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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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巫女シャーラ

「ああ、そうだ」

 ふと局長がわたしを見て手を叩く。「ジョシュ・マーチンは君の通う学園の先輩だったな? 彼が君を疑ってる」

「えっ」

 わたしは急に話を振られて息を呑んだ。

 局長の表情は世間話でもしているかのように明るい。

「サイモン・ウィリアムだっけ、彼も何だか思うところがあるようだね。事情聴取の時、君のことについて訊いたら色々言葉を濁していたよ」

 わたしは唇を噛んで、少しだけ考え込んだ。

 でも、どうしたらいいか解らない。

「秘密があるんだろう、とサイモンには言われました。でも……」

「どうする? どこまで話すつもりかな?」

「話してもらいたくないんですよね? マチルダさんが言ってました」

 わたしは局長の瞳を見つめる。「それに、下手に話してわたしの問題に巻き込んだら、サイモンたちが危険じゃないですか? もし、グレイに彼らが目を付けられたら……」

「もう充分巻き込んでるけどねえ」

 あっさり言われて、わたしは言葉を失った。

 確かにそうだけど――。

「マチルダ君は真面目だし、多分シド君だって歓迎はしないだろうけどね。うん、普通は司法局の人間にとっては話してもらいたくない内容ではあるよね」

 局長はちらりと視線をシドに投げる。シドは憮然とした表情でそこに立っているだけだ。

「でも、私は特には沈黙を強要しないよ。ただ、本当に彼らが信用に値するというなら、だけどね」

 それは意外な言葉だった。絶対に何も言わないで欲しいと言われると思っていたから。

 話してもいいんだろうか? 嘘はつかずに彼らと付き合ってもいい?

 もしそうなら。

 信用はできると思うし、信用したい。

「ただ、報告は欲しい。君の行動を把握して起きたいんだよ。今回は……」

「すみません、勝手に行動して」

「いや、ちょっとね」

 局長は腕を組んで眉を顰めた。「君は一般人だし、こちらに命令権があるわけじゃない。だから、仕方ないとは思うよ。でも、少しは考えるべきだ。考えてもみなかった? スターリングの罠が仕掛けてあるかもしれないとは? もし、あの倉庫に殺害のための魔法の仕掛けがあったとしたら、今頃は君たち三人……御者も入れたら四人の死体が転がっていたかもしれないわけだ」

「すみません……」

 わたしはただうなだれた。

 確かにその通りだ。反論できるはずがない。

 局長の声が優しくなった。

「ジョシュ・マーチンもサイモン・ウィリアムも、死んだら悲しむ家族がいる。同じように、君が死んだらご両親が悲しむ。それを忘れてはいけないよ」

「……はい」

 わたしの視線は床に落ちたままだ。

「ちょっと、神殿の話は急ごうか。何だか私も君のことが気になってきたしね」

 それは、どういう意味だろう。

 でも、顔を上げることはできなかった。これが自己嫌悪ってやつなんだろう。

 わたしの行動が、あまりにも愚かなことだったと気づかされたから。


 神殿に行くまでの数日間は、ただ運動場と図書室の入り浸りで終わった。

 とにかく、何も考えたくなくて、剣術の訓練と魔法の勉強に打ち込んだのだ。

 エリザベスも魔法の勉強には付き合ってくれたので、たった数日とはいえ、かなり濃い内容の生活だった。


「さてさて、このハゲと一緒に行きますかねえ」

 と、ある日の朝、局長が図書室にいたわたしを呼びにきた。

 わたしは緊張しながらも、局長に促されるまま、用意された馬車に乗り込む。どうやら、神殿に行くのは局長とわたしだけみたいだ。馬車の中に二人きりになって、わたしは緊張のあまり呼吸すら苦しかった。

「大丈夫?」

 局長がそんなわたしに気づいて、心配そうに顔を覗き込んでくる。「ハゲは嫌いか……」

「いえ!」

 どんな反応を返せばいいのか!

