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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第四章 学園生活と不穏な街

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ゼミの話

「で、ゼミの申し込みはどうすんだ」

 チャドが串焼きを食べ終え、串を屋台の脇にあるゴミ箱に入れながら言った。

「ゼミって?」

 わたしは聞き慣れない言葉に首を傾げ、チャドを見る。すると、皆の視線がわたしに集まった。

「あれ、休み中の話だっけ」

 マクミランが手を叩き、少しだけ大きな声を上げる。

「そういやそうだな」

 と、チャドも頷いた。「今回のテストが終わったら、ゼミナールの募集が始まるんだ」

 わたしは困惑しながら彼を見つめ、次の言葉を待つ。すると、サイモンが口を開いた。

「つまり、特別授業みたいなものだよ。週に一回、放課後に集まって勉強会」

「勉強会か。申し込み制なんだ?」

 わたしが訊くと、サイモンは笑った。

「募集を出してる先生は五人いる。それぞれ定員は十名でね、申し込みは早い順、もちろんさらに成績順だよ。明日から申し込み開始じゃないかな」

「五人――つまり、五十人しか受けられないんだ」

 わたしは驚いてサイモンの顔を見直した。「じゃあ、本当に早い者勝ちだ!」

「そう」

「え、サイモンはもう決めたの?」

「もちろん」

 彼はニヤリと笑う。「前、治癒魔法で有名な先生がいるって言ったろ? 僕はそれ狙い」

「治癒か……、なるほど、そうだよね」

 わたしは低く唸る。治癒魔法の腕が良ければ稼げるって言ってたっけ。それに、彼の妹さんのこともある。

「チャドは?」

 わたしがそう言いながらチャドに目をやると、彼も決めていたらしく、あっさり答える。

「俺は魔導士のコースだな」

「え、チャドって教師希望!?」

 と、言ったのはマクミランだ。驚いたように目を見開き、彼を見る。

「手堅い職業だろ。ま、もしかしたらやってるうちに気が変わるかもしれないけど」

「そっか……。どうしようかな」

 マクミランが串焼きを睨みつけながら呟く。「僕はそれどころじゃないしな。とにかく成績上げたいから、別のゼミ狙うかも」

「いいんじゃね? でも、早く決めたほうがいいぜ」

「うん」

 マクミランが悩んでる横で、わたしも悩んでいた。

 治癒魔法か。それもいいな、と。

 もしグレイに襲われて怪我をしても、自分で治せるということだ。襲われたくないけど。

「一番人気って何かな」

 わたしが顔を上げて皆を見ると、サイモンが言った。

「治癒だろうね」

「なるほど」

「一緒にやる?」

「うん、そうする」

 わたしがすぐに頷くと、サイモンは困ったように笑った。

「自分のやりたいことをやるのが一番だけどね」

 どうやら先ほどの誘いの言葉は冗談だったらしい。少し慌てたような光がその双眸に浮かんでいる。

「一応、一晩考えるよ」

 わたしがそう言うと、サイモンは安堵したようだった。


 彼らとはその場で別れて帰途につく。「馬車で送るよ」と言ったものの、三人にあっさり断られたからだ。

 どうやら、馬車で学園に通ったりするのは金持ちだけらしい。彼らの自宅の近所の人間には、金持ちの友人がいるということを見られたくないようで、遠慮による辞退ではないことは間違いなかった。

