表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第一章 人格転移で右往左往

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/128

分身と稽古

「ただ、すまないが少し時間はかかる。しかし、何とかするからそれまで我慢してもらいたい」

 シドはそう言ってから、エリザベスに目をやった。「図書室の魔法書の閲覧許可を取ってくれ」

「あ、解りました!」

 彼女は一瞬背筋を伸ばし、元気よく歩いて局長室を出ていった。

 そして、残ったのはわたし、シド、マチルダ。

「急に話が通じるようになりましたね」

 マチルダが苦笑しつつ言うと、シドは鼻を鳴らした。

「局長が戻ってくるまでかもしれんがな。あのタヌキ……」

「局長……」

 わたしはふと、『代理』じゃない局長という存在が気になった。「あの、そういえば何故、今は代理と?」

 すると、マチルダが何か歪んだ笑顔を見せた。吹き出すのをこらえているかのようだ。

 シドはわざとらしく真剣な表情を作る。

「療養中だ」

「病気ですか」

「長時間、椅子に座ってられないらしい」

「はあ」

 すると、マチルダがわたしの耳元で囁いた。

「痔が悪化したのよ」

「痔!?」

 わたしが目を見開いて彼女を見つめると、堪えきれなくなったのか、マチルダが意外なほど豪快な笑い声を上げた。

「痔ですって、痔! 真面目な表情で死ぬかもしれん、って言ったあの顔を思い出すわー!」

「……本当だかどうかも解らんぞ」

 シドは不機嫌そのものの表情となる。「あのタヌキ、以前は『禿げてきた』という理由で傷心旅行にも行ったからな」

「ハゲ……」

 わたしがぽかんとしていると、マチルダが笑いのツボに入ったのか、ひーひーと苦しげに笑った。しかも、バシバシとわたしの肩を叩く。痛い。

「ハゲは遺伝するって言うじゃない! あなたも気をつけなさいよ!」

「気をつけてハゲないなら、誰だって気をつけるがな」

 さらに不機嫌そうなシドの顔。

「親子なのよ」

 マチルダはまたわたしに囁く。

「親子? 局長と局長代理が!?」

「そう。この顔が後数十年後にはハゲ」

「想像するな! 書類整理に回すぞ!」

 シドはとうとう椅子から立ち上がり、わたしのそばからマチルダを引き剥がした。そして多分、次の台詞は勢いで口にした思いつきだったのだろう。

「魔法使用許可が下りるまで、お前は他にも適当にやってろ! 乗馬、剣術も教えられる!」

 剣術?

 わたしはつい手を挙げた。

「剣術お願いします!」


 翌朝は、クレアがわたしを起こしにくる前にベッドから起き上がっていた。洗面所で顔を洗い、壁にかけられている鏡を見る。

 確かに綺麗な顔だ。

 魔法使いに気に入られていたという、この顔。

 ふ、と唇を笑みの形にした。それだけで、雰囲気が変わる。

 気に入らない。この顔、傷だらけにしたらグレイは怒るだろうか。その女性は?

 ……まあ、実際にはやれないだろうけど。でも、剣術の練習中にボロボロになってもおかしくないよね。むしろ、ボロボロになってしまえ!


 とか思ったけど、その日、剣術の練習とやらは肉体的なダメージのないものを与えられたのだった。


「お嬢さま」

 クレアはその顔に『不本意』という感情を張り付けていた。「オーガスティン家の一人娘であるお嬢さまが、剣術など有り得ませんが」

「今は『娘』じゃないし」

 ニヤリと笑い、わたしは指定された運動場へと向かう。後ろをついて歩いているクレアは、終始ブツブツと不満を口にしていた。

 とりあえず全て聞こえないふりをする。

 運動場とやらはとても広かった。筋力を鍛える器具やらもたくさんあるようで、それらの近くには立派な筋肉を持つ男性が複数いたし、格闘技の手合わせらしいことをしてる人もいた。

 それに、運動場のある一角には、部屋のように仕切られたところもある。近づいて小さな窓から覗いて見ると、弓の練習場らしいと解る。遠くの壁に取り付けられた標的のマーク、突き立てられていく矢。

