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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編2 笑いかたを忘れた男

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深夜の探検

 そこでシドは少しだけ沈黙し、皆の顔を見回して眉を顰めた。

「よくもまあ、こんなに関係者が集まったものだ」

「シド」

 わたしが話の先を促そうと口を開きかけると、シドはその視線をトニーの顔の上で留め、穏やかに、それでいて有無を言わせぬ威圧感をその双眸に映し出して続けた。

「君のことはよく知らない。だが、今ここに集まった人間の中で、一番自由に動ける存在だ。賞金稼ぎにも色々な人間がいると解っているが、たとえうちの捜査官の身内とはいえ……」

「まだるっこしーなあ」

 トニーが不機嫌そうに鼻を鳴らす。「ねーちゃんがこういう仕事してるわけだし、礼儀ってもんは知ってる。アレだろ? ここで出た話は他言無用ってやつで、もしもどこかに漏らしたら助走つけながらぶん殴る、っていう脅しだろ?」

「……殴りはしないが」

 シドはそこでちらりとわたしに視線を投げる。

 わたしは思わずテーブルに肘をつき、額に手を置いてため息をこぼしていた。

「……バカでごめんなさい。何かあったらわたしが責任取るわ。殴っておく」

「暴力反対!」

「バカは黙ってて」


「解った、信用しよう」

 やがて、シドが苦笑した。そして、皆の視線を受けながらわたしを見つめ直す。

「君には言ったことがあったと思う。私は子供の頃、魔法の扱いが上手くいかなかった、と」

「ああ……」

 わたしは困惑を隠せないまま、頷く。

 確かに、随分前に雑談か何かの時に聞いたことがある。


 シドはこの北部魔法司法局では、かなりの魔力の持ち主として有名だ。

 おそらく、司法局の中で彼に敵う人間はいない。それは、北部局長ですら。


「子供の頃は、魔力の暴走があった。魔法を習っていない時から、色々な『事故』を起こした。物を壊したり……というのは可愛いくらいで」

「……確か、局長に怪我をさせたとか」

 わたしが昔聞いた話を思い出しながらそう口にすると、彼は小さく頷いた。

「魔法なんて習っていないから、何もかも遊びの延長だった。適当に魔力を放出させれば、机を吹き飛ばすのも簡単でね、いい気になって遊んでいたら、何かの弾みで父を怪我させた。軽傷で済んだからよかったものの、あの時はうちのハゲがハゲ上がるほど怒ってね」


 ――ハゲ上がるほど。

 髪の毛はその頃、あったということかしら。まあ、どうでもいいけど。


「それで、ハゲが私を魔法学校に入れるか、司法局の養成学校へ放り込むか、って話を出してきた」

「……養成学校は何歳からでも入れるって話だものね」

「ただ本当のところ、ハゲはあまり私を養成学校には入れたくなかったようだ。捜査官としての仕事は忙しいし、危険もある。だから、いくつかの学園に話を通し、魔法科の教師と面談を何回もする羽目になった。その面談の中で魔力の大きさを確認する試験のようなものがあったんだが、そこでも私は事故をやらかした」

「意外だわ」

 わたしは思わず首を捻る。「今のあなたからはとても想像できない」

「褒めてくれると受け取っていいか」

 シドが複雑そうな目つきでわたしを見据える。

 わたしは明言を避け、ただ軽く肩をすくめてみせた。

「まあいい」

 シドは小さく溜息をこぼした後、わたしから目をそらす。

 一応、褒めてることになるんだろうけど。

 今のシドは魔力を完全に操ってる。厄介な魔法もなんなくこなす。きっと、それだけの訓練をつんできたってことなんだろう。何だか、今の彼はあまりにも万能すぎて、過去に苦労したというイメージが全くわかない。


「私が面談で事故を起こした後、いくつかの魔法科から『うちの学園に引き取りたい』という話がきたみたいだ。そして、それ以外には『うちでは手におえない』という話も。確かにそうだろう。試験の時の暴走事故が、面談の場所になった部屋を吹き飛ばす、なんてものだったしな。しかも、その学園の魔法練習室だ。その学園の教師たちの魔法で保護された空間、それを壊したものだから……」

「学園側も修理が大変よね。お金もかかるし」

「ああ、厄介な人間を抱え込むことになるからね。少なくとも、魔力を自由自在に操れるようになるまでの間、事故を何回起こすか予想もできない。ハゲがいくつもの学園側と色々話をしているうちに、今度は別のところから声がかかった。どこから嗅ぎ付けてきたのかは解らないが……」

