帰宅許可
「結構、腕が上がってきたよな」
アレックスがそう言ったのは、随分後になってからのことだ。
今まで使っていた剣が軽すぎるように感じて、少しだけ重いものに替えた頃だ。
「お世辞をありがとうございます」
わたしは冗談めかして笑う。腕が上がったと言われても、実感はない。相変わらずアレックスには、いいように剣で遊ばれてるのが解るからだ。
「可愛くないねえ。せっかく褒めてるだろ」
アレックスはニヤリと笑いながらドームを出て、軽くストレッチをした。
「女の子に戻ったら可愛いと言ってください」
わたしもドームを出ていく。「今は言われても嬉しくない」
「解った解った」
そんな日常が続いていた時、エリザベスが運動場に姿を見せた。わたしたちの姿を見つけると、ぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってきて、輝くような笑みを浮かべた。
「やっと魔法使用許可が下りましたよお」
エリザベスはわたしの手を掴み、ぶんぶんと振り回す。テンション高いな、相変わらず。
「魔法使用許可……ってことは」
わたしは我に返って彼女の手をさらにぶんぶん振り回した。「やっと読書三昧からさよならできるー!」
「そうですそうです!」 エリザベスは何だか自分のことのように喜んでいる。「徹底的にしごきますからぁ!」
「は?」
わたしが手をとめると、彼女は胸を張って続けた。
「わたしがあなたの先生です! お師匠さまと呼んでいいですよ!」
「うわあ」
わたしは棒読みで言ってみた。背後でアレックスが笑っている気配。
そして、いつものようにそばで控えていたクレアがため息をついている。
エリザベスは少しだけ表情を引き締めて、わたしを見つめ直した。
「まずは、局長室にきてください。魔法使用許可のために、あなたの身体に新しい刻印を入れるようですから」
新しい刻印?
わたしは眉を顰めたけれど、とりあえず彼女の言葉に従って運動場を出ることにした。
「時間がかかってすまなかったな」
局長室に入ると、局長代理が椅子から立ち上がってわたしのほうに歩み寄ってきた。
わたしはただ黙って首を横に振った。
「中央の連中は一つのことを決めるにしても時間をかけすぎるんだ。まあ、許可が下りただけでもよしとするか」
彼は苦笑しながらわたしを部屋の隅にある椅子に座るよう、促す。
エリザベスとクレアも局長室に一緒にきていて、この様子を見ているわけだけれど、二人は立ったままだ。
「中央って……」
わたしは自分でも歯切れ悪いな、と思いながら口を開く。「わたしのことは、何か言ってたんでしょうか」
「何か?」
「いえ、あの。わたしはまだ記憶を取り戻していないし、グレイの足取りも……」
「ああ」
局長代理は軽く頷いた。「まあ、結局グレイは行方不明のままだし、あいつによる新しい被害者も出ていない。手がかりがない以上、お手上げというわけだ。君のことは、ハワードから上手く伝えておいたから、まあ大丈夫だろう」
「上手く?」
「記憶を取り戻させるのは精神的に厳しそうだ、とか何とか」
……なるほど。
それはありがたいかな。
「とにかく、上着を脱いでくれないか」
局長代理が言って、わたしは上着とシャツを脱いだ。
見下ろすと見える、肌に浮かんだ青白く輝く刻印。それは酷く目立って見える。
局長代理はその上に手をかざし、呪文の詠唱を始めた。
すると、魔法言語の記号が空から現れてわたしの胸へと集束していく。
そしてそれは小さな魔法陣へと変化し、さらに形を変えていった。
「何か、凄い」
わたしがポツリと呟くと、エリザベスも頷いた。「複雑ですねえ。これを見破る人は少ないでしょう」
「見破る……」
「見る人が見れば、永久剥奪の刻印は解ってしまいますけど、今は別の刻印が重なって、全く違うもののようになってます。一般生活に戻れば、誰かに見られる可能性は高いですからねえ」
「なるほど」
やがて局長代理が手を下ろす。
そして、新しい刻印を観察し、納得したのか頷いた。
「まあ、こんなものだろう」
「ありがとうございます」
わたしはそうお礼を言ってから、服を着た。
やっと魔法を実際に試してみることができるのだ。少しだけドキドキした。
「ある程度魔法が使えるようになったら、帰宅許可も下りる」
局長代理が静かに言った。「頑張るといい」
「はい!」
自然と口元が緩んだ。クレアのほうを見ると、彼女も安堵したかのように微笑んでいる。
もうすでに、結構長い日々をここで過ごしているから。
しかし、そこからが大変だった。
エリザベスの空き時間に、魔法の基礎からの実習。
アレックスにも相変わらず剣の稽古。
時間はあっという間に過ぎていく。
魔法言語も、基礎を覚えてしまえば結構面白いと感じる。エリザベスに言われるままに、手を使わず物を動かしたり、火や水を操ったり。
「最終的には、相手が使った魔法言語の解読、無効化までいきましょう」
エリザベスはかなりノリノリで色々教えてくれる。初心者には難しいことばかりだったけど、わたしは必死に頑張った!
