テスト結果
「司法局から、わたしは今後、学園生活に集中するようにと言われています。それが一番安全なので」
わたしはジョシュに視線を投げた。「でも、やっぱり不安はあります。自分じゃなく、周りの人が危険な目に遭ったらと思うと」
「なるほどな……」
「一応、わたしは司法局の捜査官――あの、貸倉庫に呼んだ子ですが」
「ああ、あの子供――」
と、ジョシュは眉を顰めて見せる。魔法取締捜査官の印を見せられても、簡単には信じられないだろう。
「はい。あの彼女に魔法を教えてもらっています。いざという時に備えるためです」
この辺りの事情はあまり説明はできない。捜査官の個人情報につながることもあるからだ。
「この魔法も捜査官からか」
ふと、サイモンが小さく呟いた。教室を取り巻く施錠の魔法。
「そう」
「可能なら後で教えてくれ」
「うーん、それは」
予想外のことを言われて、わたしは戸惑いながら彼を見つめた。
「許可が下りなきゃ別にいいよ」
サイモンは笑う。「学園生活に集中するのは悪くないと思う。特に、僕たちはAクラスだ。問題を起こすのはまずいしね」
――確かにそうだ。
わたしはキリキリと痛み出した胃を押さえた。もう充分、問題を起こしている。司法局が誤魔化してくれてはいるけれど。
「とにかく、さっきのは聞かなかったことにする」
サイモンがわたしの肩を叩きながら言った。
「さっきの?」
「今さら友人じゃないとか言われてもな。普通の学園生活をして、普通に試験を乗り切って卒業しよう」
「え」
わたしはまじまじと彼の横顔を見た。
それは、凄く嬉しい。
今のところ、サイモンが一番仲のいい友人だし。彼がいなかったら、やっぱり学園生活は楽しくないと思うし。
でも、サイモンが急に肩を落とした。
「……しかし、女か……。せっかく友人ができたと思ったのに」
「どういう意味」
「ちょっと混乱してるからほっといてくれ」
サイモンが疲れたように言うと、ジョシュが呆れたように笑った。
「逆よりマシだろ。女と思ってたら男とか」
「あー、そっちのほうが嫌ですね」
サイモンが何か吹っ切れた様子で顔を上げた。「少なくとも、いつか女の子の肉体に戻る可能性がある、という夢がある」
戻るよ!
可能性だけじゃなくて戻る気満々だよ!
っていうか、何の話!?
「戻れることを祈るよ」
サイモンは笑顔をわたしに向けた。
何だか釈然としないけど、まあいい。わたしはしばらくサイモンを軽く睨んだ後、ジョシュに言った。
「あの、勉強もそうですが、剣術部も頑張りますので、相手をお願いします。女だからといって……」
「手抜きはしない」
「ありがとうございます」
「え、剣術部も続けるの? 司法局に任せるんじゃ」
サイモンが怪訝そうに言う。わたしは小さく首を振った。
「わたしの身体を奪ったやつをせめて一発ぶん殴りたいし、とりあえず身体は鍛えるよ!」
「身体を奪った……」
サイモンは微妙な表情をしつつ、やがて我に返ったように続けた。「殴る相手は自分の身体だけどいいの?」
「うっ」
「……」
「……」
「頭がいいんだか悪いんだか解らないよ」
やがてサイモンは深いため息をついた。
すみません、否定はできません。
とにかく、それからの生活はテスト勉強が中心となった。
もちろん、剣術部も手抜きはしないで頑張りながら。剣術部で一番の腕を持つジョシュが、できるだけわたしの稽古をつけてくれたから、かなり充実していたといっていい。
屋敷に戻れば、休日はエリザベスと魔法の勉強。
学園での授業で解りにくいところがあれば、エリザベスに訊けば、理解できるように教えてくれる。
おかげさまでテストの結果は上々だった。貼り出された結果には、魔法科Aクラスの面々が上位を埋め尽くしている。
特待生のサイモンが一位だったのは、さすがというべきだろう。
でも、わたしも四位!
素晴らしい快挙だと思わないだろうか! 数日、学園を休んだというのに!
