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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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ゼミ始まる

 そして、ゼミも始まった。


 わたしとサイモンは、狙い通り、治癒魔法のためにピート・イングラム先生のゼミに入った。

 当たり前といえば当たり前だけど、ゼミ生は全員Aクラスのクラスメイトだから、かなり気が楽だった。ぞろぞろと皆でイングラム先生の部屋に入り、挨拶をする。

「はいはい、こんにちはこんにちは」

 イングラム先生は、終始にこやかだった。

 背の高い三十代後半の男性で、明るい茶色の髪の毛を肩の下まで伸ばしている。服装はとてもおしゃれで、正に紳士、といった感じだったけど。


「さあさあ、椅子に座って座って」

 彼はそう言って、先に自分の机のところに戻り、その周りにぐるりと円状に置かれた椅子を手で示す。

 挨拶もそこそこに、彼は右手を上げて魔法の呪文の詠唱を始めた。すると、わたしたちの目の前に、人間の形をした影が現れた。

「時間ももったいないから、さくさくいこうね」

 イングラム先生は皆の顔を見回して、明るく言った。「君たちは、人間の身体について理解をしなくてはいけない。治癒魔法は簡単ではない。医者と同じで、少しのミスが命を奪うこともある。だから、まずは人間の身体の構造を教えるよ」 先生がそこで言葉を区切る。

 すると、我々の中央に立っていた人型の影に変化が現れた。その身体に走る、無数の筋。

「はいはい、これ、人間の血管ね」

 イングラム先生は人型の前に近づき、その影に触れる。途端に輝き出す太めの血管。細かな魔法言語がその血管を流れ、脈打つのも見えた。

「この血管が傷つくと、結構あっさり人間は死ぬね。だから、もしこのどこかが傷ついたら、急いで修復しないと失血死。だからまず、こういう単純な修復治療から君たちに教えていくよ。それと、内臓とかの仕組みもどんどん教えていこうか!」

 そうまくし立てられて、わたしたちが困惑しつつも頷いていると、さらにイングラム先生は浮かれたような口調で続けた。「内臓、いいよね! いやはや、人間の身体の造りは素晴らしいよ! 我々のこの小さな身体には、小さくても完璧なまでに緻密な塊が色々詰まっていてね! また、それが健康だとキレイなピンク色でね!」

 わたしたちはどこかぼんやりと彼を見ていたと思う。

 イングラム先生のテンションの高さがハンパない。

「病気だと、キレイじゃないんだ!」

 イングラム先生は拳を握りしめ、眉間に皺を寄せながら熱弁した。「我々はそのキレイじゃない内臓を、また完璧なピンク色に戻すために、魔法を覚えなきゃいけないんだよ! そうだ、ピンク色だよ!」


 ちょっとだけイングラム先生が動きをとめた。

「話についてきてる?」


「なんとか」

 そう小さく言ったのはサイモンで、わたしは内心で「かろうじて」と呟いた。

「ああ、良かった良かった」

 そして、また輝くようなイングラム先生の笑顔。

 つい、わたしがこっそり皆の顔を見回すと、明らかに眉を顰めているクラスメイトも数人。サイモンは真面目な横顔だ。

「やっぱりね、治療に携わるなら、早いうちに色々見ておくべきだよ!」

 イングラム先生の声がどんどん大きくなる。「司法局に頼んで、ちょっと新鮮な死体を見せてもらうことにするよ! 慣れないと気持ち悪く感じるかもしれないけど、大丈夫、すぐに慣れるよ!」

