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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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血だまり

「案内してもらおうか」

 ジェンキンスがミリアという女性にそう言った。ミリアはけだるげに髪の毛を掻き上げ、小さくため息をついてから歩き出した。

 そこに、足音もなくエリザベスが駆け寄ってくる。彼女はマチルダのそばで足をとめると、小さく微笑んだ。

「お姉さま、片付きました」

「ありがと」

 片付いたというのはさっきの強盗たちのことだろう。

 マチルダは優しくエリザベスに微笑みかけると、そっと目を細めた。何となく意味深な表情だけれども、わたしには彼女の考えていることは解らない。

 マチルダは一瞬だけわたしに視線を投げた後、一緒に行こうと言うように頷いた。


 ミリアの部屋というのは、大通り沿いから路地に少し入った場所にあった。その建物は二階建てだったけども横に長く、ドアが一定の間隔でいくつも並んでいる。二階の部分には小さな窓。何だか奇妙だな、と感じるのは、建物が横につながっていることだろうか。

 わたしはこういう造りの家を見たことがなかった。普通は、一つの家族が一つの建物を所有するんじゃないだろうか。でも、一つの大きな建物の中がいくつもに区切られているらしい。その中の一つが、ミリアという女性の部屋なんだろう。

 どうやらミリアがわたしたちと合流する前に騒いだか何かしたのか、結構な人数の人間がその建物の周りに集まっていた。不安げに固まる女性たちと、興味本位にこちらを見つめる男性たち。

「全く、よくもこんなに集まったものだ」

 と、ジェンキンスが苦々しく吐き捨て、その視線をすぐ後ろについてきたアレックスに投げた。すると、アレックスは人垣をかき分け、ミリアが指定したドアの前に立つ。

 ミリアは年配の男性と一緒にその少し離れた場所に立ち、不機嫌そうに彼らを見やる。そうしているうちに、同じ建物の別の部屋にいた人たちも異変に気付いたらしく、ドアを開けて中から出てきてしまった。

「何かあったの?」

 出てきた女性のうちの一人が、ミリアに向かってそう訊いている。ミリアは肩をすくめ、何も応えない。しかし、その様子を見た女性たちが顔色を失っていく。多分、嫌な想像をしたんだろう。

 アレックスがドアノブを回しても、がちがちという音が響くだけで完全に回りはしない。

 二階の部分を見上げれば、小さな窓には明かりが灯っているのが見えた。

 そして、アレックスはその右手を握りしめる。手の甲から腕にかけて走っている魔法印が一際激しく輝いたかと思った瞬間、凄まじい勢いで彼はその扉を拳で殴りつけたのだった。

 ――何それ。

 わたしは茫然とそれを見た。どうやら彼の腕にかけられた魔法は、彼の腕力を増幅させるものであったらしい。まるで薄い板を割るかのように、分厚いドアが凄まじい音を立てて破壊される。ばらばらと木の破片が辺りに飛び散った。

 そして、わたしはそっとマチルダを見やる。

 そういえば、彼女の腕にも魔法の印があった。彼女の力はさっき見たけれど……こういう魔法って、肉体にかけていていいんだろうか、とぼんやり考えた。もしそれが許されるなら、わたしだってかけておきたい。

「先に入ります」

 アレックスがそう言って、ドアの裂け目から腕を突っ込んで内側の鍵を開け、先に家の中に入っていった。豪気というか、恐怖など知らない様子の足取りと背中。

 気づけばレベッカはわたしの腕にしがみついていて、地面を見下ろしながら震えていた。


「鼠、中に入るか?」

 ふとジェンキンスが薄く笑い、マチルダのそばにいたエリザベスを見つめる。「危険な場所は得意なのだろう?」

「わたしの鼠だから、あなたの命令は受けないわよ」

 マチルダが呆れたように鼻を鳴らすと、彼は少しだけ楽しげに笑った。

「使えそうなら私が買い取りたいがな」

「……あなたの部下、使えそうな人間が多そうね」

 マチルダが目を細めて微笑む。「さっきの怪力男、いくらで売ってくれる?」

「あれは売り物じゃない」

「うちの鼠もそうだけどね」

「残念だ」

 そこでジェンキンスは苦笑を漏らした。それからアレックスの後に続いて建物の中に入っていったけれど、他の誰もそれに続こうとはしなかった。


 そして少しだけ時間が経ち、ジェンキンスとアレックスが戻ってきた。

 ジェンキンスは年配の男性とミリアに近寄り、短く言った。

「女の死体がある」

「やっぱり」

 と、ミリアが年配の男性の腕を掴んだ。「別の部屋に移るわよ! もう、絶対に嫌だから!」

「解ってるから、その話は後で」

 年配の男性は額に手を置いて唸り、深いため息をついた。


 そして、レベッカが小さな悲鳴を上げ、ジェンキンスの脇をすり抜けて建物の中に走っていってしまった。

「レベッカ!」

 わたしは慌ててその後を追い、背後に誰かが制止するように言っているのを聞いた気がした。でも、レベッカを呼び戻すのが先だと思った。

 小さなロビー、そして二階へと続く狭い階段。レベッカの後ろ姿が二階へと消えて、わたしも階段を駆け上がった。

 嫌な臭い。

 それは建物の中に入った瞬間に感じたけれど、二階へと上がるとさらに強くなった。

 二階にあった部屋のドアが開いている。

 そのドアの前で立ち尽くしているレベッカの腕をつかもうと手を伸ばした時、レベッカが気を失って床に倒れこんだ。わたしは慌てて膝をついて彼女を抱き起こし、そして顔を上げる。

