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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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帰ってこなかった姉

 毎日があっという間に過ぎていく。

 ゼミ、図書室通いに時々剣術部。

 わたしの部屋の鏡は沈黙したままで、グレイの接触は途絶えていた。あのムカつく顔――わたしの顔だけど――を見ないのは安心もするけど不安もある。

 今頃、何をしてるんだか。


「やっぱり実践あるのみだよね! さあさあ、早速やろうじゃないか!」

 ある日のゼミは、またもや例の医者のところで実習だった。

 イングラム先生に言われるままに、その病院にやってきた患者さんのうち、軽い怪我の人に声をかけ、ゼミ生の治療魔法の実験台になってもらう、というやりかただ。

 もちろん、これは正規の治療ではなく、授業の一環としての行為なので、治療費の請求はしない。だから、多少の手際の悪さは我慢してもらわなきゃいけないわけだけど。

 イングラム先生の教えかたが上手いのか、みるみるうちに皆の治療魔法の腕が上がっていった。

 イングラム先生は終始上機嫌で、皆が切り傷やらの治療をしていくのを見守り、ハイテンションなノリで褒め続けていた。

「いいねいいね! 君たち筋がいいよ! 傷跡も残ってないねえ!」

 何だかんだで、最初は緊張していたわたしたちも、褒められれば嬉しいしやる気も上がる。時々はその病院で行われる手術も見学させてもらえるし、かなり有意義な時間だったと言える。

 イングラム先生の「ピンク色の内臓への愛」は困惑するしかなかったけれど、慣れればそれはそれで面白い人だった。


 やがて、第二次試験の範囲が発表された。

 第一次より遥かに広範囲で、内容も複雑化してきている。

 でも、思っていたほど厄介ではなさそうだった。

 相変わらずわたしとサイモンは図書室にも通い、レベッカやチャド、マクミランたちと勉強をしていたし、あらゆることが順調だった。

 ただ、レベッカはかなり緊張していた。何しろ、今度こそ五十位以内に入らなくてはならないのだから。

 彼女の緊張は試験が終わるまで続き、結果発表の日はかなりナーバスになっていたようだった。


「十九位です!」

 廊下に張り出された結果表を見上げながら、レベッカが泣きそうな声を上げた。

「二位……」

 わたしも泣きそうな声を上げた。

 あんなに頑張ったのに、またサイモンが一位!

 わたしは二位!

