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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第二章 学園生活における非日常

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手紙

 多分、ジョシュは予想外の展開に言葉を失っているようだった。

 おそらく、彼は「似てません、違います」という返事を思い描いていた。それで終わるはずだった。

 しかし。


「送らせよう」

 やがてジョシュはその瞳に剣呑な色を浮かべ、小さく呟く。

 ジョシュの視線は金髪氏に向いていて、彼の面通しは終わりだと告げている。ジョシュに呼びつけられた召使いは、金髪氏を馬車へと案内したようだった。

「お前はこいつの友人か」

 ジョシュは部屋に残ったサイモンを見つめたが、いきなりの『お前』『こいつ』呼ばわりにサイモンは僅かに不快そうな表情を浮かべた。

「友人ですが、邪魔ですか?」

「少し立ち入った話をするからな」

 ジョシュはしばらくサイモンを睨みつけていたけれど、彼が引かないと知って目をそらした。

 それからわたしを見る。

 明らかに警戒したような目つき。それと、僅かな困惑。

「何年も前の話だが」

 と、彼は口を開く。

 わたしは何て言ったらいいのか解らず、ただ次の言葉を待った。

「妹宛てに花束が届くようになった。誰からなのかは解らなかった。ただ、幼いながらも可愛い妹で……変なやつに見初められたのかとも家族で話題になった。だから、花を届ける店の人間に話を聞いた。そうしたら、妹と同い年くらいの少年に頼まれた、と」

「それがわたしに似ている、と?」

 自分の声は緊張しているためか、いつもより低かった。ちらりと花屋の娘を見ると、彼女は少し怯えたように目を伏せた。

「妹が行方不明になったのは、秋の収穫祭の時だ」

 ジョシュはわたしの問いを無視して続ける。「街の広場に誰もが遊びに出ていた。俺も妹も、両親と一緒に広場に行き、その人混みの中で妹は消えた。我が家はそこそこ裕福だから、金目あての誘拐かと思ったんだが、結局誰からも金銭の要求はなかった」

「今までずっとですか?」

 わたしの問いに彼はやっと反応して頷いた。

「妹を探しても見つからず、いつしか家庭内が荒れた。母が……ちょっとおかしくなってな。祭りに連れ出した父を罵るようになった。まあ、この辺りの事情はどうでもいい」

 ジョシュは自嘲するかのように歪んだ笑みを浮かべ、さらに続ける。「俺は妹を誘拐したのが、花を贈ってきたやつじゃないかと考えて、昔から色々探してきた。だいたいハズレだったが……」

 と、そこで彼は言葉を切り、わたしを見る。相変わらず鋭い視線ではあるけれど、おそらく彼も自分の考えが極端すぎると理解しているようだ。疑惑、困惑、色々な感情が見て取れる。

「昔の話でしょう」

 サイモンが呆れたように口を開いた。「似ているとはいえ、ただそれだけでエイスを誘拐犯と決めつけるのはどうかと思いますが」

「決めつけてはいない」

 ジョシュは冷ややかに応えたものの、サイモンの言い分も正しいと理解しているようだ。

 ジョシュは少しだけ表情を和らげ、わたしを見つめ直す。

「君は無関係か?」

 『こいつ』から『君』へと呼びかたが変化した。

 わたしは何て応えたらいいのか悩んだものの、小さく頷いた。

「わたしは誰も誘拐したことはありません」

 ――誘拐されたことはあるけど。

 そして、『わたし』は何もやっていないとはいえ、この肉体は何かしでかしているのは間違いない。

 グレイはジョシュの妹を誘拐したんだろうか?

