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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第五章 殺人者の記憶

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食事の場で

「何か食わせておけ」

 レティシアはエアリアルという少女の言葉を聞き流して、僕らの前から姿を消した。泣いているエアリアルはいかにも儚げであったけれど、この場にいた子供たちの視線はどれも冷ややかだった。

 とりあえず、テーブルの上には食事の用意はできている。レティシアの分も入れて七人分。レティシアは地下室にこもってしまったから、その分がエアリアルに回されるのだけれど。

「食おうぜ」

 そう言ったのは、僕らの中でも一番身体のおおきいコーネリアスだ。一番先に椅子に座り、質素な食事を前に舌打ちする。野菜のスープ、オムレツ、固すぎるパン。量は少ない。

 他の子供たちも次々に椅子に座り、食事をそれぞれ取り始めた。コーネリアスは何の躊躇いもなく、エアリアルに割り振られた皿を引き寄せ、そのまま食べ始めている。

「ちょっと!」

 グレースが鋭く叱責したものの、コーネリアスはどこ吹く風だ。

「泣いてりゃ食わないだろ」

 そのコーネリアスの台詞を受けて、皆の視線が部屋の隅で泣いたままの彼女に向いた。確かに食事どころではないみたいだけど。

「食わせておけ、って言われたよね。わたしは知らないから」

 グレースが続けてそう言うと、少しだけコーネリアスが言葉に詰まったように見えた。

 そして、気詰まりな雰囲気のまま食事は終わった。食事の皿を片付けている間も、エアリアルは肩を震わせてただそこに立っていた。


 夜が明ければすぐ、僕らは台所に集まる。また変わり映えのしない朝。

 食事の準備と掃除。

 そして、いつもと違うのはエアリアルの存在だ。僕らが掃除のために動き回っている途中、彼女の姿を廊下で見かけた。彼女は廊下に面した窓に手をかけ、開けようと必死になっている。もちろん開くはずもなく、彼女はまた別の窓に近寄って開けようとする。

 その目は泣きはらして真っ赤になっていたけれど、その横顔はまっすぐ前を向いていて、思いつめているのが明らかだった。

「無駄だよ」

 僕は彼女に声をかける。「この屋敷は閉鎖されてる。逃げ出せない」

「でも、帰らなきゃ」

 彼女は僕を見ないまま強く言った。しかしその声は震えていて、強がっているのが解る。

「下手なことをやれば殺されるって解ってる?」

 僕がさらに言うと、彼女は泣き始める。苛めてるつもりはないんだけど。

「……帰りたい。お父さまとお母さまに会いたい」

 そう彼女が呟いた時、僕の背後からコーネリアスの声が飛んできた。

「お父さまだってよ、お父さま!」

 明らかに小馬鹿にしたような声に、エアリアルがびくりと身体を震わせた。コーネリアスの声はさらに冷たくなる。

「ほっとけよ、グレイ。こんなんじゃどうせ長生きしない。食い扶持が減れば助かるだろ」

 そう言って、コーネリアスは僕らの横を通り過ぎていってしまった。

 僕はやがて、廊下の隅で小さくなっているエアリアルに声をかけた。

「皆、孤児なんだ。君は違うみたいだけど」

「……ごめんなさい」

 彼女は一瞬の間の後、小さく言った。本気で驚いているようで、目を見開いて僕を見つめる。それから、申し訳なさそうに目を伏せた。

 複雑な感情が僕の心の中に芽生える。

 エアリアルという子は、悪意というものを知らないのだろうか。幸せに育ってきたからか?

 ――でも、そんなもの、今の世界では通じない。それを理解しないと生きていけない。


 朝食の席では、エアリアルもきちんと食事を取った。かなり緊張しているようで、無言でスプーンを口に運び続けるだけだったけれど、多少は精神的に落ち着いたようだ。

 レティシアも地下室から出てきたので、彼女の分の食事の皿もテーブルに置いた。レティシアがいるだけで、この場の空気が冷たく感じる。誰もが無言で食事を済ませると、空いた皿を手に台所へと消えていく。