だって、やっと屋敷に戻ることができるのだ!
しかし、帰宅許可が出るまでが結構長かった。
魔法はやはり難しく、そう簡単に会得はできない。ある意味、剣術のほうが楽だった。
お父さまやお母さまも長いと感じていたらしく、こまめに面会にきてくれてはいるけど、なかなか下りない帰宅許可にじりじりしているのが目に見えて解ったのだ。
――ごめんね、魔法の勉強が難しくて。
そんな言葉を何回か繰り返した。
しかしまさか、司法局で年を越すなんてことになるとは思わなかった。
司法局の年越しは、それなりに楽しかった。何だか小さなパーティーのようで。
食堂に並んだ食事も豪勢だったし、お酒を呑んでる人もいた。もちろん、わたしやクレアはジュースで乾杯。
ほろ酔いの捜査官たちは皆上機嫌だったし、滅多に話さない人たちと冗談を交わすのも楽しかった。
マチルダやエドガーも年越しの僅かな時間くらいは、仕事から離れて楽しんでいた。
しかし、結局、局長代理ではなく『局長』には会うことがないまま、帰宅許可が下りる日がやってきた。
帰宅許可が下りた日、わたしは朝からテンションが高かった。
お父さまやお母さまには、司法局から連絡がいっていて、これから馬車で迎えにきてもらえる! と、クレアと二人で荷物をまとめてそわそわしていた。
「そういえば、君の屋敷は魔法使用許可証を取っているか?」
落ち着かない様子のわたしを見て、局長代理が呆れたような口調で話しかけてきた。
「魔法使用許可証?」
わたしが首を傾げると、局長代理が目を細めて続ける。
「魔法はどこでも使っていいわけじゃないことは知っているな? 許可証がない場所での使用はかなりの金額の罰金が発生する」
「お父さまに確認します」
屋敷で使えないのはつらい。一応、まだ魔法は勉強中だし、練習したい。使える場所の確保をしなければ。
「それと、君は魔法使用許可は下りたけれど正式な魔法免許を持っていない。学園でおそらく試験を受けて、最終的には免許を取るだろうが……」
「使う時は誰にも見られないように気をつけます」
「ああ」
局長代理は小さく頷く。
しかし。
それよりも心配だったのは。
剣の稽古はどうしよう、ということだ。
実は、それが一番問題かもしれない。
屋敷では稽古をつけてくれる人間はいない。学園には剣術の授業もあるとレイチェルがいってたっけ?
それにしても、入学するまで剣術の練習ができないのはキツいなあ。
司法局に迎えが到着して、わたしは局長代理やマチルダたちに挨拶をした。
まあ、司法局を離れるとはいえ、相変わらずカウンセリングは義務づけされていて、定期的にくることになるわけだけど、お礼は大切だ。たくさんお世話になったし。
アレックスは少し前から、潜入捜査官として現場に復帰していた。
「もし外で会うことがあっても、お互い初対面だ」
彼はそう言って、司法局から姿を消した。その時、稽古をつけてくれたことに対するお礼は言ったけれど、もう一回ちゃんと挨拶がしたかったな、と思う。
次はいつ会えるんだろう。