 弓矢もいいなあ。

 わたしは眉間に皺を寄せた。


「おい、鉄仮面」

 ふと、聞き覚えのある声が飛んできた。

「エドガー」

 わたしは彼を睨みつける。「エアリアルが名前です。そんな変な呼び方はしないで下さい」

「女の名前では呼びたくない」

 エドガーは冷ややかに応えた。

 まあ、確かにそうだ。しかし鉄仮面とかグレイとかも呼ばれたくない。

「とにかく、お前はこっちだ。こい」

 エドガーはさっさと歩き出し、わたしとクレアは慌ててその後を追う。

 運動場の奥のほうに、いくつもの大きな魔法陣が床に描かれていた。

 その魔法陣の上には、球体を半分に割って被せたかのような半透明のドームができている。

 何だろう、これ。

 わたしがまじまじとそれを見つめていると、エドガーが言った。

「初心者向けの練習場だ。中に入ってみろ」

「この中?」

 わたしは恐る恐るドームの中、魔法陣の上に進んだ。

 すると、魔法陣がキラキラと輝く。そして、目の前に突然現れた人影。

 驚いて一歩下がり、その人影を見つめる。それは、『グレイ』の姿だった。

「何これ」

 そう呟く。

 しかし、影はピクリとも動かない。まるで人形のように、そこに立っている。

「練習相手は、基本的に自分の分身だ」

 エドガーは近くにあった別のドームに入る。すると、そこにはエドガーそっくりの分身が出現した。

「ここの魔法陣の中は剣術のために動き回れるようにできている。まず、自分が扱いたい武器を想像しろ」

 そう言った瞬間、エドガーの右手には長剣が握られていた。「俺はこのくらいの長さ、重さがちょうどいいが、お前はもう少し細身の剣でいい」

「想像?」

 わたしは戸惑いつつ、エドガーの長剣を見つめた。このくらいの剣、かな。

 と、考えた瞬間に、自分の右手にはずしりとした感触。

 見れば、エドガーと似たような剣がそこに出現していた。柄は固く、刃は輝いているものの、透き通っていた。

「重すぎるだろ」

 エドガーは手にした剣を軽く振った。風を切る音も聞こえる。まるで、本物のよう。

 わたしもエドガーを真似して剣を振ろうとしたけれど、慣れないせいもあって確かに重すぎる。

 もう少し、細身の剣。

 そう思いながら見つめると、『剣』が僅かに形を変えた。そして、少し軽くなる。

「まず、基本的な素振りを教える」

 エドガーはわたしの剣が変わったのを確認すると、事務的な声で説明を始めた。

 剣の構えかた、振り下ろしかた。腕や身体のどこの筋力を使うか。

「今日は初日だから、体力をつけるだけでいい。基本的な動きで、分身と剣を合わせろ」

 エドガーはやがて視線を分身に移した。

 それまで、わたしやエドガーの分身はずっと立ち尽くしたままだった。

「獲物は同じ剣でいいだろう」

 彼が言うと、エドガーの分身の手にも剣が現れた。そして、エドガーは分身に向かって剣を振り下ろした。

 金属音。

 剣が分身のもので受け止められている。エドガーが剣を引くと、次は分身が同じ動きで攻撃してきた。

 それを慣れた動きで受け止めるエドガー。

「こいつの動きは、お前の一番いい動きを模倣する。自分が疲れてくれば負けるから、そこで休憩しろ」

 負ける――。

 わたしは眉を顰めてエドガーを見やる。すると、わたしの疑問に気づいたのか、彼は続けた。

「その剣は偽物だから怪我はしない。やってみるといい」

 なるほど。 わたしは促されるまま、自分の――見た目はグレイだけど――姿に向かって剣を振った。


 面白い!

 最初は慣れていないせいもあり、凄くみっともない動きだった。相手が分身であるせいか、それがよく解る。

 しかし慣れてくると、腰に力が入ってきたせいか、我ながらいい動きが取れるようになった。

 まあ、あくまでも初心者の動きとしては、だけど。

 やがて、エドガーはわたしに言った。

「じゃあ、質問があったら夜に食堂で俺を掴まえろ。俺はこう見えても忙しい」

 エドガーは一度も笑わなかった。ただ、局長代理の命令でわたしに付き合っただけなのだろう。

 わたしは彼にお礼を言って頭を下げる。

 エドガーはそんなわたしを一瞥すると、運動場から出ていった。


「お嬢さま。お腹、空きませんか?」

 クレアは近くの床に座り込んで退屈そうにしていたけれど、やがてため息混じりに声をかけてくる。

「食堂いこうか」

 わたしはドームを出た。そして、クレアの手を取って立ち上がるのを助ける。

 クレアの表情が複雑そうに歪んだ。

「まるで、本当に男の子みたいです」

 わたしはつい吹き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