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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第三章 わたしの中の欠落

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局長登場

 司法局までの道順は、シドに指定されたルートを辿ることになった。

 馬車の中にはエリザベスがちょこんと座り、少しだけ神妙な顔つきでわたしたちを見守る。

 当然のことだけれども、わたしたち――サイモンやジョシュは沈黙したままで、空気は重かった。


「あなたはこっちです」

 司法局に到着するとすぐに、エリザベスはわたしの腕を取って馬車を先に降りる。ちらりと振り返ると、サイモンだけは心配そうにわたしを見ていた。

 エリザベスがわたしを引っ張っていったのは、小さな会議室みたいなところだった。テーブルと椅子はあるけれど、窓はない。

 すぐにマチルダもこの部屋に入ってきた。その表情は固い。

 気づけばエリザベスは部屋の壁に手を当て、呪文を詠唱している。そして、その壁に光が弾けたと思った瞬間、どこかの光景が映し出されていた。

 多分、それは司法局の応接間か何かだろう。結構立派なテーブルとソファがあり、ソファにはジョシュが疲れたように頭を押さえながら座っていた。


 事情聴取。

 わたしはただ働かない頭のまま、ぼんやりとそれを見ていた。

 シドがジョシュの向かい側のソファに座り、質問を繰り返す。

 そうしているうちに、おそらくジョシュの父親らしい男性が別の捜査官に案内されて入ってきた。

 ジョシュの父親は、とても息子によく似た顔立ちをしていた。人の良さそうな柔和な雰囲気であったけども、知的な瞳が印象的だった。

 今日、起きたことがシドの口から説明されると、その表情が苦痛と悲しみに歪む。

 わたしは見ているのがつらくなって、やがて俯いた。


 ジョシュの次はサイモン。

 父親と一緒に部屋を出て行ったサイモンと入れ代わるように、サイモンが両親とおぼしき二人と連れ立って入ってくる。

 シドの質問、説明はジョシュの時とほとんど変わらない。

 今日起きたことの確認だけ。

 わたしが床を見つめたまま聞いていると、マチルダが話しかけてきた。

「局長があなたと話したいっていうのよ」

 わたしはのろのろと顔を上げる。

 それからゆっくりと壁の中に映るシドを見る。

「あれは『元』局長代理。今回は局長本人」

「……ああ」

 わたしは微かに頷いて見せた。

 何だか、何もかもが酷く現実味のない感じがする。さっきまではグレイに対する怒りで身体が震えていたというのに、何で今はこんなに無関心なんだろう、と思う。

 椅子に座ったはいいけど、立ち上がる気力もない。何も考えたくない。

「大丈夫?」

 マチルダがわたしの顔を覗き込んできた。

「大丈夫です」

 そう応えたわたしの声が、遠く感じた。

「大丈夫そうじゃないわね」

 マチルダは苦笑した。「でも、今後は少し自重して動いて欲しいわ。あなたの安全のためよ」

「……すみません」

「それに、あなたの友人も危険でしょ?」

 わたしの胸がキリキリと痛んだ。

 そうだよね。

 わたしは考え無しだったと思う。

 今、こんな状態になってから思いつくなんてバカだ。

 ジョシュに言われて貸倉庫に向かう前に、エリザベスを呼べば良かったんだ。

「ごめんなさい」

 わたしが俯いて唇を噛むと、マチルダが慰めるようにわたしの肩を優しく叩いた。

「あなたはどうしたいの?」

 マチルダはやがて優しく訊いた。「あなたの事情は、他言して欲しくないというのがこちらの本音なの。友人に秘密にしておける?」

 友人。

 わたしは目を閉じた。

「でも、秘密にしないといけないんですよね」

 目を閉じたまま呟く。「何か、嘘を考えなきゃ……」

 わたしはたくさんの嘘をついて生活している。そうしなきゃいけない。

 サイモンは説明してもらいたがっていた。わたしだって、話したい。いっそのこと、全部話せたら楽になるんだろうか。

 でも、ダメなんだ。

 もっと、今まで以上にたくさんの嘘をつかなきゃ……。


 でも、こんな嘘だらけの関係って、友人だと言える?