 もし誘拐したなら……。

「じゃあ、無関係だと言うんだな」

 ジョシュが重ねて訊いてきて、わたしは黙って頷いた。

「でも、似てますよ」

 花屋の娘が声を張り上げて言った。「嘘じゃありません!」

「解っている。君は真面目だし、嘘をつくような子じゃない」

 ジョシュは苦笑混じりに言い、ため息をついた。しかし、花屋の娘は納得した様子を見せず、やがて何かを思い出したかのように目を見開いた。

「あなた、手紙を持ってきたでしょう」

 彼女の視線はまっすぐにわたしに向けられていた。

「手紙?」

 わたしが首を傾げると、彼女はぎこちなく笑いながらジョシュに顔を向けた。

「わたし、何度も彼を見てるんです。花を頼まれたのは何回かありましたから」

「ああ、確かに」

 ジョシュが頷く。

「その時、いつだったか預かった手紙があるんです。訪ねてきた人がいたら渡して欲しいって」

「え?」

 ジョシュが眉を顰めた。「今まで、そんなこと聞いてないが」

「忘れてました」

「はあ?」

 サイモンが呆れたように声を上げた。「都合よすぎないかな、それ。いきなり思い出すとか」

「それは……わたしも不思議ですけどぉ……」

 彼女は悔しそうにサイモンを見やる。

 確かに、サイモンの言いたいことは解る。ジョシュはずっと昔から彼女に色々質問していたはずだ。それなのに、時間が経って記憶が薄れていく今になって?

「その手紙はどこに?」

 ジョシュは彼女に訊くと、「持ってきます」と言い残し、彼女は急いで部屋を出て行った。


「これです」

 しばらくすると、彼女は息を切らせながら戻ってきた。その手の中には、白い封筒がある。

「ありがとう」

 ジョシュは封筒を受け取った後、召使いを呼んだ。

 どうやら謝礼らしきものを召使いが娘に渡した後、ジョシュは応接間から少女を廊下へ押しやった。彼女は封筒の中身に興味があったようで、少し残念そうにジョシュを見つめた後、仕方なさそうに屋敷を出て行った。


「Aへ」

 封筒の表書きはたったそれだけだ。

 ジョシュが裏表を見てみたけれど、それ以外は何の変哲もない封筒。

「封は……」

 彼が困惑しているのが解る。一緒に覗き込むと、確かに封筒だけれども、普通ならあるはずの継ぎ目も何もない。

 ペーパーナイフを差し込むべき隙間すらないのだ。

「すみません」

 サイモンが一言断って封筒に触れると、途端にその封筒に浮かび上がってきたものがある。

 それは魔法言語。封筒の一面に広がる文字列。

 そして、『Aへ』の文字が赤く染まる。

「ああ、Aしか開けられないようになってる、ってことだ」

 サイモンは顔をしかめた。

「Aしか……」

 わたしが小さく呟くと、サイモンが奇妙な感情をその目に浮かべ、わたしの名前を呼ぶ。

「エイス」

 エイスのA。

 ――違う。エアリアルのA。


 わたしは眩暈を覚えた。

 何なの?

 これはグレイの罠か何か?


 わたしはその封筒に触れた。

 途端、鈴が鳴るような音が響いて、魔法言語の文字列が弾けた。

 そして、あるべきものが現れる。封筒の封蝋。

 わたしは恐る恐るそれに手をかけた。赤い蝋の上には、見たことのない花の模様と、Lの文字。

 L?

 グレイ・スターリングの名前じゃない。

 わたしは困惑を隠しつつ、封蝋を開けて中から一枚の紙を取り出した。


『ウィストー通り 貸倉庫十二』


 ただそれだけの文面。


「ウィストー通り?」 わたしが顔を上げてジョシュを見つめる。

 ジョシュは解らない、といいたげに眉を顰めたが、サイモンは聞いたことがあるらしく、口を開いた。

「あまり治安のよくない場所だ」

「俺は行ってみる」

 そう言ってジョシュは部屋を出ていこうとする。でも、サイモンが引き止めた。

「この手紙はエイス宛てだ。他の人間が行っても意味がないと思う」

 ジョシュの足がぴたりととまる。

 そして、改めて彼の疑惑に満ちた瞳がわたしに向いた。

「君は何者だ?」

 ジョシュの質問は尤もだと思う。

 さすがにサイモンも、わたしに困惑した目を向けている。

「すみません。わたしには解りません」

 わたしの手が自然と制服の胸元を掴んでいた。胸騒ぎがする。嫌な予感。

「でも、一緒にいきます」

 わたしは思い切ってそう言った。

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