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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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おはようございます

「話は終わったかな?」

 シャーラが部屋にかけておいた魔法を解くと、遠慮がちなノックと共にドアが開いて局長が顔を覗かせた。

「一応終わったけどね」

 シャーラがわたしの頭を撫でながら局長に微笑みかける。「ちょっと怯えさせちゃったみたいでね。フォローしてもらえるかしら」

「もちろん」

 局長はまかせろ、と言いたげに胸を叩く。

 それから、椅子に座ったままのわたしを見下ろし、首を傾げる。

「本当に顔色悪いな。大丈夫か」

「大丈夫です」

 わたしは反射的にそう応えたけど、全然大丈夫じゃない。また、何だか泣きたくなってきたから、慌てて俯いた。

 その間に、シャーラは局長の腕を引いて部屋の端にいった。彼女はまた部屋に魔法をかけてから、小声で何か話をし始める。

 何となく彼らの話している内容が気になって、そっと顔を上げて耳を澄ませたけど、途切れ途切れにしか聞こえてこない。

 でも、局長の表情が固くなるのが見えて、わたしもつい気になってさらに意識を集中させた。

 すると、「過去に接点が」とか「レティシアは中央から出られない」とか、「使い魔はどうする」とか聞こえてくる。

 そう言えば、テーブルの上の魔法の檻の中には赤いトカゲがだらしなく腹を見せて眠っている。危険な生き物のはずなのに、緊迫感の欠片もない。

 そして、もう一度局長たちに目を向けると、局長は酷く真剣な表情で考え込んでいて、シャーラの話しかけにも反応が鈍くなっていた。

 何だか局長は落ち込んでいるようだ。その瞳に苦悶に近い色が浮かぶ。

 するとシャーラは少し黙り込んだ後、魔法の檻の横に放り出していた編み物を手に取り、局長のお腹の辺りに当てた。


「あ、私にか!」

 と、急に局長が嬉しそうに声を上げ、頭を撫でる。シャーラは若干照れたように笑いつつ、「内緒にしておきたかったのに」と不満げに言う。

 何だか局長はそこで我に返ったようで、シャーラに笑いかけた後、わたしのそばに近づいてきた。

 わたしが立ち上がろうとした瞬間、局長が乱暴にわたしの頭をわしゃわしゃと掻き回した。

「ふっさふさだなあ」

 と、しみじみと言うものだから、わたしは反応に困って彼から離れた。そのままぷるぷると頭を振って乱れた髪の毛を揺らしていると、局長が優しく言う。

「中身が女の子だと可愛いもんだ。まあ、まだ緊張してるだろうけどなあ」

「そりゃそうです」

 わたしが困惑しつつ応えた。しかし、それに続いた局長の言葉は、さらにわたしを戸惑わせる。

「スターリングを中央に引き渡した時のことは今でも後悔してるんだ。あいつはそれまでの記憶を失っていたから、ただ不安そうに私たちを見ていてなあ。あの時、中央に渡さなければよかったんだ」

 局長は少しだけ言葉を切り、肩をすくめる。「ま、今さらどうにもならん」

「……そうですよね」

「とにかく、今度は君のことだけは守らないといかんと思ってる。遠慮しないで君も頼ってくれ」

「……ありがとうございます」

 わたしは胸に引っかかるものを抱えつつ、何とか微笑む。すると、また局長がわたしの頭を乱暴に撫でた。

「あんまり悩むとハゲるぞ! かなりストレスためてるだろう!」

「それは冗談で言ってるんですか!? 余計悩みますけど!」

 わたしがつい言葉を返すと、局長はからからと笑った。

 結局それが冗談なのか本気なのか解らないまま、質問は流された。


「それはさておいて、これはここでは保管できないわよ」

 シャーラがテーブルを指先で叩きながら話しかけてきた。

 これ。

 つまりトカゲだ。

 彼女の指先には魔法の檻。

 局長がふと困ったように首を傾げ、シャーラを見つめる。

「レティシア嬢のペットか」

「これを作ったのは彼女だけど、それはどうでもいいのよ。それより、こんなのを神殿に置くとしたら、神殿長も何か言い出すはずなの。『さらなる寄付金が』とかどうこう」

「ここの保管料も高そうだし、持ち帰るしかないか」

 と、局長が眉間に皺を寄せながら檻の中を見つめる。

 くー、くー、という寝息。

「あのねーちゃんは中央に逮捕されているとはいえ、こいつに手を出されたら怒るかねえ」

「危険はあるわよね」

 局長とシャーラが唸る。

 わたしはただ戸惑いつつ二人の顔を交互に見やる。

「檻の魔法を覚えてもらおうかしら」

 と、シャーラがわたしを手招きした。

 え? わたしなの?