 サイモンはいい人だ。

 そんなに長い付合いじゃないけど、彼が真面目な人だと解ってる。

 そんな相手に、わたしはどこまで嘘を突き通せるだろう。


「これはグレイの『接触』なのよ」

 マチルダの声が低くなった。彼女の表情はどこか同情的に見えた。言いにくいことを言うかのように、口調も歯切れが悪い。

「後で説明があると思うけど、明らかにグレイはあなたに興味があって、近づこうとしてる」

「え?」

「あなたと一緒にいる人間が安全かと言えば……安全ではないでしょう」

 わたしは息を呑んだ。

 ああ、そうだった。

 例の鏡の一件だってそうじゃないか。


『もし誰かに話したら?』

『君の身内の誰かが死ぬよ。一人とは限らない』


 グレイは人殺しなんだ。

 わたしの周りの人間を殺すなんてこと、簡単なんだろう。

 近くにいればいるほど、巻き込まれる可能性は高いんだから。

 だから、わたしは。


「とにかく、急いで結論を出さなくてもいいわ」

 マチルダは肩をすくめて見せた。それから、ふと何かに気づいたように顔を上げた。

 ドアを叩く音がした。

 そして、捜査官が顔を覗かせると同時に、その背後からお父さまとお母さまが部屋に入ってきた。

 わたしは椅子から立ち上がると、無言でお父さまに抱きついた。


「やあやあ」

 わたしはマチルダに連れられて、局長室へと入った。その途端、凄く明るい声が飛んできて足をとめた。

「はじめましてだねえ。いやあ、災難に巻き込まれて大変だったろう」

 そう言いながら局長室の椅子から立ち上がった男性、彼が局長なのだろう。

 とても身長が高く、痩せている。ぴしりとした洋服に身を包み、正に紳士、といった感じだ。

 そして、その頭が輝いている。髪の毛がほぼない。

 ――ハゲてきたから傷心旅行とか、痔とか聞いた気がする。

 そんなことを考えつつ、お父さまの手を離して恐る恐る頭を下げる。

「……はじめまして」

 お父さまは心配そうにわたしを見つめ、お母さまはわたしを庇うように前に立つ。

 何だか、お父さまとお母さまがいるだけで心強い。少しだけ、気が楽だ。

「ああ、マチルダ君。お茶を入れてくれないかねえ。お菓子もあったら欲しいよ」

 局長はにこにこしながら言う。そして、わたしたちに椅子を勧めた。

 マチルダが局長室を出て行くと、入れ替わりにシドが入ってきた。

「失礼します、局長。他二名の事情聴取が終わりました」

 シドは事務的に言う。そうして二人を見てみると、やっぱり似ている。顔立ちはシドのほうが整っていて、真面目そうなんだけど。

「ご苦労、ご苦労」

 局長はこの場に似つかわしくない明るい笑顔で応える。シドが苦々しげに彼を見た。

「すみませんでしたねえ」

 局長はつるりと頭を撫で上げ、お父さまとお母さまに申し訳なさそうに微笑んだ。「何しろ、私が不在でしたもので。気の利かない若輩者が色々と失礼をしたかもしれません」

「いえ」

 お父さまが僅かに困惑したかのように眉を顰めた。

 その横で、シドが小さく「ハゲが」と悪態をついてるのが聞こえた。

「君もつらかったろうねえ」

 局長はシドの言葉が聞こえなかったようで、笑顔をわたしに向けてきた。「私も君のために力になろう。何でも言ってくれないか」

「……はあ」

 わたしが曖昧に頷くと、局長はいきなりわたしの手を握った。

「いやあ、私もここのところ神殿にコネができてねえ。もし良ければ、懇意の巫女さんに紹介するよ。色々、悩みも多いだろうし、一度、会ってみたらどうかねえ」

「巫女さん……」

 わたしがぼんやりしたまま呟くと、わたしの横でお父さまが驚いたように口を開く。

「神殿の巫女様とつながりが? それは凄い」

「いやいやあ」

 局長は何故か恥いるように目を伏せる。しかしその口元が嬉しそうだ。

「神殿に痔の治療にいって、巫女様を口説くハゲが」

 シドが忌々しげに言葉を吐き出す。

 それを聞いて、お父さまもお母さまも身体を硬直させたようだ。呆れたように局長を見る二人。

 わたしはただ無言。

「だって、凄く魅力的だったんだよねえ」

 局長は目尻を下げて笑う。「久々のときめきってやつだよ。結婚どころか恋愛に無縁のシド君には解らないだろうけど」

「うるさいわ、ハゲが」

「お前もハゲるんだよ。あきらめろ」

 ふと、局長が底意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「失礼します」

 そこに、マチルダがトレイにお茶の入ったカップと焼き菓子の乗った皿を乗せて入ってきた。

 マチルダはテーブルの上にカップを並べながら、その切れ長の目を局長に向けた。

「中央からお客様がお見えですがどうしましょうか?」

「中央?」

 局長は焼き菓子を一つつまみながら笑った。「待たせときなさい」

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