「あの、レティシア様」

 僕は自分の食事が終わるてすぐ、彼女に声をかける。どうしても近くに寄りたくなくて、声を張り上げて続けた。

「食料がそろそろ尽きます」

「――ああ、面倒だな」

「申し訳ありません」

「いや」

 レティシアは自分の食事を何かの試練かのように気難しい表情のまま済ませ、やがて立ち上がる。そして、快晴の空が見える窓に目をやると、つまらなさそうに息を吐いた。

 とりあえず、こう伝えれば彼女は食料の買い出しにいってくれる。どんなに面倒だとはいえ、下僕たちは食料がなければ飢え死にするしかないわけだし。

 エアリアルはこんな状況を黙って観察していた。何もかもが信じられない、と言いたげな目つきをしながら。そして、たまに泣く。

 しかしそれでも、この屋敷にある暗黙のルールを理解する頭は持っていたらしい。自分の食事の皿を片付けること、洗うこと、掃除すること、慣れない手つきで必死に僕らのやっていることを真似る彼女は、それなりに僕らに受け入れられていった。


 コーネリアスは時々、エアリアルの食事を奪う。新参者は古参にいいように扱われるものだ。

 エアリアルはそれを困ったように見つめ、奪われることを許容した。

「ばっかじゃないの!」

 グレースはそれを見て、コーネリアスがいなくなってから目をつり上げて悪態をつく。「エアリアルもエアリアルでおめでたいったら! 弱味を見せたら負けなのよ、負け!」

「でもグレース」

 僕は怒り狂う彼女に言う。「皆が皆、君のように強いわけじゃないし」

「何よそれ! わたしは弱いわよ! 守ってもらわなきゃ生きていけないわよ!」

「……それについては後でゆっくり話そうか」

 そんなことを言い合っていると、エアリアルが気まずそうに僕らに声をかけてくる。

「あの、気にしないで。大丈夫だから」

「あのね、エアリアル! 人間、食べなきゃ死ぬのよ!?」

「うん」

「うん、じゃなくてね!」

「……絶対、逃げるもの。そうしたら、たくさん食べられるし」

 エアリアルは長い睫毛を震わせながら言う。その口元には笑みが浮かんでいたけれど、目に浮かんだ不安は隠せてはいない。

 グレースは呆れたように顔を歪め、やがて肩をすくめる。エアリアルは逃げると自分自身に言い聞かせているようだったけれど、他の人間はそんなことは無理だと理解しているのだ。まあ、希望にすがりたくなる気持ちも解らないではないけど。


 ある夜、エアリアルが熱を出して床に倒れているのをグレースが見つけた。ぶつぶつ文句を言いながら、その身体を引きずって近くの部屋に運び込もうとしているグレースを見かけ、僕も一緒に手伝う。

 何とかベッドに運び上げて一息つくと、エアリアルが虚ろな目で宙を見上げて呟いた。

「クレア……」

 幻覚でも見ているのか、熱で頬を赤くしたまま何事か言っている。

 エアリアルが今までどんな生活をしてきたかは解らないけれど、現在の状況がつらいのは簡単に予想がつく。あまりまともに食事を取れていないせいか、最初、ここに連れてこられた時よりも痩せたようだったし。熱を出したのは疲労によるものだろうか。

 そう言えば、最近はレティシアの機嫌もよくない。

 エアリアルを観察し、何か考え込んでいるように思えた。


「なーんかさあ」

 グレースはエアリアルの額に水で濡らした布を置き、疲れたように僕を見た。「レティシア様も何でこんな子を誘拐してきたんだろ? もっと健康な子を連れてくればいいじゃない?」

「そんなことを言ったって、好みとかの理由じゃ?」

 僕は近くにあった椅子を引き寄せ、グレースに座るように促した。グレースは「ありがと」と呟きつつ、椅子に腰を下ろすとさらに続けた。

「きっと、探してる人がいるよね? いいところのおじょーさま、って感じだしさあ」

「それは間違いないね」

 僕は壁にもたれかかり、腕を組んで考える。

 孤児ではないエアリアルを誘拐してきたということは、何か理由があるに違いない。見た目が好みだから、という理由以外の何かが。

「熱を出したか」

 急にそんな声が響いて、グレースが椅子から飛び上がる。僕も慌てて居住まいを正し、声の主に顔を向けた。

 視線の先には、気難しい表情でエアリアルを見つめるレティシアの姿。僕とグレースはこっそり顔を見合わせた。

「お前たちは下がれ」

 レティシアは無表情で僕らを見やり、ベッドに近づくと熱でぐったりしているエアリアルの頬を撫でた。

 何をするつもりだろう、と僕らが戸惑っているうちに、レティシアは小さな身体を乱暴に肩の上に担ぎ上げると部屋を出て行ってしまった。

「……殺されるのかな」

「その可能性は高いな」

 レティシアが病人を大切にするなんてことは有り得ない。僕らはそう思ったから、それ以上考えることはやめた。

 だから、翌日、驚いたのだ。

 エアリアルが朝食の場に現れたから。

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