「……新鮮」

 誰かが茫然と呟くのが聞こえた。

「あの」

 わたしは思い切って手を挙げた。「司法局に頼めば、死体を見せてもらえるんですか?」

「うん、そうそう!」

 イングラム先生はわたしを見つめて目を細めた。「君、美形だねえ」

「……」

 ――唐突に何を言うんだか。「うん、いい感じの頭蓋骨だ」

「そっちなんだ」

 サイモンが驚いたように呟いている。わたしは何も言えずに固まる。

「司法局は、犯罪者の死体を研究目的に使うことが許されてるからね」

 イングラム先生はその視線をわたしに向けたまま、にこにこと笑う。

 ヤバい、頭蓋骨だけじゃなく、全体の骨格も観察されてる気がする。

「研究とは、主に治療魔法のためですか?」

 サイモンが手を挙げて質問した。すると、イングラム先生は首を横に振った。

「普通の医者も見たいだろうし、まあ、他にも色々用途はあるよ。武器の試しとか」

「武器……」

「それに、犯罪被害者が何か不明な武器で殺されたりしたら、武器を特定するために色々使ってみるよね。大剣かな、細身の剣かなあ、とか」

 なるほど……。

 わたしは気づいたら眉間に力を入れていたらしい。そのうち皺が固定されそうだ、と慌てて額に手を置いてマッサージする。

「まあ、我々の場合は解剖の立ち会いだよ! できれば、キレイなピンク色に当たればいいね! まあ、病気持ちの人間でも参考資料になるから、それはそれで楽しみだけど!」


 変な人だ。

 我々がただぼんやりと先生を見つめ、それぞれこっそり顔を見合わせる。

 でもある意味、そのテンションの高さに引っ張られるようにして、ゼミは順調に進められた。気持ち悪いとか考えるより先に、内臓の位置は――などという会話が行き交う不思議な空間。


 しかし、やがてやってきた解剖の立ち会いはさすがに皆、酷い表情をそれぞれ見せることになった。


「今日は外に出るよ!」

 ある日、イングラム先生は集まったゼミ生の前で、凄まじいまでの笑顔でそう宣言した。

 どうやら、解剖とやらは司法局の建物内でやるわけではないらしい。どこかの医者が司法局からもらってきた死体らしく、その医者のところに行くんだとか。

「はー」

 サイモンがため息をつきながら頭を掻いていた。「さすがに緊張するよ」

「だよね」

 わたしも頷く。

 他の皆も冴えない表情で、イングラム先生の後について廊下に出た。

 そして、「内臓、内臓!」と上機嫌な先生の背中を恨めしげに見つめた。


 解剖の場所は、かなり綺麗な建物の中の一室。そこは、どうやら人気の医者の自宅であるらしい。外から見ただけでも、かなりの豪奢な造りの建物だ。二階は居住のための部屋、一階は診療所、といった感じ。

 その一階の一室で、四十代くらいの男性が待っていた。

 気難しげな男性で、イングラム先生とは仲がいいらしい。ただ、あまりゼミ生にはいい顔をしなかった。

 その理由はすぐに解る。


「吐くなら外に出たまえ!」

 そんな声がすぐに飛ぶことになったから。


 その帰りは、誰もが生き絶え絶えといった感じだった。

「いやはや、なかなかいい感じの心臓だったね!」

 イングラム先生だけが超元気。

 サイモンも青白い顔でずっと無言だったし、他のクラスメイトはもっと酷い。

 わたしだって――。


 わたしだって、気分はよくない。

 でも、わたしが恐れていたほどの混乱はなかった。

 犯罪者の死体。

 それは三十代くらいの恰幅のいい男性の遺体で、喉に大きな裂傷があった。それが致命傷だとすぐに解る傷。

 その身体を小さな刃物で切り裂く医者。


 恐怖はあった。

 ジェーン・マーチンの遺体を見つけた時のように、自分が荒れるのではないか、と。

 普通に立っていられるか、自信がなかった。

 でも、実際には。


 勉強だから?

 そう言い聞かせていたから?

 わたしは確かに気分は悪くなったし、時々直視できなくて顔を背けたけれど。

 それでも、驚くくらいに冷静だった。


「また、次回も楽しみだね!」

 イングラム先生は我々を見回して笑う。「しばらくは学園で勉強だけど、また解剖に立ち会えるよう、話をつけとくからね!」

 しかし、それを聞いても誰も何も言わない。

 ぐったりとしたまま歩き続け、学園へと帰る。

「さて、来週は少しずつ実践に入るよ! 簡単な応急手当ての仕方からね!」

 イングラム先生はそう言って、我々を解散させた。

「さすがに食欲ないな」

 サイモンが乱暴に頭を掻きながら言い、帰宅準備を始めた。

「そうだね」

 わたしはぼんやりと応えながら、唇を噛んだ。

 何だかよく解らないけど、嫌な感じだ。

 胸の奥がもやもやする。頭の中も、すっきりしない。


 何か、思い出しそうで思い出せない。

 そんな感じがして気持ち悪かった。

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