見た目九割
食堂の椅子に座ると、クレアは俯き加減で口を開く。
「何だか、不安なんです。急激にお嬢さまは変わってる気がします。見た目だけじゃなく、中身も」
「中身は変わってないよ。そう見えるだけだと思う。だって、『演技』してるから」
「演技?」
クレアが顔を上げた。
「強いフリ、冷静なフリ、色々考えて行動してるんだよ、ってアピール。演技でも、やっていればそれなりに形になるものだと思ったよ。それに、お父さまやお母さまを心配させたくないしね」
正直なところ、毎日が不安だらけだ。でも、それを自分で認めたら心が折れそうになる。
だから、強くなろうとしてるのだ。
「それに、今は男性の身体なんだから、男っぽいフリ」
「……それが一番厄介ですね」
「何でよ」
「わたし、お嬢さまのことを『お坊ちゃま』と言う日がくるなんて考えたこともなかったですから」
「あってたまるか」
そんな言葉を口にした時、わたしのすぐ横のテーブルの上に、誰かが食事の皿を置いた。
「どうした」
そう声をかけてきたのはアレックスで、彼はクレアの様子を見て心配そうな目をした。
「色々悩みは尽きないんです」
わたしは肩をすくめる。すると、彼が問いかけるような視線を投げてきたので、ぽつぽつと説明してみる。
「なるほどなあ」
一通り話を聞き終わると、彼は優しく笑った。
彼は聞き上手なんだろう。こっちが悩みとか相談したくなる雰囲気を持っている。こんな変な状況の話も真面目に聞いてくれる。
そして真面目に言葉を返してくれる。
「こんな特殊な状況じゃ戸惑うのも無理はない。色々あるだろうけど、なるようにしかならないもんだ」
ふと、視界の隅にエドガーの姿が見えた。
昼間から食堂にいるのは珍しい、とわたしが彼を見ていると、その視線に気づいたのか彼はこちらに歩み寄ってきた。
「アレックス、こいつに剣を教えてるみたいだな」
エドガーはアレックスの前に立ったままで口を開いた。
「暇だからな」
アレックスは苦笑する。
「一応、感謝するよ。こっちはあまり時間が取れなくてな」
「それだけならいいんだが」
アレックスは少しだけ首を傾げ、エドガーのことを見つめ直す。すると、エドガーは少し気まずげに頭を掻いた。
「……言いたいことは解る。正直、避けてるのは事実だ」
エドガーは一瞬わたしを見た。
わたしはだろうな、と内心考えていた。前に言っていた通り、この顔を見るとグレイのやった犯罪を思い出すというのが一番の問題だろうから。
「人間の判断基準なんてものは、見た目が九割、中身なんてのは一割未満だろう」
エドガーが随分と極端なことを言う。人間は中身だってよく言うじゃないか。
わたしの不満げな顔を見たのか、彼は苦笑した。
「中身が重要なんてのは理想的な言葉だがな、世間一般的には単純に見た目重視だ。というか、俺のグレイに対するイメージが固まってるのがいけないんだな。中身が違うと解っててもどうもな。俺もカウンセリング受けるべきか」
「真面目な人間ってのは難しいな」
アレックスは穏やかに笑う。そんな彼を見て、エドガーは複雑そうに表情を歪めた。
「お前はどっちかというと犯罪者寄りの考えかたをするよな。潜入捜査を続けてると犯罪者に同情的になるって本当か?」
「同情はしないさ。犯罪は犯罪、死ぬも逮捕されるも自業自得。ただ、背景が解ると色々思うこともあるってことだ」
「俺には解らんな。背景など理解したくもない」
エドガーは鼻を鳴らして見せる。
「あの」
ふと、わたしはそこに口を挟んだ。「グレイは育った環境が悪かった、と言ってましたよね」
「ああ」
エドガーは嫌なことを言う、と言わんばかりの表情をこちらに向けた。
「それは、魔法使いの師匠の女性の影響ということですか?」
そう続けた直後、エドガーは表情を消した。それから、近くの椅子に腰を下ろした。
「そこまで誰か話したのか」
そう言った彼は、酷く真剣な目でわたしを見る。アレックスも難しい表情でわたしを見ていた。
「局長代理とエリザベスが始末書を書くそうです」
「それはまた……」
エドガーは頭を抱えた。
「犯罪者は作れるということだ」
アレックスが声を潜めて言った。エドガーが咎めるような目を彼に向けたが、アレックスは気にせず続ける。
「元々、グレイは普通の子供だったと思う。でも、幼い頃にその女に色々教えられてな、善悪の基準が解らなくなった。しかも、更正のチャンスは間違いなくあった。でも、潰されたんだ」
「潰された?」
わたしはつい声が大きくなった。
アレックスが指を自分の唇の前で立てるのを見て、慌ててわたしも声を潜めた。
「どういうことですか?」
「俺も始末書かねえ」
アレックスはちらりとエドガーを見やり、薄く微笑んでから続ける。「グレイがまだ殺人を犯す前だが。一度、グレイは司法局に保護された。精神的におかしかった、というか記憶が混乱していてね。カウンセリングを受けた」
「記憶……」
わたしはハワードを思い出す。
「中央は女の逮捕を優先してね。グレイの記憶を無理矢理思い出させ、女の手がかりを得た。それで女を逮捕できたが、グレイは壊れた」
「壊れた?」
アレックスは少し悲しげに笑う。
「あの女が根城にしていた屋敷には、凄まじい数の子供の遺体があってね。あの女は見た目のいい子供をたくさん誘拐しては、歪んだ育てかたをして……好みから外れたやつを殺した。そして、遺体で人形を作った。それを見たグレイは殺されないために必死だったんだろうが、精神が保たなかった。だから自分を守るためなのか記憶を消したが」
「司法局が思い出させた? もし、そのまま記憶がなくなったままだったら……」
わたしは茫然と呟く。
「今頃は普通の少年に育ってたかもしれんな」
「お前、記憶がないそうだが」
ふと、エドガーが口を開く。
わたしは彼を見た。
「グレイのやつは、同じことをしようとしてるのか?」
それは彼の自分に対する問いかけに近かった。「自分があの女にされたことを繰り返そうとしてる」
「そうかもしれんが、違うかもしれん」
アレックスは笑う。「俺にはグレイの考えてることは解らんし、他に狙いがあるのかもしれないしな」
気がつくと、クレアがわたしの手を握っていた。不安そうな眼差しをわたしに向け、唇を噛んでいる。
「記憶、戻すのが怖くなってきたよ」
わたしはクレアに小さく言った。泣き言を言うのは不本意だけど。
「無理しなくてもいい」
エドガーが少しだけ気遣うように言う。彼もそんな自分に戸惑ってるみたいだったけど。
何だか。
わたし、ここの司法局に保護されて良かったのかもしれない、と思う。
中央だったら、もっと違う扱いをされていただろうか。
グレイを逮捕するのが優先されただろうか。
「とりあえず飯食え、飯」
アレックスが重くなった空気を振り払うかのように明るく言い、エドガーが毒気を抜かれたように笑う。
「お前は脳筋と言われてなかったか」
そう言うエドガーを見つめ返したアレックスは、ニヤリと笑って見せた。
「よく筋肉バカとは言われるがな。見た目九割か。結構、便利だぞ、それ。捜査中、相手が油断してくれる」
そして、わたしたちはそれぞれ食事をする。
意外なことに、午後の剣術の練習にはエドガーも参加した。




