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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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貸倉庫十二

「本気でいらっしゃいますか?」

 行き先を聞いたマックスは、苦い表情をして見せた。

 サイモンも固い表情でジョシュとわたしを交互に見やる。

「ダメかな」

 わたしがおずおずと訊くと、マックスはあっさり頷いた。

「もちろん、反対です」

「うちの馬車が戻るまで待とう」

 ジョシュは庭を見回して、まだ彼の屋敷の馬車が金髪氏を送りに出て戻ってきていないことを確認した。マックスがダメなら、待つしかないと考えたようだ。

「待っていたら暗くなります。もっと危険です」

 マックスはさらに苦々しげに言った。少し呆れているようにも見える。

「じゃあ、明るいうちに行けないだろうか。何か危険がありそうなら、すぐに戻ると約束する」

 ジョシュの目つきは思い詰めているかのようで、それを見たマックスは明らかに困惑していた。

「あの、エイス様?」

 彼がどうしたらいいのか、と言いたげにわたしを見つめる。だから、わたしは頭を下げた。

「迷惑をかけてすみません。わたしが責任をもって、お父さまに叱られますので」

 しばらくマックスは沈黙していた。

 そして、諦めたように言った。

「では、家紋を隠すために黒い布か何かいただけないでしょうか?」

「布?」

 わたしは首を傾げた。

「ウィストー通りなど、オーガスティン家の馬車が行ってはいけない場所なのですよ」


 その理由はすぐに解った。

 ちょっと、わたしにとっては衝撃的でもあった。


 まだ明るいといえ、夕方。

 ウィストー通りというのは、あまりよからぬ人々が集まる場所であったらしい。

 わたしたち三人は、馬車の中で黙り込んでいたから、窓にカーテンを引いてあったとはいえ、外からの声が時折聞こえてきていた。

「お兄さーん」

「ねーえ、遊んでいかない?」

 とか。

 その、男性に媚びるような甘ったるい女性の声に、ジョシュはやがて気まずげに俯いてしまった。

「こういう場所なのか」

「そうです」

 サイモンが困ったように言う。

「こういう場所?」

 わたしがきょとんとしていると、二人は疲れたようにわたしを見た。

「純粋でいいねえ」

「知らないほうが幸せだよ」

 なんて言いながら。

 何だか二人だけが理解していることにムカついて、そっとカーテンに手をかけて外を覗いてみた。

 すると、けばけばしい化粧に安っぽいドレスの女性たちが通りに数名見えた。胸元が大きく開いていて、露出の高いドレス。

 そこでやっと理解した。

 とりあえず、そっとカーテンを引いて頭を掻いた。


 やがて、遠くから悲鳴が聞こえた、ような気がした。

 ジョシュもサイモンも、それに気がついて息を殺す。

 馬車がとまり、外からマックスの低い声が聞こえた。

「戻りましょうか。おそらく、目的地の近くなんですが」

「何があったか解る?」

 わたしが馬車の中から訊くと、マックスがそっと応えた。

「いいえ。ただ、関わると面倒なことになります」

「ここまできて……」

 と、ジョシュがため息をつくのが聞こえたので、わたしは続けて訊いてみた。

「避けて通れない?」

「どうですかね……」

 マックスは気乗りしていない様子だったけれど、馬車を進ませた。

 何となく気になって、わたしはカーテンをもう一度開けてみた。

 何やらドレスの裾を上げて走っていく女性と、あまり雰囲気のよくない男性の姿が近くに見えた。

「貸倉庫十二でしたか。あれは十一ですね」

 マックスの声と同時に、馬車がとまった。ジョシュが扉を開けて出ていくので、慌ててわたしたちも続く。

「十二は?」

 ジョシュが辺りを見回す。

 貸倉庫十一とやらは、四角い石造りの建物だ。壁に大きく十一と描いてある。

 十一があるなら、十二は?

 わたしも辺りを見回した時。


 それほど遠くない建物に、慌ただしい様子で出入りする人影が見えた。

 その時、見覚えのある姿を見た。


 アレックス?

