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わたしはしばらくぼんやりしていたと思う。
やがて、マチルダはわたしを椅子から立つように促して、取り調べ室を出た。
その頃にはわたしの手は自由になっていて、犯罪者扱いはされていない感じ。
ただ、わたしの気分は最低にまで落ち込んでいて、これからどうしたらいいのかと自問自答を繰り返していた。もちろん、答えなんて出やしない。
マチルダの後をついて廊下を歩いていき、ある部屋の前で足をとめる。ふと、中から小さく声が漏れてきていた。
「娘は十四歳だ。勝手に事情聴取など……弁護士は」
お父さまの声!
わたしはほっとして、そっと安堵の息を吐く。マチルダがドア叩き、返事を待ってから扉を引いた。
「お父さま」
お父さまはこちらに背を向けて座っていた。その隣には、お母さまが落ち着かない様子でお父さまの腕を掴んで座っていて。
「お母さま!」
そう続けて言うと、二人が戸惑ったように振り向いた。
「……エアリアル?」
お父さまが茫然とわたしを見つめた。まあ、当たり前だ。見知らぬ少年が「お父さま」やら「お母さま」やら言いながら立ってるのだから。
「だから、色々問題があると申し上げました」
二人の向こう側に、局長代理が疲れた表情で椅子に座り、ため息をついていた。「今や、ご息女の肉体は凶悪な犯罪者ですので、こちらとしても簡単に釈放できなかったものですから」
「凶悪な」
「犯罪者……」
と、お父さまたちの声が重なった。
わたしは二人に駆け寄り、何とか信じてもらえないかと言葉を選んだ。
「ごめんなさい、お父さま、お母さま。わたしもよく解らなくて。レイチェルに会った後、記憶がないの」
「嘘でしょう」
お母さまが急に立ち上がって、混乱したようにわたしから目を逸らした。「うちの娘が……娘……」
そして、またわたしを見る。そのまま、床に綺麗に倒れ込んだ。
「セレン!」
と、お父さまが慌ててお母さまの名前を呼び、助け起こす。しかし、どうやらお母さまは混乱のあまり意識を失っているようで。
「ですよねー」
わたしはつい、そんなことを呟きながら途方に暮れた。
わたしだって卒倒したい。
お母さまがソファに横になっている間、お父さまは局長代理から話を聞いていた。
最初は「まさか」とか「信じられない」と呟いていたお父さまも、話が進むうちに声を失い、その顔色を白くさせていった。
「最初に狙われていたのは、レイチェル・ハリス嬢だと思われます」
と、局長代理が眉を顰めながら言った。「ご子息……じゃなかった、ご息女には刺激の強い話なので、席を外してもらったほうが」
それを聞いたマチルダがわたしの腕を引いたが、わたしは意地でも椅子から立ち上がるつもりはなかった。
局長代理をじっと見つめ、お父さまの隣で身体を強ばらせていると、お父さまがまたため息をつく。
「意地っ張りな娘なもので」
と、そこでわたしの横顔を見やる。「聞いて後悔しても責任は取らないぞ」
「うん」
わたしは頷いた。
局長代理は渋い表情でわたしを見つめた後、仕方ないな、と言いたげに目を細めた。
「グレイ・スターリングのやり口が少し解ってきまして」
局長代理はお父さまをまっすぐ見つめて言った。「誘拐する少女の近くで、数日は日常生活を観察するようです。共通しているのが花束でして。数日間、被害者のところには同じような花束が届きます」
「あ」
わたしはつい口を挟んだ。「レイチェルも言ってた。それに、控え室の前にも置いてあったし」
すれ違った少年がいた。
顔は見てないけど、もしかしたら。
局長代理が続ける。
「生活のリズムを把握した後、被害者を誘拐します。見ての通り、容疑者は顔だけは美少年ですから、花束を持って接触すれば、多少は警戒心も薄まるでしょう。そして、閉鎖された葬儀場に連れ込み、殺害します」
わたしは小さく唸った。
急に色々思い出されてきて、気分が悪くなる。
「殺害方法は説明を省略します。気分がいいものではありませんから。ただ、スターリングは正直にいって、正常な精神状態ではありません。少女の遺体に防腐処置をして、鑑賞していたことだけはお伝えしましょう」
「鑑賞……?」
お父さまが嫌悪感に満ちた声を漏らす。「何のためにそんなことを? まさか、娘もそんなことをされそうに?」
「そこが曖昧というか、今回の意外な点です」
局長代理の片眼鏡側の頬がピクリと動き、その双眸に困惑の色が浮かんだ。「スターリングの好みは髪の毛の長い少女でして。当初の狙いは先ほども言った通り、ハリス嬢です。しかし、学園祭でスターリングは髪の毛の短い彼女を見て犯行を中断、偶然見かけたあなたのご息女に標的を変更したようです。しかも、観察期間を置かず、その場で誘拐しています。スターリングらしくない行動です」
「らしくない?」
「困ったことに、スターリングは馬鹿ではないので。とにかく、下調べも重ねますし、危険を感じたら犯行を諦めることもあります。今回は例外的に起こした犯行のようですね。よほど、あなたのご息女が気に入ったのか……しかし、何故、こんなことになったのか」
わたしは局長代理とお父さまの顔を交互に見つめる。
そして急に、わたしの口が動いた。
「傷が、できた」
「ん?」
局長代理がわたしに視線を投げた。
「わたしを誘拐する時に傷が。だから……」
『一番の失敗だ』
突然、頭の中にあの声が蘇る。
グレイ・スターリングの声。
とても静かで、魅力的な声。優しげであり、それでいて冷たい響きの。
わたしは確か、一度あの地下で目を覚ました。
でも。
何だか記憶がはっきりしない。
わたしは確かに、グレイ・スターリングと話をした。でも、まるで夢の中で起きたことのようで、断片的にしか思い出せない。
『怪我をさせるなんて。治るまでに数日かかる』
彼はそう言って、悲しげにわたしを見た。
と、思う。
ああ、じれったい! 何で全て思い出せないの!?
「鑑賞用か」
局長代理がふと呟く。「傷のある肉体で人形を作るのは嫌だった。だからすぐに殺すことを断念して、その代わりに……」
『いいことを思いついたよ』
いいこと。
わたしたちの身体を交換して。そして。
「人格転移か」
局長代理が頭痛を覚えたかのように額に手を置いた。「傷が治るまで肉体を交換して……」
「まさか、治ったら」
お父さまが椅子から立ち上がる。ひどい顔色で、多分、最悪なことを考えてるのが解る。
傷が治ったら、わたしの身体は殺される。
そういうこと?
でも。
グレイ・スターリングは他に何か言った?
思い出せない。
「局長代理」
ずっと話を聞いていたマチルダが口を開いた。「グレイは新しい肉体を手に入れました。刻印のない肉体で、魔法を使用したとしても司法局も把握できない、綺麗な肉体です」
「ああ」
局長代理は頷いた。「しかも、彼好みの美少女で」
「新しい生活を送るにはちょうどいいかと思われます」
「オーガスティン嬢の肉体を殺すには、また人格転移する先の肉体を探さねばならんし、リスクも高い。人格転移は禁呪だから、他の魔法とは構成が違う。使えば我々も痕跡を辿れる」
「このまま逃亡すれば、一番楽でしょうね。グレイは新しい肉体でやりたい放題」
このまま逃亡すれば。
わたしは椅子に座ったまま、気が遠くなった。
そうしたら。
わたしは元に戻れない。そういうことよね?