯罪者男の腕が長いのか!
「絶対、何とかしてもらいましょう」
クレアはやがてわたしを押しのけると、目をつり上げて言う。「お嬢さまがこんな目に遭うなんて、わたしの責任です!」
「いや、あのねクレア」
「わたしがあの時、お嬢さまに言われても護衛をつけていれば良かったんです! 責任を取らせていただきます!」
「どうやって責任とか……」
わたしが困惑して首を傾げると、彼女も頭が冷えてきたのか、首を傾げる。
「どうしましょう」
「ま、とにかく一緒にいてくれればいいわ。何だかしばらく、ここに住むみたいだから」
「ここに……」
クレアは辺りを見回し、深いため息をついた。「何にもないところですね」
「本当にねえ」
「旦那様に言って何か届けるように手配を」
「いらないわよ」
わたしは苦笑した。「そんな長居するわけじゃないもの。でしょ? さっさと屋敷に帰りたいわ」
「ああ、そうですねえ」
クレアは眉間に皺を寄せた。
わたしたちがぼんやりしていると、ドアがノックされてマチルダが顔を覗かせた。
「付き添いさんもいるわね。あなたの部屋は隣に準備したから」
と、言いながらクレアとわたしの顔を交互に見やる。
すると、その背後からエドガーも姿を現した。彼はわたしたちを一瞥すると、鼻を鳴らした。「男女が一部屋にいるのは悪い噂も出るだろ」
「わたしは女だし」
と、言葉を返しながら、わたしは悩む。
そうか、そういうこともあるんだ。
クレアを呼んだのはまずかっただろうか、と考えていると、クレアはにこやかに笑っていた。
「良家の人間が召使い相手に悪い噂なんて立つわけがありません」
「今は良家の娘じゃないだろ」
「最悪、悪い噂が立ったら婚約者ということにしましょう」
ね、と首を傾げながら彼女はわたしを見る。
それもどうかと思うなあ、と言葉を濁していると、マチルダがため息混じりに言った。
「とりあえず、食堂にいきましょ。その後はお風呂に案内するわ」
お風呂。
この世の地獄よ、再び!
「お風呂はエドガーが案内するから」
と、マチルダはわたしから視線を逸らす。
クレアもさすがにわたしの視線から逃げるように俯いた。
エドガーはまたわたしを嫌なものを見るかのように……。
「案内するけど、あんまり近寄らないでくれ。気持ち悪いし」
「こっちの台詞よ!」