「意外だよ」
サイモンが壁に貼られた結果表を見上げながら言う。「剣術部と見事両立したよね」
「もっとほめていいよ」
わたしはわざとらしく肩をすくめた。しかし、そんなわたしを胡乱そうに見つめたサイモンは、ただため息をつくだけだ。
くそう、次のテストにはサイモンに追いついてやる!
「さすがだねえ」
急に、背後から年配の男性の声が聞こえてきて、わたしは振り向いた。
見覚えのある顔。
「あ、面接で」
と、わたしは居住まいを正して彼に頭を下げた。
わたしが入学する直前に会った面接官だ。彼は笑い皺を目元に刻みながらわたしを見つめ、さらに続けた。
「そう、覚えているよ。勉強も身体を鍛えるのも頑張ると言っていたよね。有言実行、素晴らしいことだよ」
「ありがとうございます」
わたしは再度、彼に頭を下げた。彼はにこにこしながら何度も頷くと、この場から歩き出して廊下の先に消えた。
「で、誰だっけ」
わたしは笑顔を消してサイモンに訊く。
「普通科の先生じゃなかったっけ。ギリアムとか何とか」
サイモンもよく知らないようで、首を傾げている。
まあ、いいか。
そんなことを考えていると、背後から「お疲れー」と言いながら首に腕を回してきたやつがいる。
チャドだ。
「さすがじゃん、お前ら」
そう言って身体を揺さぶられ、わたしは何とかそれを振りほどく。
「チャドは何位?」
わたしがそう訊くと、彼はニヤリと笑った。
「十三位」
「手堅いね」
「おう」
サイモンも笑い、そこにマクミランも近寄ってきた。彼は少しだけ疲れているようだ。
「こっちは二十九位。ずっと五十位以内に入れないとマズいから、もう少し頑張らないとなあ」
「二十九位なら大丈夫だろ」
チャドはマクミランの肩を軽く叩き、ふとわたしたちの顔を見回した。「テストも終わったし、今日くらい早く帰ろうぜ。買い食いして帰ろう。美味しい串焼きの屋台があるんだ」
「串焼きかあ」
それを聞いてマクミランの表情が明るくなる。
「いいね」
サイモンも頷く。それから、どうする? と言いたげにわたしを見た。
「いくよ」
わたしも頷いた。
普通の学園生活を満喫すると決めたのだ。楽しそうなことは全部やってやる!
そしてこの場を離れる時、結果表を前に喜んでいる女生徒、暗い表情の女生徒の姿を見た。
同じAクラスかな、と思いつつ、落ち込んでいる少女のことが少し気になった。
「うま」
マクミランが串焼きを食べながら言う。
学園からそれほど離れていない大通りに、小さな屋台が出ていた。大通りにあることもあり、並んで待っている人もいる。
わたしたちも並んで購入し、大きな串を手に歩きながら食べる。
豚肉、牛肉、鶏肉と種類があって、わたしは豚肉を選んだ。スッゴくジューシーな肉の塊。
サイモンはお土産用に何本か紙袋に入れてもらっている。
「家族にもね」
サイモンはわたしの視線に気づき、照れたように笑う。そう言えば、サイモンには病気の妹さんがいるって聞いたよなあ、と思う。
「優しいね」
そう言うと、彼は小さく唸った。
わたしたちは大通りを歩いているけれど、少し離れた場所にマックスが馬車をとめている。
さりげなく見張ってくれているわけだ。
「そう言えば」
わたしはふと思い出した疑問を口にした。「さっき、マクミランが言ってたけど、五十位以内に入らないといけないってやつ。もし入れなければ、来年はBクラス?」
「そうだよ」
マクミランは串焼きにかぶりつきながら小さく頷いた。「特待生が落ちたら奨学金とか出なくなるし、ヤバいよね。まあ、サイモンは大丈夫っぽいけど」
「当たり前だ」
サイモンは胸を張った。「青春という名の時間を削って勉強してるんだし、このくらいは」
「特待生と言えば」
マクミランが首をふと傾げた。「Aクラスに何人かいたよね」
「ああ」
チャドが頷いた。「今回、五十位以内に入ってないやつもいた」
「うーん、他人事ながらキツいな」
サイモンが眉を顰めている。
わたしはふと、先ほど見かけた少女を思い出した。酷く暗い表情で結果表を見上げていた少女を。




