ゼミの話
「で、ゼミの申し込みはどうすんだ」
チャドが串焼きを食べ終え、串を屋台の脇にあるゴミ箱に入れながら言った。
「ゼミって?」
わたしは聞き慣れない言葉に首を傾げ、チャドを見る。すると、皆の視線がわたしに集まった。
「あれ、休み中の話だっけ」
マクミランが手を叩き、少しだけ大きな声を上げる。
「そういやそうだな」
と、チャドも頷いた。「今回のテストが終わったら、ゼミナールの募集が始まるんだ」
わたしは困惑しながら彼を見つめ、次の言葉を待つ。すると、サイモンが口を開いた。
「つまり、特別授業みたいなものだよ。週に一回、放課後に集まって勉強会」
「勉強会か。申し込み制なんだ?」
わたしが訊くと、サイモンは笑った。
「募集を出してる先生は五人いる。それぞれ定員は十名でね、申し込みは早い順、もちろんさらに成績順だよ。明日から申し込み開始じゃないかな」
「五人――つまり、五十人しか受けられないんだ」
わたしは驚いてサイモンの顔を見直した。「じゃあ、本当に早い者勝ちだ!」
「そう」
「え、サイモンはもう決めたの?」
「もちろん」
彼はニヤリと笑う。「前、治癒魔法で有名な先生がいるって言ったろ? 僕はそれ狙い」
「治癒か……、なるほど、そうだよね」
わたしは低く唸る。治癒魔法の腕が良ければ稼げるって言ってたっけ。それに、彼の妹さんのこともある。
「チャドは?」
わたしがそう言いながらチャドに目をやると、彼も決めていたらしく、あっさり答える。
「俺は魔導士のコースだな」
「え、チャドって教師希望!?」
と、言ったのはマクミランだ。驚いたように目を見開き、彼を見る。
「手堅い職業だろ。ま、もしかしたらやってるうちに気が変わるかもしれないけど」
「そっか……。どうしようかな」
マクミランが串焼きを睨みつけながら呟く。「僕はそれどころじゃないしな。とにかく成績上げたいから、別のゼミ狙うかも」
「いいんじゃね? でも、早く決めたほうがいいぜ」
「うん」
マクミランが悩んでる横で、わたしも悩んでいた。
治癒魔法か。それもいいな、と。
もしグレイに襲われて怪我をしても、自分で治せるということだ。襲われたくないけど。
「一番人気って何かな」
わたしが顔を上げて皆を見ると、サイモンが言った。
「治癒だろうね」
「なるほど」
「一緒にやる?」
「うん、そうする」
わたしがすぐに頷くと、サイモンは困ったように笑った。
「自分のやりたいことをやるのが一番だけどね」
どうやら先ほどの誘いの言葉は冗談だったらしい。少し慌てたような光がその双眸に浮かんでいる。
「一応、一晩考えるよ」
わたしがそう言うと、サイモンは安堵したようだった。
彼らとはその場で別れて帰途につく。「馬車で送るよ」と言ったものの、三人にあっさり断られたからだ。
どうやら、馬車で学園に通ったりするのは金持ちだけらしい。彼らの自宅の近所の人間には、金持ちの友人がいるということを見られたくないようで、遠慮による辞退ではないことは間違いなかった。
そして屋敷についてから、くーちゃんのお土産として串焼きを買ってくれば良かった! と後悔した。
最近、懐き具合がハンパないのだ。餌をやる人間に懐く習性なんだろうか。
部屋に帰れば、檻に近づくまで切なげに「きいきい」鳴き、檻に触れれば「くるるるる」と喉を鳴らす。
これは本当にレティシアとやらの使い魔なのか!? と疑問に思うくらい。
「おかえり」
と、そこに鏡の中から声が響く。
「ただいま、と言うと思った?」
わたしは鏡を見ずに言う。「言ってくれると嬉しいけどね」
「じゃあ絶対に言わない」
「酷いね」
「どっちが!」
わたしは声を荒立てた。そして、唇を噛む。
ダメだ、グレイと会話すると心が荒む。
