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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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許されないこと

「うー」

 わたしはシャーラと局長の後ろをついて歩きながら、檻を自分からできるだけ遠くに持ちながら廊下を歩いていた。

 この檻に取っ手は付けられないだろうか。

 檻の形は四角くて、わたしはそれをぎこちなく両手で持っている状態だ。凄く持ちにくい。

 檻の細い柱を組み立てた魔法。あの柱を一本余計に作って、輪っかにして上部に通すことはできない?

「くるるるる」

 トカゲが檻の中で鳴いている。わたしだって泣きたい。


 そんなことを考えていたせいか、周りを見ていなかった。

 気づいたら局長とシャーラが足をとめていて、わたしは彼らにぶつかりそうになった。


「これはこれは神殿長」

 局長が右手を胸の前に当て、廊下の先にいた老人に向かって頭を下げていた。

 神殿長と聞いてわたしも慌てて局長の真似をする。片手で檻を持とうとして落としそうになり、何とか脇に抱え込んだ。そしてわたしも右手を胸に当てて頭を下げる。

「ああ、君か」

 嗄れた声が返ってくる。

 そっと頭を上げると、神殿長の姿が目に入る。

 白髪頭、皺だらけの顔、顎髭も真っ白。さらに服も全て白かったけれど、腰をぐるりと巻いているベルトは酷く豪奢な感じで金色に輝いていた。

「巫女様には時間を頂いて感謝しております」

 局長がにこやかに言葉を続け、それを受けて神殿長も笑顔を返してきた。

 そして、神殿長の背後には若い男性。多分、二十代後半くらい。真面目そうな顔つきで、神殿長の少し後ろに控えていた。

「神殿長」

 局長はもう一度恭しい仕草で頭を下げた。「神殿長にこのような場所で寄付金をお渡しするのは失礼かと存じますので、神官長をお借りしても?」

「ああ、かまわん」

 ふと、寄付金と聞いた神殿長の目が嬉しげに輝いたのが見えた。その口元も笑みがこぼれたけれど、何となく俗っぽい雰囲気が混じる。

 神殿長はそのまま歩き出して、廊下を曲がって姿を消した。

 そして、この場には神殿長以外の人間が残る。

 神官長というのは、この若い男性のことだろうか。

 わたしがただ無言で彼を見つめていると、神官長は目を細めてわたしを見た。

「一体、何を持ち込んだのですか」

 神官長は鋭い視線をわたしの脇腹へと向けた。一応、彼らには見えないように背後に隠し持ったつもりだったんだけど。

「ちょっとしたペットを」

 局長が低く笑いながら頭を撫でている。

「神殿長に見つかる前に持ち出して下さい。高く売れそうなものには目がないんですから」

 神官長は呆れたように局長を睨んだけれど、局長は肩をすくめてどこ吹く風だ。

「売れそうではないけどねえ」

 シャーラは苦笑しながら口を挟む。「まあ、神殿長には見せないほうがいいでしょうけども」

「シャーラ様ももう少し自重なさって下さい。今日は魔法をかなり使いましたよね? 神殿長に気づかれたら……」

「自重するわ」

 シャーラはため息をついた。「あのかたは鈍いくせに、お金になりそうなことについては鼻が利くし」

「なかなか大変だなあ」

 局長はそう呟きながら、服のポケットから小さな布包みを取り出した。それを神官長に渡した時、その布に金色の刺繍でオーガスティン家の家紋が入っていることにわたしは気づいた。

