グレイが見た接点
わたしが自分の部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。たった数日留守にしただけなのに、随分久しぶりに戻った気がする。
くーちゃんの檻をベッドの上に置いて、ただ見下ろす。
考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、どうしたらいいのか解らない。
「エアリアル」
それは、待っていたかのようだった。
わたしはのろのろと顔を上げ、声の聞こえたほうに目を投げた。
「やっと帰ってきたね」
鏡の中では、『エアリアル』が微笑んでいる。わたしの肉体を奪ったグレイが。
ムカつく。
その余裕たっぷりの笑顔、消してやりたい。
わたしは必死に頭を働かせた。彼からの『接触』は少ない。このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
「何故、わたしを貸倉庫へ呼び出したの? 目的は?」
わたしはベッドに座り込んだまま、そう訊いた。
「見せるためだよ」
グレイはあっさり言う。
鏡の中のグレイは、つまり『エアリアル』は、質素な黒い服に身を包んでいた。その服はどこで手に入れたんだろう? お金は持っているの?
長い髪の毛は、後ろで簡単に束ねている。裕福な生活をしている人間には思えない。
「あの『工房』はレティシアと僕だけが開けられるように鍵がついてる。君は今、僕の肉体を持っているからね、見せるにはちょうど良かった。偶然だけど、君の学園にあの子の兄が通ってるのも何かの縁かと思ったし」
「何が縁よ」
わたしは吐き捨てるように呟く。
見たくなんかなかった。
嫌悪しか抱かなかったわよ!
わたしは何とかそう叫びそうになったのをこらえた。そして、低く言う。
「見たけど、意味が解らないの。わたしにレティシアという人の『工房』とやらを見せて、何をさせたいの? ジョシュ先輩の妹を殺したのはあなた?」
「レティシアの名前を聞いたんだね。司法局から?」
くくく、とグレイは笑う。
わたしが頷くと、彼は肩をすくめた。
「君は僕と同類だと思うからさ。あれを見たら、何か変化があるかと思って」
「同類?」
わたしは鼻で笑って見せた。そして、ベッドの上に置いてある小さな檻を引き寄せて、膝の上に乗せた。
「何が同類? これをあなたも自分の中に入れられたってこと?」
そうわたしが言った瞬間、グレイの目に変化があった。くーちゃんを見て、眉を顰めた彼は、戸惑っているようだった。
「……僕はそいつを殺したよ」
――おっと。
どうやら彼も使い魔を入れられたようだ。しかも殺した?
わたしは髪の毛を掻き上げ、乱暴に頭を掻いた。
「解らないわ。あなたの目的も、レティシアという人も。で、さっきの質問の答えは? ジョシュ・マーチンの妹を殺したのはあなた?」
「残念ながら違う」
一瞬、彼は応えるかどうか悩んだようだ。しかし、まっすぐにわたしを見つめて首を横に振る。
「あの『工房』はレティシアのものだ。僕は遺体の処理をしただけ」
「処理ね……」
「レティシアは遺体を綺麗に保管することに固執してたからね。研究者なんてのは、どこかにこだわりを持つものだよ」
「研究者? 殺人者でしょ? そして、あなたも」
わたしが彼を睨みながら言っても、彼はただ笑うだけだ。
「否定はしない。レティシアがいなくなって、僕はレティシアを理解するために人を殺したしね」
――はあ?
理解するために? って何それ、人を殺す理由になるの?
わたしは余程彼を馬鹿にした表情をしてみせたらしい。
グレイは苦笑して見せた。
「理解はできなかったけど、楽しかったし満足感はあった。欠けているものが埋まる感覚というのかな」
「欠けている……」
わたしはくーちゃんの檻を見下ろした。グレイは『食べられた』んだろう。良心とか、そういうものを。
そして、空いた穴を殺人という行為で埋めた。
そういうこと?