「悪いな」

 サイモンがニヤリと笑ってわたしの肩を叩き、わたしは彼を恨みがましく見つめた。

「お二人とも凄いです」

 レベッカは安堵したせいか、気の抜けた表情でわたしたちを見つめていた。

「凄くないよ……」

 わたしは頭を乱暴に掻いた。「スッゴく頑張ったのに……」

「こっちだって頑張ったんだよ」

 サイモンが苦笑していた。「お前が剣術部に行ってる間もな」

「うーん」

 やっぱり勉強のみ頑張ってるサイモンには追いつけないのか――。と唸りつつ、わたしは再度結果表を見上げた。

 チャドが十位、マクミランが十七位。結構、いい感じなのかもなあ。

「よう、結果どうだ!」

 そこにチャドがそう言いながら現れ、わたしの肩を叩きながら結果表を見上げる。マクミランもチャドと一緒に歩いてきて、結果を見て破顔した。

「よし、串焼きだな!」

 チャドがわたしとサイモンを見て上機嫌に言う。何だかよく解らないけど楽しい。こういうのが普通の友人関係なのかな。

 テストが終わったら買い食い、これは定着しそうだ。

 そこにレベッカが小さく声をかけてきた。

「あの、今日は勉強はしないんですか?」

「して帰る?」

 わたしが彼女に笑いかけると、彼女は慌てたように首を横に振った。

「いえ、今日は早く家に帰ります! 結果を知らせたいし……」

「それもそうか」

 その日は早々にレベッカと別れて、わたしは皆と一緒に屋台に寄った。前回と同じで、串焼きはとても美味しかった。

 第三次試験の時は、レベッカも一緒にこられたらいいのに。

 そんなことを考えた。


 そして次の日、教室に入ってきたレベッカはどこか浮かない表情をしていた。それが気になって、わたしは彼女の様子を時々観察する。

 あまり授業にも身が入らないようで、苛立っているような、落ち着かない様子の彼女。

「すみません、今日も帰ります」

 放課後になって、わたしが図書室に誘うと、レベッカは申し訳なさそうに眉根を寄せ、頭を下げてきた。

「何かあったの?」

 わたしのその質問に彼女は唇を噛み、少しだけ沈黙した。

「姉が……帰ってこなかったんです」

 やがて、彼女は小さく応えた。


「お姉さん? ああ、美人だって言ってた……」

「はい」

 レベッカは俯いていてわたしを見ようとしなかった。「いつも、ちゃんと朝には家にいるのに……」

「朝には?」

 わたしが首を傾げると、レベッカが慌てて顔を上げて微笑んで見せた。

「あの、何でもないです! 多分、今日はきっと帰ってくるはずだし」

「レベッカ」

 わたしは優しく彼女の肩を叩いた。何だか彼女の様子があまりにも切羽詰まっているようで、不安になった。

「事故とか、考えてる?」

 わたしが小声で訊くと、レベッカはその身体を硬直させた。そして、間を置いて頷いた。

「姉は真面目なんです。帰ってこないなんて……事故に遭ったか、それとも」

「えーと、仕事に出かけたの? で、帰宅はいつも朝? なのに今朝は帰ってこなかった?」

「はい」

 レベッカの顔色は真っ白に近い。しかし、一晩帰ってこないというだけでは――。

 どうなんだろう。

「治安、よくないから」

 やがてレベッカはポツリと呟き、その目を潤ませた。


「どうした、何かあったのか」

 サイモンがわたしたちの様子に気がついて、そう声をかけてきた。

 わたしは一瞬、レベッカが肩を震わせたのを見た。そして、彼女が「何でもないです」とぎこちなく笑うのを見て、あまり騒ぎ立てたくないのだろう、と感じた。

「体調が悪いみたいなんだ」

 わたしはサイモンに咄嗟にそう言って微笑む。「ちょっと、彼女を送ってくるよ」

「体調?」

 サイモンが眉を顰めた。しかし、レベッカの顔色の悪さに気づいてすぐに頷く。

「解った、気をつけて」

 レベッカは困惑したようにわたしとサイモンを交互に見やり、やがてわたしに頭を下げた。


「あの、一人で帰れます」

 送ってくる、と言ってしまった手前、わたしはレベッカと一緒に廊下を歩き出していた。しかし、レベッカは校門の前で足をとめてわたしに言った。わたしに気を遣っているのがよく解る。

「せっかくだから途中まで送るよ」

 わたしは辺りを見回し、もうすでにマックスが馬車で学園内にいることに気づいた。

 彼女の自宅まで送らなくても、途中までなら――、と考えたのだ。

「いえ、それは申し訳ないですし」

「家は近いの?」

「……はい」

 その一瞬の間が、彼女の嘘を教えてくれた。

「馬車で移動なら早いしね。お姉さん、帰ってるといいけど」

 わたしの姿に気づいたのか、馬車をとめておく指定の場所から、オーガスティン家の家紋がついた馬車が近づいてくる。

 乗って、と身振りで彼女に促すと、レベッカは情けない表情をして見せた。

「見かけによらず……強引だと言われませんか」

 レベッカが言う。

「言われたことないよ」

 わたしが肩をすくめる。

 やがてレベッカは深々と頭を下げて、小さく囁いた。

「途中までお願いします」


 馬車の中で、彼女はじっと肩を縮めて座っていた。その表情は相変わらず固い。

「お姉さん、何の仕事をしてるの?」

 わたしが訊いても、彼女は泣きそうな目でわたしを見つめ返すだけだ。

 夜に働いているなんて、大変なはずだ。確か、お姉さんの稼ぎに頼ってるとかレベッカが言ってたから、きっと給料はいいんだろうけど。

「……借金があるんです」

 やがて、レベッカは消え入るように言った。

 わたしはその唐突な切り出しかたに戸惑いつつ、曖昧に頷く。

「父が作った借金が、あまりにも大きくて……母の稼ぎじゃ返せなくて。父は今、身体を壊して仕事できないので、皆で何とかしなきゃいけなくなったんです」

「……うん?」

「エイスくんは……こういう話は縁はないだろうし、理解できないと思う」

 彼女は俯いて、ぎゅっとスカートを握りしめていた。「姉の仕事は、自慢できるものじゃないんです。だから、早くやめられるようにしたかった」

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