勧誘、その後
「……演劇部って、凄いんだな」
翌日、昨日の人身御供氏がわたしに声をかけてきた。
彼の表情には昨日までの刺々しさはなく、何だか感心しているかのような目つきでわたしを見つめている。
ちょうど休み時間であったこともあり、わたしの前の席の生徒は不在だった。その空いていた椅子に座り込んで、彼はため息をついた。
「何だか可愛い子はいっぱいだし、お菓子やらお茶やら出されたよ」
「ああ」
わたしは頷く。
隣の席にいたサイモンも、何度も頷いて見せる。
「あのお菓子、美味しいよな。高そうだし」
「あのレイチェルって人、先輩ってことだけど、どういう関係?」
人身御供は訊いてくる。そうしているうちに、昨日のもう一人の人身御供――おまけで追加された被害者も近くに寄ってきた。
「それ、俺も訊きたい。あ、俺はマクミラン・ロード。よろしく」
被害者氏が名乗って、人身御供氏も我に返ったらしい。
「俺はチャド・パーク。昨日は悪かった」
「いや、大丈夫」
わたしは苦笑した。何だか雰囲気は悪くない。チャドの表情は多少、気まずげではあったけれど。
「レイチェルは親戚。ごめん、あんな性格だから厄介で」
わたしがそう言うと、チャドは目を細めてわたしを見つめ直す。
「親戚? 何だか彼女、凄くいいところのお嬢さんっぽいけど。レイチェルさまとか呼ばれてたし」
「いわゆる名家の一人娘。ハリス家は有名だと思うよ」
「ハリス」
チャドは驚いたように息を呑む。「……って、アレだろ。この辺りでも有名な製紙工場を持ってる家の」
「そう」
わたしは頷く。
レイチェルのお父さまはかなりのやり手だと聞いている。作る紙の質もいいので、色々なところとも取引があるらしい。
手堅い運営で黒字を出し、さらに業務拡大とかいっていた気がする。
「そこと親戚……」
サイモンも驚いたようだった。僅かにこちらに椅子を引き寄せ、サイモンはぎこちなく訊いてきた。
「お前の婚約者って誰?」
わたしは少し悩んだ。言っても大丈夫だろうか?
「婚約してんの?」
「マジかよ」
チャドとマクミランが目を丸くしている。
まあ、婚約者がいると言っておいたほうが楽かもしれない。
無駄にモテ期がこられても困るわけだし。女の子にモテてもこれっぽっちも嬉しくない。
「オーガスティン家の一人娘」
と、わたしが言った瞬間、チャドとマクミランが息を呑む。
「大地主じゃん……」
「エイスって何で魔法科なんかに……」
わたしはそれを聞いて首を傾げた。
「そんなに魔法科っておかしいか? 何だか皆、変な反応だよな」
わたしは純粋にそう思う。魔法が使えたら便利だ。それが使えたら、毎日の生活だって楽だろうに。
「魔法使いで稼げるヤツなんて一握りだろ」
チャドは呆れたように言う。「よほど腕がよくないと分に合わない。金持ちなら魔法使いを雇えばいい話だ」
「そうだよ」
マクミランも重ねて言った。「魔法使いになるのは大変なのに、色々規制も激しい」
「じゃあ、何で君たちは魔法科に?」
「工場で働くより金になるからさ」
チャドは肩をすくめた。「それに、魔法使いとして一流にはなれなくても、免許があるだけで就職には有利だ。特にウェクスフォードで優秀な成績で……なんてことになったら、家柄とか関係なく、学歴だけで高官になれる可能性も出てくる」
「シビアだな」
わたしは唸った。
お金を稼ぐというのは大変なことなのは知ってる。わたしが恵まれている立場であることも。
ある意味、ここではわたしは異質なのだろう。
グレイに身体を乗っ取られるなんてことがなければ、今頃は普通科でのほほんと学園生活を送っていたに違いない。
普通科で学ぶものといえば、一般的なものばかり。特に、ウェクスフォード学園においての普通科というものは、就職がどうだ、など心配しながら通う場所ではないはずだ。
「っていうか、そんな安定した未来があるのに、何でお前は魔法科なんだよ。遊んでても許されるんじゃないのか」
チャドが眉間に皺を寄せた。
「……そんなことはないよ、切実なんだ」
わたしは頭の中でぐるぐると色々考えながら首を振った。
隣で、表向きの事情を知っているサイモンが無言で頷いている。
「何か事情があんのか」
「ある。とにかく魔法や剣術を真剣にやらないと」
「剣術?」
さすがにチャドもマクミランも何と言ったらいいのか解らなくなったようだ。
サイモンがやがてぼそりと呟いた。
「……魔法取締捜査官になれるかもな」
――その手があったか!
