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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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グレイが見た接点

 わたしが自分の部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。たった数日留守にしただけなのに、随分久しぶりに戻った気がする。

 くーちゃんの檻をベッドの上に置いて、ただ見下ろす。

 考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、どうしたらいいのか解らない。


「エアリアル」

 それは、待っていたかのようだった。

 わたしはのろのろと顔を上げ、声の聞こえたほうに目を投げた。

「やっと帰ってきたね」

 鏡の中では、『エアリアル』が微笑んでいる。わたしの肉体を奪ったグレイが。

 ムカつく。

 その余裕たっぷりの笑顔、消してやりたい。

 わたしは必死に頭を働かせた。彼からの『接触』は少ない。このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。

「何故、わたしを貸倉庫へ呼び出したの? 目的は?」

 わたしはベッドに座り込んだまま、そう訊いた。

「見せるためだよ」

 グレイはあっさり言う。

 鏡の中のグレイは、つまり『エアリアル』は、質素な黒い服に身を包んでいた。その服はどこで手に入れたんだろう? お金は持っているの?

 長い髪の毛は、後ろで簡単に束ねている。裕福な生活をしている人間には思えない。

「あの『工房』はレティシアと僕だけが開けられるように鍵がついてる。君は今、僕の肉体を持っているからね、見せるにはちょうど良かった。偶然だけど、君の学園にあの子の兄が通ってるのも何かの縁かと思ったし」

「何が縁よ」

 わたしは吐き捨てるように呟く。

 見たくなんかなかった。

 嫌悪しか抱かなかったわよ!

 わたしは何とかそう叫びそうになったのをこらえた。そして、低く言う。

「見たけど、意味が解らないの。わたしにレティシアという人の『工房』とやらを見せて、何をさせたいの? ジョシュ先輩の妹を殺したのはあなた?」

「レティシアの名前を聞いたんだね。司法局から?」

 くくく、とグレイは笑う。

 わたしが頷くと、彼は肩をすくめた。

「君は僕と同類だと思うからさ。あれを見たら、何か変化があるかと思って」

「同類?」

 わたしは鼻で笑って見せた。そして、ベッドの上に置いてある小さな檻を引き寄せて、膝の上に乗せた。

「何が同類? これをあなたも自分の中に入れられたってこと?」

 そうわたしが言った瞬間、グレイの目に変化があった。くーちゃんを見て、眉を顰めた彼は、戸惑っているようだった。

「……僕はそいつを殺したよ」

 ――おっと。

 どうやら彼も使い魔を入れられたようだ。しかも殺した?

 わたしは髪の毛を掻き上げ、乱暴に頭を掻いた。

「解らないわ。あなたの目的も、レティシアという人も。で、さっきの質問の答えは? ジョシュ・マーチンの妹を殺したのはあなた?」

「残念ながら違う」

 一瞬、彼は応えるかどうか悩んだようだ。しかし、まっすぐにわたしを見つめて首を横に振る。

「あの『工房』はレティシアのものだ。僕は遺体の処理をしただけ」

「処理ね……」

「レティシアは遺体を綺麗に保管することに固執してたからね。研究者なんてのは、どこかにこだわりを持つものだよ」

「研究者? 殺人者でしょ? そして、あなたも」

 わたしが彼を睨みながら言っても、彼はただ笑うだけだ。

「否定はしない。レティシアがいなくなって、僕はレティシアを理解するために人を殺したしね」

 ――はあ?

 理解するために? って何それ、人を殺す理由になるの?

 わたしは余程彼を馬鹿にした表情をしてみせたらしい。

 グレイは苦笑して見せた。

「理解はできなかったけど、楽しかったし満足感はあった。欠けているものが埋まる感覚というのかな」

「欠けている……」

 わたしはくーちゃんの檻を見下ろした。グレイは『食べられた』んだろう。良心とか、そういうものを。

 そして、空いた穴を殺人という行為で埋めた。

 そういうこと?