「あの」

 つい、わたしが局長に声をかけると、局長は神官長の手に渡ったそれを見つめながら頷いた。

「ああ、君の……身内から預かっていたんでね。今回だけではなく、今後も神殿とつながりを持つには、一番手っ取り早い」

「今後も?」

「持ちたくない?」

「持ちたいです」

 即答。

 神殿に、というかシャーラに。

 まだ色々訊きたいことはあるし、古代言語だって教えてもらいたい。

「神殿長に目を付けられると困るから、そうそうしょっちゅうは来られないだろうが、私も付き合うから」

 と、局長はまたわたしの頭をがしがしと掻き回す。その言葉を聞いて、神官長が渋い表情をした。

「あなたがシャーラ様にお会いしたいだけでは?」

「バレたか」

 ニヤリと笑う局長をさらにきつく睨み、神官長が深いため息をついた。

「それが一番危険だとご存知のはずですね?」

「解っとるよ」

 局長は優しく笑った。「相手は巫女様だし、私も多くは望まない」

「シャーラ様は我々の母親みたいなものですから――」

「心配かけてすまんな。大丈夫さ、迷惑はかけんよ。ちゃんと立場はわきまえる」

 局長の声は穏やかで、神官長の表情は最後まで固かった。

 そしてシャーラの表情は、どこか苦しげでぎこちなかった。


「巫女は結婚など許されてないからなあ」

 帰り道、馬車の中で局長はわたしに言った。

 わたしが彼らの間に漂った空気に気づいて、どう質問したらいいのか悩んでいたからだ。局長はわたしを見つめている。

「巫女は神様の子供であり、妻なんだよ。一生、神殿の中で暮らしていく」

「一般的な結婚は許されてないということですか」

 わたしが眉を顰めつつ言うと、局長は小さく頷く。

「息子が巫女様を口説くなんて、と怒ってたけどねえ。あれは当たり前のことでね。絶対に許されないことだ」

「でも……」

 わたしは首を傾げる。局長とシャーラはとても仲がよさそうに見えた。それはただの友人関係とは見えなかった。

 シャーラは腹巻きを編んでたし。

「治療を受けてる間にわたしは彼女が好きになったけど、恋愛だって許されてはいない。必要以上に彼女に関われば、そしてそれが神殿長にバレたら私の立場もヤバいからね。シドが怒るのも解るんだ」

「そう、ですか……」

 何て言ったらいいか解らず、ただ唇を噛んでいると、局長がくすくすと笑いながら続けた。

「シャーラも解ってるはずだよ。どんなに仲良くなったとしても、我々は友人以上にはなれない。でも、こっそり相手を思うだけなら自由だろう」

 思うだけなら。

 胸が痛い、気がした。

「妻が死んでから、私は仕事一辺倒だったけどね。死ぬかもしれない病気を前に、色々考えちゃったわけだよ」

「妻……そう言えば」

 局長の奥さんの話は今まで話題に出てなかった。亡くなった?

 何だか聞いちゃいけないことを聞いてる気がする。

「シドが生まれてすぐの頃に妻が死んで、ずっと再婚とか考えなかったけど。何だかシャーラは、最期に一緒にいられたら……とか思う女性でねえ」

 局長は静かに続けて。

 そしてわたしは何も言葉が浮かばない。

 ただ、膝の上に置いた檻を見つめる。その中にいたトカゲは、馬車に揺られているうちに眠くなったのか、檻の中で丸くなって目を閉じていた。

「いわゆるプラトニックラブだね、ラブ!」

 やがて局長は沈んだ空気を振り払うかのように、いきなり明るい声を上げた。「恋愛に年齢もハゲも関係ないんだよ、エアリアル君! 恋愛をしていると若返る気がするぞ! 今なら空も飛べる気がする!」

「……返事に悩みます」

 わたしは頭を抱えた。


 司法局に到着すると、クレアが心配そうな表情で出迎えてくれた。

 馬車を降りてすぐに彼女の顔を見て、何だかほっとする。

 今日は色々と疲れた。体力的にではなく、気分的に。

 つい、出迎えてくれた彼女に近づき、ぎゅうっと抱きしめると、クレアが慌てたようにわたしを押しのけた。

 やっぱり迷惑なのかな。男性の身体のわたしだと。

 クレアはわたしと一緒にいるのは、疲れるんだろうか。

 だいたい、彼女は仕事だからわたしと一緒にいるだけで。

 彼女が心配してくれるのは、わたしがオーガスティン家の一員だから。それが仕事だから。

 わたしが女の子の身体だった時だって、そんなに仲がいいとは言えなかったかもしれない。最近は距離を感じてた。

 友達だと思っているのは、わたしだけ。

 つまり、そういうことなのかも。


「エアリアル君」

 背後から局長が恐る恐る声をかけてきた。「恋愛は自由だとは思うけども」

「クレアとはそういう関係じゃありませんから」

 わたしは局長を見ないまま応えた。

「あ、それは良かった」

 局長が笑う。

 そして。

「くるるるる」

 その声を聞いて、馬車の中に置いてきた檻の存在を思い出した。

 すぐにわたしは馬車に戻り、小さな檻を手に取った。トカゲはわたしが戻ってきたことに安心したのか、また甘えたように喉を鳴らす。

 目を細めてわたしを見上げる生き物。

 ふと、可愛いかもしれない、と急に思った。

 この子も寂しいのかもしれない。そんなことを考える自分に違和感を感じた。

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