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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編2 笑いかたを忘れた男

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エアリアルという少女

 事故死?


 最初、それを聞いた時は信じられなかった。もう二度と、このクラスに戻ってこないなんて。とても信じられなかった。

 エイス・ライオット。同じクラスの男の子。

 凄く綺麗な顔をしていて、いかにもお金持ちそうな雰囲気で。わたしとは全然違う世界に住んでいる人なんだと一目で解った。

 なのに、実際に話をしてみると気さくで、明るくて。勉強で解らないことがあった時も、質問すれば真剣に、そして嫌な顔なんて一度もしないで色々教えてくれた。

 でも何となく、陰があった。不思議な雰囲気。

 そして、こっそり観察していると、彼は一人で考え込んでいる時、その表情をくるくると変えているのが解った。悩みがあったのだろうか、誰にも言えないことがあったのだろうか。一人で悩んで、そして時々、サイモンに泣きついている姿が見られた。

 サイモンは多分、彼の親友。サイモン・ウィリアム、同じクラスの秀才。

 サイモンにはもしかしたら、悩みを全部打ち明けていたんだろうか。


 ――後で話そう。

 ――また、学園で。


 エイス君はそう言った。

 お姉ちゃんを殺した人間を捕まえてくれると言ってくれたあの人――ジェンキンス・モリノとわたしが手を組もうとした時。

 後ろ暗い生活をしなくてはいけないと覚悟していたあの時。平和な学園生活を諦めて、何でも――たとえそれが犯罪と呼ばれるものであったとしても、やろうとしていたあの時。

 彼がとめてくれた。

 この学園に引き戻してくれた。


 期待なんかするのはおかしいと解ってた。

 彼がわたしのことを友達と言ってくれたのは確かに嬉しかった。でもきっと、彼は気づいていない。

 わたしが、彼のことを友達以上に好きだと感じていたこと。

 当たり前だ。彼には婚約者がいるって話だったもの。

 だから、期待なんかしちゃ駄目だって解ってたのに、どうにもならなかった。


 何だか泣きたかった。

 空いているエイス君の机を見ると、何とも言えない気持ちになる。だから、できるだけ見ないようにした。

 教室の窓から外の景色を見つめながら唇を噛んで、何か別のことを考えようと必死になる。勉強に打ち込んでいる時間だけは、忘れていられた。でも、何かのきっかけで思い出してしまう。考えてしまう。


 クラスの様子は彼がいなくなってからも、それほど変わらない。

 エイス・ライオットは確かに人気のある人だった。特に、女の子には。

 でも、やっぱり人種が違う。生きている世界が違う。

 魔法科にいる生徒たちは、彼のような裕福な人たちはそんなにいない。誰もが将来のことを考えて、必死になって勉強しているような子供たちばかりだから。

 お金持ちで、努力家で頭もよくて。

 あんなにいい人だったのに。

 こうやって、クラスでは忘れ去られていくんだろうか。

 最初からいなかったみたいに扱われてしまうんだろうか。


 そんなのって、酷い。


「エアリアル・オーガスティンです。よろしくお願いします」

 このクラスに転学生がやってきた。

 わたしは最初、いつものように窓の外を見つめていたと思う。そして、小さく溜息をついてから教科書に視線を落とし、ふと顔を上げた。


 ――オーガスティン。


 エイス君が亡くなったと先生が皆に報告してきた日、放課後になってからサイモンやチャドたちと色々話をした。信じられなかったけれど、とにかく行ってみようってことになった。最後のお別れ。もし、それができたなら、と。


 そして、わたしたちが訪ねていった屋敷。

 エイス君が住んでいる――いや、住んでいた大きなお屋敷。

 それが、オーガスティン家。

 エイス君は婚約者のお屋敷で生活してるって聞いた。

 こんな偶然ってある?

 エイス君が亡くなって、代わりにやってきた少女がオーガスティンの名前を持っている。彼の婚約者、噂でしか知らなかった存在。

 やっぱり、そういうことなの?


 エアリアルという少女は、凄まじいまでに美少女だった。肩の上で切りそろえた金色の髪はとても艶やかで、肌の色は誰よりも白い。抜けるような白い肌、という形容がとても似つかわしい。

 長い睫毛も、整った顔立ち、淡いピンク色の唇も。まるでお人形のようだと思った。

 彼女は嬉しそうにクラスを見回した後、空いている席、つまり以前までエイス君が使っていた机に歩み寄っていった。そして、微笑むのがとめられない、と言いたげに唇の端をぴくぴくと動かしながら机の表面を撫でた。

 何だかその表情が、自分でもよく解らないけどとても官能的に思えた。


 休み時間は大騒ぎだったと言っていい。

 誰もが彼女に声をかけている。わたしはそんな光景を見たくなくて、廊下に逃げてしまった。そして、授業がまた始まる直前に戻ってきた。

 ふとサイモンの机のほうに目をやると、いつも冷静な表情の彼が少しだけ困惑しているように思えた。困惑というか、慌てているというか、眉間に皺を寄せて彼女――エアリアル・オーガスティンを睨んでいるような?