 わたしは動きをとめた。

 背が高く、服の上からでもよく解る筋肉。安っぽい服装で、歩きかたは何だか武骨なだけ。以前見た穏やかさは欠片もない。でも、見間違うわけがない。

 彼の少し前を歩く男性には見覚えはなかった。でも、司法局の人間ではないだろうと見て取れる。

 服装は高級そうであったけれど、その横顔は酷く険悪であったし、多分、まともな職業ではないだろう。

 一瞬、アレックスがこちらを見た。

 わたしはすぐに目を逸らした。

 そうだ。

 外で次に会った時は、お互い初対面だ、と言われたはずだ。

 潜入捜査だから、と。

 だからわたしは彼の視線から逃げるためにも、さっさと歩き出した。

「おい! エイス!」

 サイモンが慌てたように追ってくる。

 少し歩くと、先ほどの倉庫によく似た四角い建物が見えてきた。

 壁に十二と描いてある。

「先輩」

 振り向いてジョシュを呼ぶと、彼も駆け寄ってきた。

 マックスも、中に誰も乗っていない馬車を動かしてこちらにくる。

 わたしたちはその貸倉庫の前で、少しだけ沈黙した。


 サイモンが最初に貸倉庫の巨大な扉に触れた。途端に、壁一面に広がる青白い光。

「誰かに見られたら」

 わたしは慌てて辺りを見回したけれど、どうやら誰もこちらの様子に気づいた人間はいないようだった。

 先ほど、アレックスたちが消えた建物のほうでは、僅かな喧騒。

 ある意味、今がチャンス、なのだろうか。

 わたしはすぐに倉庫に視線を戻した。そして気づく。

 扉は他にもある。

 その通り沿いではなく、路地に回り込んだところに小さな扉。

 その扉が、僅かに輝いているように見えた。

「Lの文字だ」

 わたしは呟いた。

 その小さな扉に、例の封筒の封蝋にもあったイニシャル。

 それが浮かび上がっている。

「L?」

 サイモンは眉を顰めて呟く。

 わたしは恐る恐るそれに近寄ると、Lの文字に触れた。

 また、聞こえる。

 鈴が鳴るような、軽やかな音。

 そして、金属製の扉は音もたてずに開いた。


「ヤバくないか」

 サイモンは警戒心丸出しの様子で言う。

 ヤバいと思う。

 わたしは開いた扉を前に、乱れた呼吸を整えるのに必死だった。

 嫌な予感しかしない。

 しかし、ジョシュが先に中に入ってしまう。だから、わたしたちもすぐに後に続く。


 倉庫の中は暗かった。

 しかし、どんな仕掛けなのか、それとも魔法がかけられているのか、わたしたちが歩いているところは上から青白い光が差し込んできた。

 ランプなど見当たらない。しかし、辺りを見回すには充分な明るさ。

 倉庫の中は、いくつかのスペースに区切られているみたいだった。

 そして、倉庫というより植物園のようだった。

 植木鉢が多い。誰も水を与えていないらしく、ほとんどが枯れている。

 乾いた土の匂い。歩けば舞い上がる埃に、そこら中に張った蜘蛛の巣。

「何だか……変なところだな」

 そう言ったサイモンの声には明らかな不安が滲んでいた。

「あれは何だ」

 ジョシュがふと囁いた。

 彼が見つめている先は、壁だった。石造りの壁。しかし、そこにあったのは、天井から下がる鎖と鉄の輪。

 そして。

 壁と床に広がっている黒い染み。


「エイス様」

 後を追ってきたマックスの声が遠く聞こえた。


「帰ろう」

 サイモンがわたしの腕を取った。

 でも、わたしはそれを振り払って前に進んだ。

 倉庫の中にもいくつかの小さな部屋がある。

 それぞれ扉があった。その中で、やはりLの文字が浮かび上がる扉があった。

 わたしはまたそれに触れ、魔法を『解除』する。

 この倉庫の全ての魔法は、何故かわたしが――エアリアル・オーガスティンが解除できるようになっている。


『エアリアル』

 ふと、頭の中にグレイの声が響いた。

 それは、記憶、だろうか。

『君は仲間になれるんだよ』

『きっと、選ばれたんだ』

『あの人に』

『だから一緒に』


「違う」

 わたしは急に襲ってきた激しい頭痛に悲鳴を上げた。

 髪の毛を掴み、頭痛を振り払うために強く引っ張る。

「エイス」

 サイモンがわたしの肩を掴んでいる。顔を上げると、心配そうに覗き込んできている彼。

「サイモン……あれ」

 わたしは力無く首を振った。

 その開いた扉の向こうには、倉庫には似つかわしくない部屋が存在していた。

 クローゼット、鏡台。テーブルに椅子、大きなベッド。

 そのベッドの上に、誰かが眠っていた。

 エリザベスと同じくらいの年齢の少女。

 真っ白な肌、白いドレス。

「ジェーン」

 ジョシュがわたしの後ろで囁いた。

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