筋肉氏と手合わせ
動いたせいか、お昼ご飯が美味しい。
エビとグレープフルーツのサラダ、魚とキノコのオーブン焼き、ニンジンのスープにガーリックトースト。
素晴らしい、充実した食生活!
「こんな料理が自分でも作れたらなあ」
ぽつりと呟くと、クレアがわたしを見ずに言う。
「お教えしましょうか。剣術なんかよりずっと女性らしい趣味ですよね」
「暇になったらやってみたい」
わたしは素で応えた。「クレアの作るセサミパンは絶品だし」
「はー……」
彼女は食事の手をとめて、頭を抱えた。「一体、何がどうなってこうなったんだか」
その時、食堂にエリザベスが現れて、わたしたちの会話は中断された。エリザベスは一直線にわたしたちのそばに駆け寄ってくると、明るく笑って話しかけてくる。
「魔法書の閲覧許可が下りましたぁ。午後は図書室にいきませんか?」
「あ、いく」
わたしはすぐに頷き、空いた食事の皿を持って厨房のカウンターに向かう。
「わたしがやります!」
クレアは慌てて立ち上がったけれど、彼女はまだ食事が終わっていない。わたしは笑って首を振る。
「このくらいやれるよ。早く食べて一緒に図書室にいこう」
「お嬢さま……」
クレアが茫然と呟く。「何だか男らしい……」
失敬な! 見た目だけだ、見た目だけ!
でも、何かやれることがあるのはありがたい。司法局で、ただグレイが逮捕されるのを待つなんて気が滅入るだけだし。
しかしその日の午後は、図書室でエリザベスに入門用の魔法書を選んでもらって読んでいるうちに、眠気に負けた。
魔法言語とやらが結構難しい。これの組み合わせで、魔法陣やら何やらが構成されているという話だけど、読むだけで覚えるのは大変だ。
使いながら覚えていけるなら、もう少し楽しいんだけど。魔法使用許可が下りるまで我慢か――。
と、そこで睡魔。
明日からは、午前中は読書、午後は剣術の練習にしよう。何だかんだで剣を振り回すのは、例え偽物の剣であったとしても疲れる……。
やっぱり剣術は面白い!
次の日から、わたしは一日の午後はドームの中に引きこもる日常に突入した。
最初はただ自分の分身と剣を合わせるだけだったけれど、やがて運動場に出入りしている人を観察する楽しみにも目覚めた。
あの人は、剣術が上手い、とか。弓矢の扱いが上手い人だ、とか。
その中で目をつけたのは、一際背の高い金髪の男性だった。
凄い筋肉だなあ、とか、格闘技が上手そうだなあ、とか考えながら盗み見ているうちに、彼が友人と思われる男性と剣の手合わせを始めた。
しかも、ドームの外、実際の剣を使って。
友人のほうは、その人よりも筋力が低いのだろう。友人のための稽古、といった感じ。軽くいなす剣さばきを見て、わたしはその動きを覚えようとしていた。
やがて、二人は稽古を終え、友人は運動場を出て行き、筋肉氏はドームへと入っていく。
「お嬢さま?」
クレアがただ運動場の片隅で大人しくしているわたしに声をかけてきたけれど、わたしは指を自分の顔の前で立てて、その後に続くだろう会話を遮った。
そのままわたしは彼の近くのドームに近寄り、そっと観察を続けた。
彼が手にしたのは、大剣。持つだけでも大変そうなのに、軽々と振り回す。
分身が現れ、彼の持つ大剣より一回り大きい剣を構える。
そして、剣の手合わせが始まると、筋肉氏の動きの軽さに驚いた。
体重は重そうなのになあ、と失礼なことを考えつつ、しばらくじっと見つめていると、筋肉氏が剣を下ろしてわたしに視線を向けた。
「あ、どうぞお気になさらず」
慌ててわたしは手を振って、彼に練習の続きを促してみる。しかし、当たり前かもしれないけれど、見られながらの稽古は嫌なのか、ドームを出てきてしまう。
「グレイ・スターリング」
筋肉氏は上からわたしを見下ろして、薄く笑って見せた。
「エアリアル・オーガスティンです」
わたしは眉を顰めてみる。彼がどこまでわたしのことを知っているのか解らない。