 ああ、多分彼も気づいたんだろう。

 彼女がエイス君の婚約者であること。


 でも……。


「図書室、付き合ってくれるんでしょ?」

 放課後、エアリアルがサイモンの机の前に立ってそう声をかけているのが聞こえた。

 わたしは荷物をまとめ終わって椅子から立ち上がったものの、その意外な展開に驚いて彼らを見つめることしかできなかった。

「……ああ」

 サイモンがそう言いながら立ち上がる。

 その表情が何だか、変だった。彼女から目をそらしつつ、少しだけ辺りを見回して、そしてわたしと目が合った。サイモンは何か言いたげにわたしをじっと見つめた後、すぐに顔をそらしてエアリアルの腕を乱暴に掴んで引っ張っていこうとした。

 その時。


「迎えにきたわよ! さあさあ、演劇部に行きましょうかっ」

 と、教室の扉をばしーん、と乱暴に開けた少女がいた。

 どことなくエアリアルに似た少女。エアリアルよりも強気そうな目つきで、胸を張ってにやりと笑った彼女は、確か。

 エイス君とも仲がよかったはず。普通科の先輩だけれど、何度も彼に会いに来ていた。

「あのね、レイチェル」

 慌てたようにエアリアルがサイモンの背後に隠れ、彼の制服の裾を掴んで引っ張りながらレイチェルという少女から逃げ出そうとしている。「わたし、予定が入ってるから、その」

「そんなの後回しでいいでしょ? 今度こそ、言うことを聞いてもらうんだから」

「これでも初日なんだから! 演劇部よりも先に、クラスの皆と色々話をしたり遊んだりしてもいいでしょ?」

「初日ー?」

 レイチェルという少女はそこで腕を組んで首を傾げて見せた。そして、少しだけ考え込んだ後、小さく唸る。そしてその視線はサイモンに向けられ、ふとその整った形をした唇が意味深に、にいいっと横に伸びた。

「ははーん、そういうことぉ」

 彼女の声が低くなった。

 それを聞いたエアリアルはサイモンの背後から小さく言う。

「……何か変なこと考えてる?」

「べーつにー」

「考えてるよね、絶対」


 そこで、サイモンがさりげなくエアリアルの手を振り払って、カバンを持って廊下へと歩き出した。

「先に行ってる。ごゆっくり」

 サイモンの声は明らかに呆れている。そして、そんな彼に違和感。

 何だか今日が初対面とは思えない態度。それに口調だって、他の女の子のクラスメイトたちに対するものとは違う。素っ気なさが目立つ。

「ちょっとサイモン! 助けてあげようって気持ちは」

「ないよ。悪目立ちしてるから逃げるよ」

 サイモンはあっさりとそう言って、姿を消した。

 気が付けば、教室にいた生徒たちの視線は彼女たちに向けられていて、確かにサイモンとしては居心地が悪かっただろうな、と思った。

「とにかく、レイチェル」

 その場に残されたエアリアルは、思い切ったようにレイチェルという少女に近づいて少し強めに言った。「あなたが期待してるようなことは全くないから。それだけは忘れないで」

「はいはい」

「嘘っぽい……」

 エアリアルはそこで僅かに肩を落としてから、ふと周りを見回した。そして、皆の視線に鮮やかな笑顔で応えた。

「騒いでしまってごめんなさい」

 そう言って小首を傾げた彼女は、とても可愛らしい。仕草すら計算されている、と思った。

 そして、エアリアルは急にわたしを見た。


「あの、レベッカ・ブランクス」

 突然、彼女に名前を呼ばれてわたしは息を詰まらせそうになった。足音なんて聞こえなかったけど、いつの間にわたしの目の前にきていたんだろう。

 そして何故、わたしの名前を知ってるの? 紹介なんてしてないのに。

「な、何でしょうか」

 情けないことに、声が掠れてしまう。

 エアリアルは急にわたしの両手を取って握りしめると、必死といった表情で続けた。

「わたし、あなたと友達になりたいの」

「えええっ?」

 何なの、突然。

 わたしはそれ以上何も言えず、ただ口をぽかんと開けていた。

 目の前にいる美少女は、とても冗談を言っている様子はなかった。真剣な眼差しと、緊張したような声。わたしの手を握りしめる彼女の指に、さらに力がこもった。

「でも今日は忙しいから、明日の放課後、お話しできる?」

「え、あの」

「真面目な話なの」

「え」

 わたしは思わず眉を顰めて。


 そして。


「あの、あなた、誰?」

 自分でも理解できなかったけれど、そんな言葉が口をついて出ていた。

 いえ、こんなことを聞きたいわけじゃなくて。

 何故、自分がこんなことを訊いたのかすら理解できなくて。


「あ」

 エアリアルも驚いたようにわたしをじっと見つめる。

 そして、緊張した面持ちで続けようとした。

「わ、わたしは……その」

「ああ、ごめんなさい。先生が紹介してくれましたよね」

 わたしはぎこちなく彼女の手を振り払って微笑んだ。

 エアリアル・オーガスティン。

「そのことなんだけど」

 エアリアルはまたわたしの両手を握る。ぐい、と顔を近づけてきて泣きそうな顔で言った。

「どうしたらいいのか解らなくて」

 ――何が?

 わたしが困惑している間に、エアリアルは我に返ったように辺りを見回した後、自分の机から荷物を取って足早に教室を出ていってしまった。


「全くもー」

 レイチェルも呆れたようにそう呟いた後、エアリアルの背中を見送ってから教室を出ていく。廊下に出て、エアリアルが消えた方向とは反対のほうへと。


 何が何だか解らない。

 わたしは少しだけ考え込んだ後、自分も荷物を持って廊下に出た。

 エアリアルが向かったのは、おそらく図書室だ。サイモンと何か話があるんだろうか。

 廊下を歩く生徒たちの姿は、いつもと変わらない。皆、楽しげに談笑しながら友人らしき人たちと歩いている。

 わたしはあまり友人らしい友人などいない。遊んでいる時間などないし、勉強するだけで精一杯で、勉強がなくても家の手伝いで忙しい。このまま帰宅したいという思いはあったものの、結局、どうしてもエアリアルという少女が気になって図書室へと足を向けた。

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