 そして屋敷についてから、くーちゃんのお土産として串焼きを買ってくれば良かった! と後悔した。

 最近、懐き具合がハンパないのだ。餌をやる人間に懐く習性なんだろうか。

 部屋に帰れば、檻に近づくまで切なげに「きいきい」鳴き、檻に触れれば「くるるるる」と喉を鳴らす。

 これは本当にレティシアとやらの使い魔なのか!? と疑問に思うくらい。


「おかえり」

 と、そこに鏡の中から声が響く。

「ただいま、と言うと思った?」

 わたしは鏡を見ずに言う。「言ってくれると嬉しいけどね」

「じゃあ絶対に言わない」

「酷いね」

「どっちが!」

 わたしは声を荒立てた。そして、唇を噛む。

 ダメだ、グレイと会話すると心が荒む。

 わたしはこんな気持ちを抱えたらダメになる。

 必死に深呼吸をして、シャーラのおまじないを口にした。すると、瞬時に辺りがクリアに見えた。目の前に浮かんでいた怒りが消える。


「……古代言語だね」

 ふと、グレイが笑う気配がして、わたしは視線だけそちらに投げた。

 グレイは以前見たときと同じような服を着ていた。髪型も同じ。

 どこかの薄暗い部屋にいるのも同じ。

 もっと明るければ、その部屋の様子が解って、彼がいる場所の手掛かりになるかもしれないのに。

「やっぱり、迂闊に君に近づくのは危険だ。君もなかなか侮れないな」

 彼は微笑みながら言う。余裕の笑み。

「それで?」

 わたしは静かに口を開いた。おまじないのせいか、思ったよりわたしは冷静だ。

「今回の会話の目的は何? 確か、以前言ったよね。このことを誰にも言わずにいたら、そのうちあなたの居場所の手掛かりをもらえるって」

「言うかもしれない、とは言ったね」

 グレイは首を傾げた。「まあ、今回はその話じゃない。君に一応言っておこうと思って」

「何を?」

 わたしが鏡の前に近寄って睨むと、彼はその前髪に触れた。それと、後ろに纏めきれず、横に流れている後れ毛も。

「自慢なんだろうね、この長い髪」

「それは……」

 もちろん、と言いかけて言葉を切る。嫌な予感。

「近々、切らせてもらうよ」

 ――やっぱり!

 わたしは目を細めた。

「嫌よ。ずっと伸ばしてるんだから」

「でもね」

 グレイも鏡に近寄ってきた。「髪の毛が長いと、つかんで引き倒される危険性が上がる」

「何をする気なの? 引き倒されるようなことをしなければいいだけでしょう」

 自分でも意外なほど冷ややかな声。グレイはそれを聞いて、少しだけ言葉を切った。

 やがて彼は息を吐く。

「君は安全なところで暮らしているから、外の街を知らない」

「……世間知らずってこと?」

「そうだよ。しかも、若い女が一人で暮らすのは危険が伴う」

「じゃあ身体を」

「交換するには、また君に近づかないといけないから却下だ」


 わたしも息を吐いた。


「思ったんだけどね。このまま入れ替わっていたほうが一番楽なんじゃないかと」

「馬鹿言わないで。それはあなたの都合でしょう」

 わたしは呆れた声を上げる。しかし、彼は穏やかに続けた。

「君も何とか問題なく生活しているし、慌てることはない」

 馬鹿じゃないの。話の無駄。

 わたしはベッドに戻り、くーちゃんの檻の横に腰を下ろす。

「僕も色々考えることがあってね。君に構ってる時間があるかどうか解らない」

「そうですか、お忙しいようで」

 わたしが彼を見ないままわざと刺々しく言うと、彼は苦笑した。

「いじけないでくれ。この身体に傷をこれ以上、つけたくないだけだ」

 いじけてなどいない。

 苛立ってるだけ。

 それは違う感情のはず。

「だから君も、少し大人しくしているといい」

 ふと、違和感を覚えてわたしは顔を上げる。

 グレイはどことなく真剣な目をわたしに向けていた。

「こう言っても信じないだろうが、僕は君のことが嫌いじゃないよ」

「……そうね、保管したかったくらいだもの」

「……そうだね」

 グレイは複雑そうに笑う。何だろう、グレイがおかしい。演技だろうか、普通に見える。普通の感情を持っているかのように。


「あなた、グレイ・スターリングよね?」

 わたしが思わずそう訊くと、彼は一瞬だけ表情を凍らせた。


「他の誰だと思う?」

 すぐに彼は馬鹿にしたかのように私を見た。失笑と共に。

「必要なら誰でも殺すよ。それだけは忘れないでくれ」

 彼はそう言い残し、姿を消した。


 神様、おまじないをもう一度かける前に、悪態をつくわたしをお許し下さい。

 死んでしまえ!

 もちろん、身体を交換した後に!


 そしてその夜、わたしは酷く落ち込んだ。

 やっぱりグレイとの会話は不快だ。

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