「君を初めて見た時は驚いたんだよ」

 グレイは鏡に近づいて、まるでガラスに触れるかのように手を押し当てた。「何というか、理想的だった。保管するなら君にしたくて、慌てて行動を急ぎすぎた」

「馬鹿じゃないの」

 わたしはベッドから立ち上がり、鏡の前に立った。「つまり、わたしを殺そうとして失敗したわけでしょ」

「失敗して良かったと思ってるよ」

 グレイは鏡から手を離すと、その手を頬に当てた。そのまま、首筋まで指先で撫でる。

「やめてよ! それはわたしの身体……!」

「解ってるよ」

 彼は首を傾げた。無邪気にも見える仕草。

「君を僕の『工房』に連れていって、考えが変わったんだ。君は僕と似てる。多分、内部が。君は僕の仲間だと思った。理解しあえると」

「それはあなたの誤解だと思う」

 わたしは冷ややかに否定する。「あなたが感じたものは、多分、これだわ」

 わたしの指先、小さな檻。

 わたしの失われた記憶。感情。

「あなたが感じたものが何にしろ、全てレティシアという人が関わってる。だから、あなたは誤解したのよ」

「誤解だと?」

 今度はグレイがわたしを馬鹿にしたかのように笑う番だった。「君に感じたものは、そんな単純なものじゃない」

「じゃあ、何なの?」

 わたしはさらに一歩鏡に近づいた。「わたしは何も覚えてないのに、身体の中に『これ』があった。これはレティシアという人の使い魔でしょう? つまりわたしはレティシアに会ったことがある、そういうことだわ。あなたは、わたしの中にレティシアとの接点を見たんじゃないの?」

「接点?」

 ふと、グレイが眉を顰めて考え込んだ。「本当に彼女と会った記憶はない?」

「ないわよ。だから困ってるの」

 わたしは深くため息をつき、頭を掻いた。

 あなたは知ってるんじゃないかと思ったのに。

 わたしは一ヶ月もの間、行方不明になったという。その誘拐がレティシアにされた可能性は?

 もしそうなら、グレイが知らないはずはない。そうでしょう?

 グレイはレティシアと一緒に生活していたはずなのだから。


 ――行方不明の件はグレイに言うべきだろうか。

 ただ、こちらの手の内は全部曝したくないのだ。

 わたしは何も覚えていない。そういうことにしておいたほうが安全な気がするし。


「確かに、それが何の理由もなく入るはずはない。何かあるのは間違いない」

 グレイはくーちゃんの檻を見つめていた。さっきまでの笑みは消えていて、真剣な眼差しだ。

「だったら調べてよ。わたしに何があったのか、何で記憶がないのか」

「僕が?」

 グレイは呆れたように息を吐いた。しかし、すぐに肩をすくめて言った。

「君は面白いな。今は別の意味で君に興味があるよ」

「迷惑な話だわ」

「酷いな」

「それはこっちの台詞よ。わたしは早くその身体を返して欲しいの」

「だろうね」

 グレイは薄く笑い、わたしを観察するかのようにじっと見つめてくる。

 つい、わたしは後ずさりたくなったのをこらえ、彼を睨みつける。

 彼はどことなく不思議そうに口を開いた。

「……気が強いのは元々かな? それとも、演技? 司法局の連中に何か入れ知恵された?」

「何よそれ。元々でしょ」

「そう? 何だかイメージと違うよ」

「勝手にイメージされても」

「君は確か」


 急にグレイは言葉を切った。

 何かに気づいたかのように、僅かにその目は見開かれている。

「何?」

 わたしは小さく言った。

 グレイは無表情のままゆっくりとわたしを見つめ直し、そして囁いた。

「記憶がないのか」

「……そう言ったでしょ」

 グレイは鏡から後ずさる。彼の姿が遠ざかると、わたしは慌てた。

 ちょっと待ってよ、まだ何も聞き出せてない!

 わたしは鏡に両手を当てて覗き込んだ。

 グレイのいる場所は薄暗い。ランプの明かりが一つだけあって、鏡のそばだけを照らしているらしい。

 だから、遠ざかられると彼の姿がほとんど見えなくなる。

「待って」

 わたしは鏡に向かって言った。「そこはどこなの!? あなた、何をしようとしてるの?」


「また後で」

 小さく彼の声が聞こえた直後、鏡からその薄闇が消えた。

 見慣れたわたしの部屋と、疲れた表情のわたし、『グレイ・スターリング』の姿が映る。

 わたしは小さく悪態をついた。

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