ただこちらとしては、中身は無害な人間であると解ってもらえればいいだけで。できればこのままお手本として観察させてもらいたいし。
「一応、ここの人間は何があったのか、話は聞いてる」
「それは……」
良かった、と言うべきなんだろうか。
わたしが言葉を探していると、彼は苦笑した。
「剣の練習相手が必要か?」
「いえ、わたしはまだ分身と練習してるだけで精一杯なので」
「付き合おう」
わたしは慌てて首を横に振った。
「皆、忙しいと聞いてますから。それに、解らないことはエドガー捜査官に訊くように言われてますので」
何だか、筋肉氏の練習を邪魔してしまった形になって、わたしは申し訳なく思った。
魔法取締捜査官たちは、かなり忙しいというのは間違いない。マチルダもエドガーも、夜くらいしか姿を見かけない。
エリザベスはどうやら外で仕事するのは少ないらしく、わたしと読書を付き合ってくれているけれど、何かあったら呼び出しされて姿を消すのだ。
「いや、俺はしばらく暇だ」
筋肉氏はバリバリと頭を掻いて、明るく笑った。「潜入捜査が終わったばかりでね。関係者が俺のこの風貌を忘れてくれるまで司法局に引きこもりなんだ」
「潜入捜査……」
よく解らないけど、今は休暇中みたいな感じなんだろうか?
わたしが困惑して黙り込むと、彼は手を差し出してきた。
「アレックス・ギルロイだ」
「どうも」
わたしは握手を交わす。
あまり、こういう交流をしたことがないから反応に困る。
アレックスは見た目は少し強面だ。黙っていれば、かなりの迫力がある。しかし、笑うと急に親しみやすく見えるのが意外だった。
「エドガーより剣の腕前は上だよ」
彼は小声でそう囁くと、わたしをドームの中に入るよう促した。
「でしょうね」
わたしは苦笑を返しつつ、ドームに入る。すると、彼も隣のドームに入って、何やら呪文らしきものを詠唱した。
その途端、目の前に筋肉氏――アレックスの姿が現れた。わたしが入っているドームの中、だ。
あれ?
と、わたしが驚いて隣のドームを見ると、そこにはアレックスとわたしの分身が立っていた。
よくよく見れば、わたしのドームの中にいるアレックスの肉体は僅かに透き通っている。
お互いの分身同士が出せるのか、と驚いていると、アレックスが言った。
「怪我されちゃかなわんから、当分はこうだろうな」
「ありがとうございます」
わたしはつい笑顔をこぼし、いつも練習で使っている剣を思い描いた。
僅かに細身の剣。軽くて扱いやすい。
それを構える前に、彼の分身に向かって頭を下げる。すると、彼も頭を下げてから剣を構えた。
結果は当たり前だけど、大人と幼児レベルというくらいに腕前に差があった。
「まあ、悪くはない」
何回か休憩を挟みつつ、わたしは彼に稽古をつけてもらう。
その後、床に座って休んでいるわたしに彼は声をかけてくれた。
お世辞だろうけど、気にしない。むしろ、ありがたすぎる。
「ただ、少し気になるな」
ふと、彼の言葉に意味深な響きを感じてわたしは顔を上げた。
彼はわたしの身体を見つめ、首を傾げる。
「意外と筋力がある。ああ、そうか」
と、何やら自分の中で納得したらしい。幾度か頷くのを見て、わたしは訊いた。
「筋力があるのが意外ですか?」
「見た目からするとな」
彼は苦笑した。「まあ、魔法を使わず女を誘拐するなら、身体を鍛えないといかんだろうし」
「あ、ああ、そうですね」
何とも嫌な結論。
わたしはため息をついた。
「まあ、お前は剣術に向いてるよ。頑張れ」
「それはどうも」
とってつけたような彼の言葉に、わたしも形だけのお礼を口にした。
「さて、もう一回いくか」
アレックスがそう言ってドームに入るので、わたしも立ち上がる。
とりあえず、アレックスは剣術の先生として優秀なのは間違いない。しばらくわたしは身体を動かすことだけに意識を集中させた。