「別のところ?」

「ああ、神殿の連中がうちにやってきたよ」


 ――神殿。


「神官になれってこと?」

 トニーが驚いたように声を上げる。

 シドはその問いに笑って頷く。

「早い話がそうだ。神殿の連中は凄いと思う。大きい魔力を持った人間をどうにかして引き入れようと必死だ。どこから私のことを知ったのかは解らないが、うちのハゲに言ってのけたそうだ」

「何を?」

 わたしがそう言葉を挟むと、彼は僅かにその鼻の上に皺を寄せた。

「『それほどの魔力の持ち主を導くことができるのは、我々しかいない』とか何とか」

「あらまあ」

 わたしは呆れた声を上げた。

 確かにそれは神殿の人間が言いそうなことではある。

 雲上人。

 普通ならそう思う。

 神官、巫女。神に近い存在。あらゆる人々から敬われ、大切にされるのが当たり前な人たち。

 でも、それには納得できるだけの理由がある。

 我々一般人とは違う、強大な力を彼らが持っているからだ。現代魔法とは比べ物にならない、凄まじいまでの高度な魔法を操れるから。

 病で死にそうな人間の命すら、この世界にとどめておけるだけの力。それを持っているのだから仕方ない。


「子供だったから、私はそれを聞いて……恥ずかしながら浮かれたよ。神殿の人間に魔法を教えてもらうなんてことは、普通だったらありえない奇跡のようなものだ。しかも、彼らは司法局よりも大きな権力を持っている。そんな彼らに魔法を教えてあげよう、なんて言われてその気になった。うちのハゲに『神殿にいきたい』と言い出した。ハゲはいい顔をしなかったがね」

「何で?」

 トニーが少しだけ身を乗り出して訊いた。「普通、司法局よりも神殿だろ。運よく神官になれたら……あ、そっか。神官になったら結婚どころか彼女も作れないって話だよな。そんなん、俺だったら絶望するわ」

 トニーがそこで納得したように手を叩いたけれど、シドは苦笑して続けた。

「まあ、私は一応一人っ子だしね、ハゲ……父が手放したくなかったというのも確かにあるんだろう。もし神官になるために神殿に入れば、もう家族とは会えない。母が亡くなって結構経っていたし、もう母がいない生活には慣れていたけれど、やっぱり寂しかったんだと思う。でも、きっとそれだけじゃない。父はあの頃から、どうも神殿を胡散臭く思っていた――んだろう」

「胡散臭く?」

 トニーは首を傾げて動きを止める。どこか小動物みたいな動き。

「今の父ほどじゃない。今は完全に、うちのハゲは『神殿の上の連中は信用できない』と言ってるが、昔はまだ、信用できる神官も確かにいたし、父もそれを知っていた。だが残念ながら、そろそろ絶滅しそうな予感はしているけども。ただ、あの頃から父は嫌な感じがしていたと言っている」


「で、結局どうしたの?」

 わたしはそこで訊いた。「魔力を操るための勉強を、あなたはどこで?」

「神殿だ」

 シドはあっさりと応える。

「神殿?」

「ああ。浮かれた私は『神殿で勉強したい』と延々と言い続けたんでね。神殿で魔法の勉強をしたと言ったら、きっと友人たちにも自慢できる、と浅はかな考えしかなかったが」

「でも、それは神官になるために?」

「いや」

 わたしの問いに彼は笑いながら首を横に振り、どことなく楽しげに続ける。「父が『跡取りだから神官にはさせられない』と強固に言い続けてくれたからね、神官になるために神殿に入るのではなく、ただ単純に『魔法の勉強』のためだけに神殿に入ることになった。だが、きっと神殿の連中は、一度引き込んでしまえば、子供を丸め込むのは簡単だと考えただろうし、実際、もしかしたら自分も一歩間違えばあのまま神殿に残りたいと言い出したかもしれない。言いだしたくなるくらい、居心地がよかった。本当に大切に扱われたし、魔法の勉強も楽しかったし、新しい友人もそこでできた」

「友人……ね」

 わたしが困惑しているのを見透かしたように、彼はその視線をわたしに向けて優しく言う。

「神殿では、たくさんの子供たちが魔法を学んでいた。色々なところから集めてきた子供たち。強い魔力を持った子供たちが本当にたくさんいたんだ。しかも皆、私と同じような経験をしてきた子供たちだから、話も合った。魔力の暴走も、そこでは誰でも起こしうることだった。そして、暴走したとしても神官たちが完全に守ってくれた。本当にね、居心地がよかったんだよ」


「でも、神官にはならなかったのよね」

 わたしがそう続けると、彼は穏やかに笑う。

「ああ、そうだ」

「何か理由が?」

「そうだね……それが今回の話につながる」


 今回の?