わたしはこんな気持ちを抱えたらダメになる。
必死に深呼吸をして、シャーラのおまじないを口にした。すると、瞬時に辺りがクリアに見えた。目の前に浮かんでいた怒りが消える。
「……古代言語だね」
ふと、グレイが笑う気配がして、わたしは視線だけそちらに投げた。
グレイは以前見たときと同じような服を着ていた。髪型も同じ。
どこかの薄暗い部屋にいるのも同じ。
もっと明るければ、その部屋の様子が解って、彼がいる場所の手掛かりになるかもしれないのに。
「やっぱり、迂闊に君に近づくのは危険だ。君もなかなか侮れないな」
彼は微笑みながら言う。余裕の笑み。
「それで?」
わたしは静かに口を開いた。おまじないのせいか、思ったよりわたしは冷静だ。
「今回の会話の目的は何? 確か、以前言ったよね。このことを誰にも言わずにいたら、そのうちあなたの居場所の手掛かりをもらえるって」
「言うかもしれない、とは言ったね」
グレイは首を傾げた。「まあ、今回はその話じゃない。君に一応言っておこうと思って」
「何を?」
わたしが鏡の前に近寄って睨むと、彼はその前髪に触れた。それと、後ろに纏めきれず、横に流れている後れ毛も。
「自慢なんだろうね、この長い髪」
「それは……」
もちろん、と言いかけて言葉を切る。嫌な予感。
「近々、切らせてもらうよ」
――やっぱり!
わたしは目を細めた。
「嫌よ。ずっと伸ばしてるんだから」
「でもね」
グレイも鏡に近寄ってきた。「髪の毛が長いと、つかんで引き倒される危険性が上がる」
「何をする気なの? 引き倒されるようなことをしなければいいだけでしょう」
自分でも意外なほど冷ややかな声。グレイはそれを聞いて、少しだけ言葉を切った。
やがて彼は息を吐く。
「君は安全なところで暮らしているから、外の街を知らない」
「……世間知らずってこと?」
「そうだよ。しかも、若い女が一人で暮らすのは危険が伴う」
「じゃあ身体を」
「交換するには、また君に近づかないといけないから却下だ」
わたしも息を吐いた。
「思ったんだけどね。このまま入れ替わっていたほうが一番楽なんじゃないかと」
「馬鹿言わないで。それはあなたの都合でしょう」
わたしは呆れた声を上げる。しかし、彼は穏やかに続けた。
「君も何とか問題なく生活しているし、慌てることはない」
馬鹿じゃないの。話の無駄。
わたしはベッドに戻り、くーちゃんの檻の横に腰を下ろす。
「僕も色々考えることがあってね。君に構ってる時間があるかどうか解らない」
「そうですか、お忙しいようで」
わたしが彼を見ないままわざと刺々しく言うと、彼は苦笑した。
「いじけないでくれ。この身体に傷をこれ以上、つけたくないだけだ」
いじけてなどいない。
苛立ってるだけ。
それは違う感情のはず。
「だから君も、少し大人しくしているといい」
ふと、違和感を覚えてわたしは顔を上げる。
グレイはどことなく真剣な目をわたしに向けていた。
「こう言っても信じないだろうが、僕は君のことが嫌いじゃないよ」
「……そうね、保管したかったくらいだもの」
「……そうだね」
グレイは複雑そうに笑う。何だろう、グレイがおかしい。演技だろうか、普通に見える。普通の感情を持っているかのように。
「あなた、グレイ・スターリングよね?」
わたしが思わずそう訊くと、彼は一瞬だけ表情を凍らせた。
「他の誰だと思う?」
すぐに彼は馬鹿にしたかのように私を見た。失笑と共に。
「必要なら誰でも殺すよ。それだけは忘れないでくれ」
彼はそう言い残し、姿を消した。
神様、おまじないをもう一度かける前に、悪態をつくわたしをお許し下さい。
死んでしまえ!
もちろん、身体を交換した後に!
そしてその夜、わたしは酷く落ち込んだ。
やっぱりグレイとの会話は不快だ。