 と驚きつつも、さっき見た彼女の魔法言語の美しさには惚れ惚れしていたこともあり、喜んで彼女のそばに寄る。

 檻の魔法の解除。

 これもなかなか複雑な言語の組み合わせ。

 そして、彼女に教えられるまま、何度も檻を作り、解除し――を繰り返す。

 そうしているうちに。

 わたしが作った小さな檻が、テーブルの上の赤いトカゲの周りに組み立てられて。


「きぃ」

 と、トカゲが鳴いた。


「あらやだ」

 シャーラが自分の口を手で覆う。


 赤いトカゲは幾度か瞬きを繰り返し、その小さな頭を上げて欠伸をした。

 細い足がぴくぴくと動き、ゆっくりと起き上がる。

 そして、まっすぐにわたしを見て、また「きぃ」と鳴いた。


「起きたぞー」

 局長も途方に暮れたように言って、腕を組む。

「あの、危険なんじゃないですか?」

 わたしが恐る恐るシャーラに訊くと、彼女も困惑したように顔をしかめていた。

「危険……なのかしら」

「え? シャーラ様?」

「ごめんなさい、こういうパターンは予想してなかったの」

 シャーラは自分の口元を手で覆ったまま、トカゲに顔を近づける。途端、トカゲがただでさえつり上がった細い目を険しくさせ、喉から威嚇音を立てた。

「あらあらまあまあ」

 シャーラが身を引くと、トカゲが威嚇音を小さくさせる。

 それから、トカゲは警戒心丸出しでシャーラを見つめた後、もう近づいてこないと理解したのか、またわたしに目を向けて。

「きぃ」


「どうしたらいいでしょうか」

 シャーラと局長に訊いても、二人は何とも微妙な反応だ。明らかに困惑しきっている。

「あなたの心の一部を食べた使い魔なのよねえ」

 シャーラは唸るようにして口を開く。「普通は心を食い尽くして身体から出てくるんだけど、その前に無理やり切り離しちゃったからねえ。もうあなたの中には入らないはずだけど……」

「はずだけど?」

「正直、解らないわ」

 彼女はあっさり言った。

 シャーラの隣で局長が「おはようございます」と言いながら檻に手を伸ばし、威嚇されている。

「ライオネル」

 シャーラがすかさず注意して、局長がすまなそうな目つきを彼女に向けた。

 でもどうやら、わたしに対しては威嚇しないらしい。トカゲは時々わたしに目をやって、小さく鳴く。

 わたしがただ遠くから見ているだけだと気づいたトカゲは、だんだん鳴きかたが切なげになってきた。

「親だと思ってるのかねえ?」

 局長が自分の顎を撫でながら言った。

「親はレティシアだと思うけど」

 と、シャーラも微妙に悩みつつ呟く。

 わたしがそっと檻のほうに手を伸ばすと、トカゲは必死に頭をわたしのほうに寄せようとしてきた。まるで、撫でて欲しいと言わんばかりの仕草だ。

 怖いのは相変わらずだけど、何だかよく解らなくなってきた。

 わたしはペットというものを飼ったことがないし、しかもそれが危険な生き物で関わりたくないものともなれば、反応に困る。

「とにかく、連れて帰るしかないわな」

 局長がそう言って、わたしに檻を持つように合図をした。

 檻に入っているから、噛みつかれることはないだろう。

 わたしがビクビクしつつも檻を両手で持ち上げると、トカゲが嬉しそうに一声鳴いた。

「くるるるる」


 全く予想もしなかったお土産だ。

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