「私が神殿で魔法を習い始めたのは、君たちが関わった例の事件より前のことだ」

「ああ」

 そうね、その話が……。

 っていうことは?

「どういう意味?」

 わたしが困惑して頭を掻いていると、彼は微笑んだまま続けた。


「ある夜、一人の男性が神殿に連れてこられた」

 シドの視線はわたしに向いたままだ。「私はそれを友人と一緒に見ていた。いわゆる、悪友だ。誰もが寝静まっている深夜、こっそり部屋を抜け出して神殿の中を探検するのが好きだった。見回りの神官の目を避けて、色々と見回っている時、神殿の外に馬車がやってきたのが解った。あんな深夜に神殿に足を運ぶのは、何か特別な理由があるからだ。だから、友人と覗きをすることにした。何があったのか見てみたかった。そして、物陰に隠れて誰がやってきたのか観察することにした」

「で、誰がきたの?」

「その時は誰なのか知らなかった。街でどんな事件が起きているのかも知らなかった。外界のことは、全く情報が入ってこないからね」


 事件。

 わたしだけじゃなく、きっとトニーもキースも予想はついたのだろう。一瞬だけ、わたしたちは顔を見合わせた。


「馬車から降りてきたのは、年配の男性と若い男性。そして、傍付きの人間。きっと、逃げないようにという理由だったのだろう、若い男性の両手首には、どうやら魔法でかけられたと思われる拘束の帯があった。嫌な感じはしたんだ」

「まさか……その人」

「若い男性はただ余裕のある笑顔でね。隣に立った年配の男性は、ただ怒りの表情で彼を引っ張って神殿に連れてきていた。そして、神殿からは深夜だというのに大人数の神官たちが姿を見せた」


 若い男性。

 それは。


「当たり前というか、物陰に隠れているつもりだったが我々は神官たちに見つかった。怒られるかと思ってひやひやしたが、そんなことはなかった。ただ、早く部屋に戻れ、と促されてそれに従った。そしてその場を離れる時に、その若い男性のそばを通ることになった」

「彼は、つまり」

 キースが緊張したように口を開く。シドは小さく頷き、さらに続けた。

「そうだ。それがトロイ・メルヴィル。私が彼の名前を知ったのは、随分後のことだったけれど、その彼の笑顔がとても不気味だったことが忘れられなくて、ずっと気になっていたんだ」

「笑顔」

 キースはもともと顔色のよい人間ではないと思うけれど、そう呟いた彼の頬はさらに色素を失っているように思えた。何かを思い出したかのように目を閉じて、額に手を置きながら言葉を吐き出す。

「あの、笑顔。笑いながら死体を見下ろしていた。そして、私のことも」

「悪意の塊のような笑顔、そう思った」

 シドが言葉を受け継いだ。「でも、次に彼を見た時、彼は笑っていなかった」

「……どうして、ですか?」

 キースがのろのろと顔を上げて訊く。

 すると、シドはそれまでの笑みを完全に消した。

「翌朝、どうしても気になって私は部屋を出てすぐに神殿の外を見た。そこにはまだ馬車があったが、どうやら持ち主たちが帰っていくところに出くわしたらしい。そこで、見たんだよ。トロイ・メルヴィル。拘束を外されて自由になっていたけれど……とても、それは奇妙な顔だった」


 どういう意味?

 わたしたちがそれぞれ、疑問の混じった眼差しを向ける。

 すると、シドはどことなく嫌そうに首を振った。


「おそらくあれは、狂人だ」

「狂人?」

 わたしが言葉を繰り返す。

「彼はおそらく、神殿で治療を受けたんだ」

「何の治療?」

 トニーが途方に暮れたような声を上げる。

「人間性の欠如、それとも感情の欠如、だろうか。もう、昨日の彼じゃないのは確かだった」

「どうしてそう思うんです?」

 キースが我々の気持ちを代弁して質問した。

 すると、シドは僅かに俯いて苦々しく笑う。

「表情が何もないだけじゃない、歩きかたすらおかしかった。あれは狂人、いや、廃人だったと思う」

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