 その部屋の中が見えた。

 狭い部屋だった。必要なものだけしかない、質素な部屋。

 クローゼット、小さなテーブルに椅子、鏡台。

 そして、ベッド。

 白いシーツは赤黒く染まっていて、その上には。


「エレインです」

 気が付けば年配の男性がわたしの背後に立っていた。

 ジェンキンスとアレックス、マチルダもそこにいる。

「悪趣味だな」

 ジェンキンスが不快そうに言うのが聞こえた。

 わたしはまたベッドの上に視線を戻した。

 そして、ただ言葉を失っていた。


 その女性は美しい人だったのだと思う。

 苦悶の表情に歪み、唇から凄まじい量の血を溢れ出させていたから、とても今はそうは思えないのだけど。

 痩せていて、手足が長い。とてもスタイルのいい人だったのだと思う。

 ただ、今は。


 細長い布で両手足の自由を奪われている。

 さらに、頭の上部も幅の広い布でベッドに括り付けるかのように抑え込まれていた。その喉にも布が横断していて、まるで。


「解剖したのね」

 マチルダが低く囁いた。

 女性の喉から下腹部にかけて、巨大な傷が走っていた。ベッドはそんなに大きくはない。しかし、その女性の両脇に、彼女の腹から取り出されたと思われる臓器が並んでいて。

 血だらけの床、むせ返るかのような血の匂い。

 そう意識した瞬間、わたしは全身が震えた。

 たまらず目をそらし、唇を噛む。


「もう帰るわ」

 マチルダがわたしの腕をつかみ、立ち上がるように促した。「もう充分でしょう」

 わたしは立ち上がることができなかった。レベッカを腕に抱えていたからという理由もある。

「待て」

 ジェンキンスが鋭く言って、ゆっくりと部屋の中に入った。血だまりを彼が歩いたせいで、水音が辺りに響いた。

「何よ?」

 マチルダが警戒したように彼を見ていると、ジェンキンスは血だまりの中から何かを摘み上げた。

「面白い」

 彼はそう言って、わたしのほうを見る。そして、足早にわたしのところまで歩み寄ると、急にわたしの腕を掴んだ。もう片方の手は血に汚れた何かを握りしめたまま。

「違うな」

 やがてジェンキンスは短く言い、わたしの腕を解放した。

 何が?

 わたしが何の感情もわかないまま、彼を見上げる。

「意外と観察力があるのね」

 やがて、マチルダが首を傾げながら笑った。「カフスでしょ、それ」

 ――カフス?

 わたしがのろのろと自分の腕を見下ろした。今のわたしは学園からの帰り道で、制服姿だ。袖には学園の指定のカフスがある。月をモチーフにしたもの。

「女が身に着けるものではない」

 ジェンキンスが苦笑しつつ、手の中のそれを見た。

 そして気が付いた。

 わたしはレベッカを床に寝かせて、ゆっくりと立ち上がる。どうしても気になって、そのカフスをよく見たかった。

 さりげなく彼の手のひらの中を見る。

 太陽のモチーフ。


 見覚えがある。

 ウェクスフォード学園の普通科のモチーフ。


 わたしは驚いたことを隠すために、慌てて額に手を置いて貧血を起こしたふりをした。急に立ち上がったから……という様子を装って。

「すみません、ちょっと気持ち悪くて……」

 そう言うと、ジェンキンスが苦笑した。

「やっぱり子供だな。まあいい、どうやら別に犯人がいるらしいのは解った」

「それならこれで解散かしらね」

 マチルダが凄まじいまでの笑顔でそう言って、わたしを見やる。「やっと商談に移れるわね、どこか近くの店に入りましょうか。何か飲み物でも奢ってあげるわよ」

「でも、わたしは」

 と、レベッカを見下ろして首を振る。

 レベッカを放置するわけにもいかず、かといってこの場にもいたくない。どうしたらいいのか解らない。

「娘を運び出しますか」

 アレックスがレベッカを見下ろし、年配の男性にそう声をかけている。年配の男性は小さく頷いていたけれど、「しかし困った……」と心ここにあらずといった様子でぶつぶつ呟いていた。ミリアの姿はなく、エリザベスの姿すらそこにはない。

「とにかく出ましょう」

 マチルダがそうわたしの肩を叩き、少しだけ気遣うように笑った。

 そして、ゆっくりと階段を下りて一階へと戻る。家の外ではさらに騒がしくなっていて、野次馬の姿も増えているようだった。

 そこにエリザベスが立ち尽くしていて、わたしたちの姿を見ると小さく笑った。

「覚えました」

 と、エリザベスがマチルダに囁くのが聞こえて、わたしは二人の顔を交互に見た。

 ただ、すぐにジェンキンスが二階から降りてきてしまったため、エリザベスはすぐに口をつぐんでしまった。

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