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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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割れた鏡

 わたしはのろのろとした動きで部屋の中に入った。

 ジョシュがそんなわたしを押しのけるようにして、ベッドに駆け寄っていく。

「ジェーン」

 そう彼が囁いて、少女を抱き上げた時。

 みしみし、という耳障りな音。彼女の強張った腕が、生きている人間ではないと教えてくれる。

 艶のない髪の毛。

 閉じたままの目蓋。

「ジェーン」

 ジョシュが彼女を抱きしめる。そして、何かが折れるような音。


『血を抜かなくちゃいけない』

 グレイは言った。

 天井から下がった鎖。

 床に広がっていく血だまり。

 まるで、それは屠殺。

『そんなに苦しくないはずだよ』

 グレイの微笑。それは形だけは美しかった。


 わたしは思わず後ずさる。

 そして、視界の隅に映ったグレイの姿。

 わたしは反射的に悲鳴を上げ、思い切り腕を振り上げた。

 がしゃん、という音と同時に、鏡台の鏡一面にヒビが入った。

 鏡だ。

 わたしの手の拳が、グレイ・スターリングの姿を叩き、鏡を破壊している。

 割れた鏡の破片、飛び散る血。

 その色を認めた時、わたしの心臓が酷く高鳴っていた。

「あいつ……殺してやる……」

 わたしの喉から唸るような声が上がる。

 じゃないと……わたし。わたしは。

 呼吸が乱れた。過呼吸。苦しい。息が、できない。


「エイス!」

 サイモンがわたしの背中をさすってくれている。

 マックスがこちらの異常に気がつき、慌てたように駆け寄ってきた。

「人を呼んできます」

 そう言った彼の腕を掴み、わたしは首を横に振った。どうやっても声が出せない。

 わたしは必死に制服のポケットを探り、手帳を取り出して乱暴にそのページを破る。

 エリザベスからもらったものだ。破り取ったページは、床に落ちた途端に青白い炎に包まれて燃え尽きる。

 それを見たサイモンは驚いたように息を呑み、マックスは眉を顰めたまま動きをとめた。


「お待たせしましたぁ」

 ほんの僅かな沈黙の後、ひどく明るい声が辺りに響いた。

 どこから姿を現したのか、エリザベスが貸倉庫の中に立っていた。

 最初こそ、のほほんとした口調だった彼女だけれども、ジョシュの背中とその腕の中にいた少女を見て表情を引き締めた。

「すみませんが、この一帯を封鎖します」

 すぐにエリザベスは緊張した様子で言うと、呪文の詠唱を始めた。途端に、光の帯が宙に舞い始める。

「一体何が」

 サイモンが茫然と呟く。

「あ、申し遅れました。わたし、魔法取締捜査官です」

 エリザベスは服の袖をまくり、その左腕に浮かび上がる司法局の紋章を見せてきた。それを見たサイモンが、口を開いたまま身体を硬直させた。

 そうしているうちに、貸倉庫の中に縦横無尽に走った光の帯は、やがて外に続く扉もすり抜けて、建物自体を取り囲んだようだった。

 そして、ジョシュの手の中にあった少女の遺体にも光の帯が集まった。ジョシュはそこで我に返ったのか、ゆっくりとその視線をエリザベスへと向けた。

「現場を保全いたします。すみません」

 エリザベスは申しわけなさそうに眉尻を下げ、深く頭を下げる。

 ジョシュは何の感情も浮かばない瞳でそれを見つめた後、ジェーンの遺体へと顔を向ける。

 光に包まれたそれが、ゆっくりとベッドに横たわっていくのを見つめた彼の横顔が、苦痛に歪む。彼はその場に膝をつき、歯を食いしばった。

「……妹、だ」

 震える声。

 その目に涙が浮かんで、彼は手のひらでそれを乱暴に拭った。


「ご苦労だった、エリザベス」

 そこに、別の声が飛んだ。見なくても解る。局長代理――シドだ。

 彼は落ち着いた様子で辺りを見回し、何事か考え込んでいる様子だった。

 エリザベスがわたしのそばにパタパタと駆け寄ってきた。わたしは相変わらず呼吸が乱れたままで、何も話すことができない。

 わたしが血だらけの手で自分の髪の毛を掴もうとすると、サイモンは無言でわたしの手首を抑え込んだ。

 サイモンは何も言わない。

「えーと。エ……彼の治療魔法の許可を申請します」

 エリザベスがわたしの肩に触れながら、シドを見やる。シドはこちらを見ずに応える。

「かまわん。後で書類は作成する」

「はぁい」

 エリザベスはにこりと笑い、すぐにわたしの手を取った。

 サイモンがわたしから手を引き、無言で見守る。その近くで、マックスも息を詰めて皆を見回していた。

 エリザベスの呪文詠唱が始まると、わたしの手が熱を帯びた。

 気づけば呼吸も楽になっている。

 エリザベスの手のひらが白い光を放ち、わたしの傷口に収束していく。その光は、酷く細かい魔法言語の集合。

「……ありがとう」

 やがてわたしは小さく呟く。傷口はすっかり塞がっていた。

 エリザベスはくすぐったそうに笑ってから、シドのほうへ駆け寄る。

 わたしが二人のほうへ目をやると、シドが低く呟いていた。

「古代魔法か」

 その片眼鏡の奥の瞳が、冷ややかに輝いている。冷静に辺りを観察した後、彼は目を細めた。

「古いな」

 それからおもむろにある部屋へと入っていく。

 少女がいた部屋とは別の部屋で、そこは鍵がかかっていなかった。

 少ししてから、彼は手に何か封筒のようなものを持っていた。表書きのところに、見覚えのある紋章。

 それはわたしの屋敷でも見たことがある。お父さまが持っていた魔法使用許可証にあったと思う。


「シド。退去させてもいいかしら」

 そう言いながら現れたのはマチルダ。

 彼女はわたしたちから少し離れた場所に立ち、固い表情でシドを見つめている。腕を組んで僅かに不快そうに唇を噛み、そっと天井から下がる鎖へと向けた。

「ああ」

 シドはため息をついた。「目立たぬように司法局へ」

「了解」

 マチルダは鋭い視線をわたしたちに向け、義務的な口調で言った。「事情聴取のため、同行してもらいます。こちらは上の許可がなければ何も発言できませんので、質問は後にして下さい」

 それを聞いてサイモンが小さくため息をついたのが解る。

 ジョシュは先ほどから無言で、ただ虚ろな目でジェーンを見つめたままだった。身じろぎ一つしない彼の様子に、マチルダは不安を覚えたのか表情を強ばらせる。

「未成年者ばかりね。保護者を呼ぶわ」

 そう言い残し、足早に彼女は倉庫を出て行く。

 それを見送った後、サイモンがわたしに小さく訊いた。

「お前には何か秘密があるんだろ?」

「……ああ」

「全部説明してもらえるのか?」

「解らない」

 わたしが目を伏せると、彼は仕方ないな、と言いたげに苦笑した。

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