わたしがぴたりと動きをとめたことで、サイモンはわたしの考えを読んだらしい。
「お前、変」
――何だよ。
わたしが不満げに彼を見やると、サイモンはバリバリと頭を掻いた。
「そりゃ魔法取締捜査官っていったらエリートだし、どんな気難しい相手でも結婚を許してくれるだろうけどさあ」
「え、何それ、婚約者から無謀なこと言われてんの?」
マクミランが身を乗り出してきた。凄く楽しそうだ。
「まだ完全に結婚を許されたわけじゃないらしいぜ。ウェクスフォードでいい成績取らないとダメなんだって」
サイモンが小声で言う。
「そりゃまた」
「難題を」
何だか勝手に話が進んでいくけど、まあ、気にしないことにしよう。
わたしがウェクスフォードの魔法科にいるということの説明として納得できるなら。
「そんな無茶なこと言ってくる相手と婚約とかどうなん? 大丈夫なのか?」
サイモンは何だか心配そうだ。気の毒そう、のほうが近いだろうか。
「いや、大丈夫」
わたしは納得してもらいたくて力強く言う。
チャドが首を傾げる。
「そんなに魅力的なのか? そのオーガスティン家の娘って」
「もちろんだ」
わたしはぐっと手を握りしめて言った。「わたしが言うのもなんだが、凄く可愛いんだ! 凄い美少女なんだ!」
「あ、こいつバカだ」
チャドが小さく言う。
何て言った。
わたしが彼を睨みつけると、彼は慌てたように目をそらす。
「恋は盲目って言うから」
サイモンもわたしを見ずに言う。
くそう、本当のことが言えたなら、絶対納得してもらえるはずなのに!
何だか恋愛脳でバカな男と思われただけじゃないか!
何もかもがグレイのヤツのせいだ。
「だから、勉強で解らないところがあったら教えてくれ」
わたしが続けて言うと、サイモンがわたしの肩を叩いた。
「僕で良ければ」
「あ、俺もいいぜ」
「俺もー」
何だか皆の視線が同情的だけど、気にしない。気にしないって!
そしてその日の放課後。
今日こそは体育館を覗きにいこう、と気合いを入れて椅子から立ち上がった。
剣術だろうが体術だろうが武術だろうが、何でもいいから部活がどんなものがあるのか確かめたい。
そして、教室の扉を開ける。
また、レイチェルの姿。
バタンと扉を閉じてサイモンの背後に逃げ込む。
「またか……」
サイモンが呆れたように呟くのを聞きながら、わたしは辺りを見回した。
「さて、エイスくーん」
レイチェルが極悪人みたいな笑顔で近づいてくる。
わたしは金髪巻き毛の女の子に目をとめ、笑顔で彼女に歩み寄る。
「ねえ、君」
わたしの無邪気な笑顔、発動。
彼女は急に呼び止められて驚いたようにわたしを見上げ、僅かに頬を染めた。
「演劇部に興味ある?」
「え、演劇部?」
「うん、君は美人だから、さぞかし舞台映えがしそうだなあって」
「ええっ!?」
彼女は一瞬息を呑んでから、すぐにこくこく頷いた。「ああありますっ、ぜひ、はい!」
わたしは彼女の手をそっと握り、その頬がさらに赤くなるのを見つめながら、レイチェルに引き渡した。さらに、こっちを見ていた他の女生徒も数名掴まえて背中を押す。
「いってらっしゃい」
「ひでえ」
背後からチャドの低い声が聞こえた。
「早めに婚約者がいることを言っておいたほうがいい」
サイモンも頭を抱えながら言っていた。