「君を初めて見た時は驚いたんだよ」
グレイは鏡に近づいて、まるでガラスに触れるかのように手を押し当てた。「何というか、理想的だった。保管するなら君にしたくて、慌てて行動を急ぎすぎた」
「馬鹿じゃないの」
わたしはベッドから立ち上がり、鏡の前に立った。「つまり、わたしを殺そうとして失敗したわけでしょ」
「失敗して良かったと思ってるよ」
グレイは鏡から手を離すと、その手を頬に当てた。そのまま、首筋まで指先で撫でる。
「やめてよ! それはわたしの身体……!」
「解ってるよ」
彼は首を傾げた。無邪気にも見える仕草。
「君を僕の『工房』に連れていって、考えが変わったんだ。君は僕と似てる。多分、内部が。君は僕の仲間だと思った。理解しあえると」
「それはあなたの誤解だと思う」
わたしは冷ややかに否定する。「あなたが感じたものは、多分、これだわ」
わたしの指先、小さな檻。
わたしの失われた記憶。感情。
「あなたが感じたものが何にしろ、全てレティシアという人が関わってる。だから、あなたは誤解したのよ」
「誤解だと?」
今度はグレイがわたしを馬鹿にしたかのように笑う番だった。「君に感じたものは、そんな単純なものじゃない」
「じゃあ、何なの?」
わたしはさらに一歩鏡に近づいた。「わたしは何も覚えてないのに、身体の中に『これ』があった。これはレティシアという人の使い魔でしょう? つまりわたしはレティシアに会ったことがある、そういうことだわ。あなたは、わたしの中にレティシアとの接点を見たんじゃないの?」
「接点?」
ふと、グレイが眉を顰めて考え込んだ。「本当に彼女と会った記憶はない?」
「ないわよ。だから困ってるの」
わたしは深くため息をつき、頭を掻いた。
あなたは知ってるんじゃないかと思ったのに。
わたしは一ヶ月もの間、行方不明になったという。その誘拐がレティシアにされた可能性は?
もしそうなら、グレイが知らないはずはない。そうでしょう?
グレイはレティシアと一緒に生活していたはずなのだから。
――行方不明の件はグレイに言うべきだろうか。
ただ、こちらの手の内は全部曝したくないのだ。
わたしは何も覚えていない。そういうことにしておいたほうが安全な気がするし。
「確かに、それが何の理由もなく入るはずはない。何かあるのは間違いない」
グレイはくーちゃんの檻を見つめていた。さっきまでの笑みは消えていて、真剣な眼差しだ。
「だったら調べてよ。わたしに何があったのか、何で記憶がないのか」
「僕が?」
グレイは呆れたように息を吐いた。しかし、すぐに肩をすくめて言った。
「君は面白いな。今は別の意味で君に興味があるよ」
「迷惑な話だわ」
「酷いな」
「それはこっちの台詞よ。わたしは早くその身体を返して欲しいの」
「だろうね」
グレイは薄く笑い、わたしを観察するかのようにじっと見つめてくる。
つい、わたしは後ずさりたくなったのをこらえ、彼を睨みつける。
彼はどことなく不思議そうに口を開いた。
「……気が強いのは元々かな? それとも、演技? 司法局の連中に何か入れ知恵された?」
「何よそれ。元々でしょ」
「そう? 何だかイメージと違うよ」
「勝手にイメージされても」
「君は確か」
急にグレイは言葉を切った。
何かに気づいたかのように、僅かにその目は見開かれている。
「何?」
わたしは小さく言った。
グレイは無表情のままゆっくりとわたしを見つめ直し、そして囁いた。
「記憶がないのか」
「……そう言ったでしょ」
グレイは鏡から後ずさる。彼の姿が遠ざかると、わたしは慌てた。
ちょっと待ってよ、まだ何も聞き出せてない!
わたしは鏡に両手を当てて覗き込んだ。
グレイのいる場所は薄暗い。ランプの明かりが一つだけあって、鏡のそばだけを照らしているらしい。
だから、遠ざかられると彼の姿がほとんど見えなくなる。
「待って」
わたしは鏡に向かって言った。「そこはどこなの!? あなた、何をしようとしてるの?」
「また後で」
小さく彼の声が聞こえた直後、鏡からその薄闇が消えた。
見慣れたわたしの部屋と、疲れた表情のわたし、『グレイ・スターリング』の姿が映る。
わたしは小さく悪態をついた。




