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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第一章 人格転移で右往左往

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舞台の後

 レイチェルは長身の美女だ。目は切れ長で、知的な微笑が印象的。

 そんな彼女が、男性の黒い衣装を身につけ、背筋を伸ばして立っているその姿は、何とも倒錯的な魅力がある。

「似合うけど……」

 わたしが口を開きっぱなしで彼女を見つめていると、レイチェルが苦笑しながらわたしの頭を撫でる。

「カツラもあったんだけどね、私の役は結構動き回るし」

 そう言った彼女の言葉に、お母さまが我に返ったらしく、困惑したように口を挟んでくる。

「妹……いえ、あなたのお母さまは何て?」

「泣いてました」

「やっぱり……」

 お母さまは深いため息をついて見せたけれど、レイチェルの態度は悠然としたまま。ある意味凄いな。あんなに綺麗な髪の毛だったのに。

「髪の毛はまた伸びますし、劇に集中したかったので」

 レイチェルは続けて言ったけれど、やがてわたしの耳元で囁いた。「髪の毛を切ったら、下級生の女の子に好評よ」

「女の子?」

「モテ期、到来」

「男の子は?」

「知らん」

 レイチェルの表情が消えた。「何で男の子にモテないのかしら。性格以外は自信あるのに」

 うん、間違いなくわたしとレイチェルの血は近いのだ。

 レイチェルは腕を組んで首を傾げている。クールな雰囲気、男前だ。

 しかし、わたしが髪の毛を切ってもレイチェルみたいに格好良くはならないだろう。せいぜい雛鳥みたいなふわふわな髪の毛になって、お子さま扱いされるのが目に見えてる。

「ところで、どんな役をやるの?」

 わたしがやがて彼女に訊くと、レイチェルはニヤリと笑った。

「怪盗」

「は?」

「主人公の女の子は親の決めた婚約者がいるんだけどね、ある時、夜会で謎の青年に会うの。彼は金持ちから金目のものを奪う怪盗なんだけど、色々あって、お約束の恋に落ちるってわけ」

「それがレイチェルなんだ」

「そう。悪の魅力ってやつ?」

 彼女は大げさに肩をすくめてみせたけれど、それすら似合っていた。

「ね、演劇部って、男の子はいないの?」

「……残念ながら」

 彼女は眉を顰めた。「演劇部は学園祭では派手だけど、それ以外はぱっとしないし。男性には、魔法系の部活や剣術も人気だからね」

「ふうん」

「来年、入学したら演劇部においでよ。猫の被りかたを教えてあげる」

 ふと、レイチェルは目を細めてわたしを見た。

 それもいいな、とか思う。

 こっそりお父さまたちを見たら、二人とも微妙な表情をしていた。

「入学したら考えるね」

 とりあえず無難な返事をして、わたしは微笑んだ。

 そして、レイチェルは劇の準備のために控え室に戻っていった。

 わたしたちはホールの中に入り、席を確保する。

 そして、開演を待った。


 感想は、といえば。

 面白かった!

 脚本も生徒が書いたらしい。多少、ツッコミどころもあったけど、ノリがよくてテンポよく、笑えるところもある。

 演出には魔法も使い、派手。

 主人公の女の子は、怪盗の彼とは結ばれない。とはいえ、婚約者とも結ばれない。

 話が進むにつれ、婚約者はあまりよからぬことに手を染めていて、それにより裕福な生活をしていると解るからだ。

 怪盗は成り行きとはいえ、犯罪に巻き込まれそうな彼女を助ける羽目になり、そうしているうちに、追っ手の捜査官がきたり、婚約者に「怪盗が捜査官なのではないか」と疑われて慌てたり。

 ラストでは、怪盗と結ばれたら一番いいんだろうけど、「またどこかで会いましょう」と言って彼は姿を消す。

 そして数ヶ月後、失意の彼女は怪盗によく似た男性に会う――、というところでエンド。

 レイチェルが際立って格好良かった!

 主人公の女の子も可愛かったし!

 ちょっと、演劇部に入るのを前向きに考えようかと思ったくらい。

 カーテンコールでは、見に来ているのが出演者の家族だということもあって、随分盛り上がったと思う。

 出演者に花束を渡す人たちもたくさんいて、ああ、わたしもレイチェルに渡したい! とか悔しく思ったものだ。

「控え室、いこう!」

 わたしは興奮したまま、お父さまの腕を引っ張った。お母さまは小さく唸る。

「レイチェルも疲れてるはずよ。挨拶なら手短に」

「もちろん!」

 わたしは満面の笑みを浮かべ、すぐにロビーを出た。慌てたようにクレアがついてきて、「お嬢さま、落ち着いて」とか言っている。

 お父さまとお母さまは呆れたようにため息をつき、ロビーのソファに座ってしまった。

 控え室の前にいくと、花束がドアの前に置いてある。誰かが落としたのか、それとも恥ずかしくてそこにこっそり置いていったのか。

 わたしはそれを拾い上げ、ドアを叩いた。すると、まだ衣装姿の部員たちが顔を覗かせた。

「レイチェルの従姉妹です。舞台、凄く良かったです!」

 と、熱を込めて言ったら、皆破顔した。それから、レイチェルを呼んでくれた。


 良かったよ!

 そんな感じで褒め称えていたら、レイチェルがわたしの頭を乱暴に掻き回した。

「ありがと」

 彼女はそう言ってから、わたしの手にあった花束を見つめた。

「あ、これはそこで拾ったの。誰が置いていったんだろ?」

 そう言いながら彼女を見つめ直すと、レイチェルは少し困惑したように笑う。

「そうか。最近、その花束がよく私のところに届くんだよね。送り主が解らないから困ってたところ」

「レイチェルのファン?」

 わたしがニヤニヤ笑いながら彼女の脇腹をつつくと、レイチェルが苦笑しながら逃げた。

「ファンは嬉しいけど、屋敷にまで届くのはちょっと、ね」

 随分熱心なファンだこと。

 そして、なんだ、やっぱりレイチェルはモテるんじゃないか、と思った。

 花束を贈るって、何だか男性的だと思うし。陰ながらレイチェルを見守ってる人がいるんじゃないか、って。

「まあ、花に罪はない。部室に飾るよ」

 彼女は笑いながらそれを受け取った。


 控え室を出て、ロビーへ向かう。

 クレアは少し疲れているようで、やっと帰れる、とほっとしているようだった。

 お父さまたちはわたしたちの姿を見ると立ち上がり、笑いかけてきた。

「帰る前に学園長に挨拶できるといいんだが」

 と、お父さまが頭を掻き、お母さまもそれに頷いていた。

 クレアは「馬車の準備をさせます」とホールの外に出ていってしまったから、わたしはおとなしくお父さまたちの後をついていった。

 受付に声をかけ、学園長室に案内されたわたしたち。

 学園長は白髪の男性で、かなり元気に話す活力的な人だった。

 凄く忙しいらしく、挨拶している間にも教師と思われる人が入れ替わり立ち替わり現れ、「来客が」とか声をかけられている。

 お父さまは手短に挨拶をすると、その場を後にした。


 わたしはお父さまとお母さまが何やら小声で会話しているのを後ろで横目で見ながら、廊下を通り過ぎる人たちを観察していた。

 来年にはここに入学!

 凄く楽しみ!

 と、思ったその時。


 ふと、わたしの視界が歪んだ気がした。

 頭に受けた軽い衝撃。

 何?

 と、わたしがお父さまたちを見ようとして。

 暗転。

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