 わたしはぷるぷると首を横に振ったけれど、振りすぎて頭痛が起こった。

 局長は神妙な顔つきでため息をつくと、ぶつぶつと呟き始める。

「やっぱり髪の毛ふさふさのほうが若く見えるし、カツラでもかぶるべきかねえ。しかしカツラなんぞかぶったら強風の時には外出できん」

 何を心配しているんだろう。わたしが何て声をかけたらいいのか困惑しているうちに、馬車はどんどん進んでいく。

 窓にはカーテンがかかっているから、外の様子は見えない。しかし、わたしが予想していたよりもずっと早くに、目的地についてくれたようだ。

 とりあえずほっとした。

 独り言ハゲ談議には参加できるはずがなかったし。


 神殿は、この国の北部にある。街中を少し離れ、それほど高くない山の中腹ほどの場所。

 高い塀に囲まれた建物は、遠くから見るとお城のようにも思える。いくつもの塔が天に向かって伸びている。

 わたしは神殿に入るのが初めてだから、どうしたらいいのか解らず、局長の後について馬車から降りると、ただその巨大な建物を見上げることしかできずにいた。

「こっちこっち」

 気づけば局長はいつの間にか神殿の巨大な扉の前に立っていて、わたしを手招きしている。慌てて駆け寄ると、局長はにこにこ笑ってわたしに言った。

「入ったら私の真似をしてね」

「真似?」

 わたしは困惑しつつ頷く。

 そして、局長とわたしが近づくと扉が吸い込まれるように音もなく動いていく。

「心広く、慈悲深い神に感謝を」

 局長が右手を自分の胸に当て、ゆっくりと頭を下げる。わたしはそれをそっくり真似をする。

 局長に続いて顔を上げた時、すぐ目の前に髪の毛を後ろで束ねた若い女性が立っていた。

「どうぞ、こちらへ」

 その女性は水色の飾り気のない服に身を包み、何の感情も映さない瞳をこちらに向けている。こちらの反応を待たずに先に立って歩き出し、わたしたちはそれに続いた。

 入り口のそばにある巨大なホールを抜け、廊下へ。

 酷く入り組んだ廊下を何度も曲がり、狭い階段を登る。

 そして、ある部屋の扉の前で女性は足をとめ、扉をノックした。

「お入り下さい」

 すぐに部屋の中から返事があった。

 ここまで案内してきた女性は、その声を確認するとわたしたちに頭を下げ、無言で元来た廊下を戻っていった。

「失礼します」

 酷く上機嫌な声で局長は言うと、扉を押して入る。わたしが恐る恐る後に続くと、ほとんど家具らしきものが何もない部屋が目に映る。

 質素なテーブルと椅子、それだけ。

 大きな窓を背に、一人の女性が立っていた。多分、四十代くらいのふくよかな人。赤茶色の髪の毛を後ろで束ね、人懐こそうな顔をこちらに向けていた。

「あらあら、随分と格好いいこと!」

 彼女はわたしを見てコロコロと笑う。

「私のことか」

 と局長が言ったけれど、その女性はさらに楽しそうに笑って首を振る。

「違うわよ、ライオネル! この子、この子!」

 局長の肩が落ちた。しょんぼりとしたハゲの後ろ姿は哀愁があるけど、わたしは何て声をかけたらいいのか解らない。

 何て厄介な人だ!

 しかも、局長の名前はライオネルというのか。初めて聞いたけど格好いい。うん、名前は。

「あなただって確かに格好いいけど」

 彼女は口元を手で上品に覆って続ける。「わたしにだけ格好良ければ問題ないんだし、カツラとか考えなくてもいいんじゃないかしら」

「シャーラ殿、確かにそうだ!」

 局長の背筋がぴっと伸びる。おおっ、復活が早い。

 って言うか、やっぱりこの女性が巫女様のシャーラ。

 何だかイメージと全然違う。もっと巫女様は神秘的な存在だと思っていた。

 でも、凄く気さくな笑顔、明るい口調。


 そして多分、局長が巫女様を口説いているという話は本当かもしれない。

 ただ、巫女様のほうが上手だ。それだけは間違いない。


「ねえ、ライオネル。少し廊下に出ていて下さらない? 本当に申し訳ないんだけど」

 シャーラはやがて、眉根を寄せて局長を見つめる。「少し、この子と込み入った話がしたいの」

「ああ、もちろん」

 局長は僅かに残念そうに頷いた。

「後で一緒にお茶でも飲みましょうね。お待たせしてしまうけどごめんなさい」

「ああ、大丈夫大丈夫!」

 途端に局長が上機嫌になる。何だ、残念そうだったのはわたしと巫女様の会話が聞けないからじゃなかったのか!

 恋の相手の巫女様と離れるのが嫌だったからか……。

 しかしこれって、局長の片思いじゃないのだろうか。

 わたしは軽い足取りで部屋を出て行く局長の背中を見送り、内心、色々な意味で修羅場を迎えていた。

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