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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編1 隔離室での孤独な住人

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歓迎会

「えーと、お先に失礼しまぁす」

 ざわめく部屋の中、こっそりとエリザベスがわたしに耳打ちしてきた。

 わたしが座る椅子の横に立って、彼女は精一杯背伸びをしている。その様子が可愛くて、ついにやけてしまう。

「もう帰るの?」

「はいー。わたしはもう、眠くて限界ですぅ」

「そうみたいね」

 とろんとしたその目つきと、左右にぎこちなく揺れる頭。お腹いっぱいになるまで食事を取ったらしく、彼女はおそらく無意識でだろうけども自分のお腹を撫でている。

「送ろうか。途中で寝そうだもの」

 わたしがそう言いながら立ち上がろうとするのを、彼女は必死に押しとどめてきた。

「いいえ、マチルダお姉さまはごゆっくり! 顔合わせは重要ですものね!」

「うーん」

 わたしは小さく唸りながら辺りを見回した。


 我々、北部の魔法取締捜査官たちのたまり場、とも言える食事処。

 司法局からはそれほど遠くない場所にある店だ。司法局の息のかかった人間が経営しているところだから、魔法による警備も万全。

 そんな店で何をしているのかと言えば、今夜はいわゆる歓迎会、というわけだ。手の空いている捜査官たちが集まり、それぞれ食事をし、新人との交流を深めるという目的で。


 このたび、司法局内でかなり大規模な人事異動があった。

 我々のような下っ端連中にはあまり伝わってこないことだけれど、司法局の中で色々と問題が起こっているらしいということだけは解る。

 中央に置いておきたくない人材を地方に飛ばしたり、逆に、地方で優秀な結果を残している捜査官を中央に配置する。それにより、今までの力関係を壊す、ということだろう。

 うちの北部局長も、最近は中央にいったきりでなかなかこちらには戻ってこない。このまま中央にいってしまうんではないか、と少しだけ不安になる。

 もともと、北部魔法司法局は北部局長――ライオネル・スレイターのワンマンによる統治だったと言える。彼が不在となれば、一番安全なのはシドがまた局長代理になることなんだろうけども。


 局長代理という立場にはなってないとはいえ、最近、シドもかなり忙しいようだ。

 もしかしたら『代理』ではなく、彼がこのまま北部の局長になるのではないか、というくらいに。


 わたしはそっと遠くの椅子に座ってけだるげに額に手を置いているシドを盗み見た。あまり顔色はよくない。疲れが出ている横顔。

 テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいるけれど、食欲がないようで飲み物だけを近くに置いていた。


 もともと、彼は神経質だ。

 真面目で、融通が利かない。

 それがいいところでもあり、欠点でもある。

 父親である北部局長の真似をして、少しは肩の力を抜いてもいいんじゃないか、と思う。


 そう、力を抜いて――。


『結婚しよう』


 突然、あの台詞を思い出して頭を抱えたくなった。

 シドはお酒に弱い。間違って飲んでしまった『あの日』、彼はそうわたしに言った。

 酔っ払いの戯言だ。

 わたしは今まで、彼ほどお酒に弱い人間を見たことがない。一口でもお酒を飲めば顔を真っ赤にし、そのまま爆睡してしまう。意外な一面。彼の弱点。

 酔っていたから、きっと心にもないことを言ったのだろう。

 あんな言葉……きっと、彼は覚えていない。


 でも、わたしは覚えている。

 きっと、あの言葉は忘れたほうがいい。

 我々はそんな関係じゃないのだから。


 わたしだけ、変に意識してしまっている現状。これは何とかしなければいけない。

 我々はただの同僚だ。

 偶然、同じ北部で働いているだけ。偶然、同じ事件の捜査に関わったことが多かったりするだけ。

 だから、会話をする機会が多い。何かと冗談を言い合うこともある。まあ、これは基本的にわたしが、だけれど。

 わたしが彼をからかい、シドはそれを聞いてむきになって反論する。

 そういうところが面白い。


 我々は友人同士だ。

 それ以外に表現のしようがあるだろうか。


 司法局の中では、ほぼ仕事の会話しかしない。

 それでも彼との会話が楽しいと感じるのは――わたしが仕事が好きだから。きっと、そうなんだろう。

 はたから見れば、わたしとシドの会話は、悪友同士のそれだと思われるかもしれない。

 でも、それでいいじゃないか。


 わたしは、恋愛とかそういったものには向いていない。そういう自覚はある。女らしいといった行動も取れないし、女性につきものであるらしい、可愛らしい会話すらできない。

 まともに恋愛などしてこなかったし、そんな時間もなかった。

 司法局に入るために頑張って勉強したし、身体も鍛えた。ただ目的に向かって必死だったから、気づいたらこの年齢――世間一般的に、普通だったら結婚している年齢にまでなってしまった。

 でも、結婚なんてしなくてもいいと思っていたし、一生独身であったとしても別にどうでもいい。

 家庭に入って大人しく夫を陰ながら支える、なんてことができるとは思えない。だったら、ずっと仕事人間で充分じゃないか。


 たとえ、シドのあの台詞でその意思が揺らいだとしても、あの台詞はなかったことにしておけばいい。

 聞かなかったことにしておけばいい。

 忘れてしまえばいい。


 下手に意識して、下手な言葉を彼に言って、今の関係を壊すなんてこと、考えたくもない。


 ……何で、シドはあんなことを言ったんだろう。

 酔っ払って上の冗談だとしても、あんなことを言われなければわたしだって意識しなかった。気づかなかった。


 わたしが、彼のことを『ただの友人』とは思っていなかったこと。

 彼を男性だと――しかも他の男性に抱いているものとは違う、奇妙な感情を抱えているなんてこと。

 気づかないほうがよかったのに。


「あの、ミスター・スレイター? ヴァネッサ・ヒックスです」


 たくさんの捜査官たちがいる中、辺りはただ騒然としている。

 そんな中でも、シドにそう声をかけている女性の姿が見えたし、その言葉が聞こえた。

 シドは疲れたように視線を上げ、その女性を見やる。

 ヴァネッサというのは、中央からやってきた若い女性だ。彼女はわたしにも司法局でにこやかに挨拶をしてきた。きっと、わたしよりも何歳か若い。シドと同じような黒髪、黒い瞳、長い睫毛。自分に自信のありそうな目つき。

「お噂はかねがね伺ってます。北部で――いえ、司法局でも五本の指に入るくらい、強い魔力を持ったかただと」

「そうか」

 シドの口調がそっけないらしいことに気づいて、少しだけほっとしている自分がいる。何だかこんな自分が嫌になって、慌てて視線をそらした。


 テーブルの上の料理に目をやって、そこでふと我に返った。

 エリザベスの姿がいつの間にかない。

 いつ帰ったんだろう?

 そして、いつの間にエドガーはわたしの前の席についたんだろう。


「どうすんだよ」

 エドガーは、料理の大皿からごっそりと自分の皿に料理を取り分け、山盛りになったグラタンだったり、鶏肉のハーブ香草焼きといったものを食べながら小さく囁いてきた。

「どうするって何がよ」

 わたしは飲み物のはいったゴブレットを取り、一口飲んだ。お酒ではない。新鮮な果物のジュース。

「牽制しとかないと、何をされるか解んないぜ」

「牽制って何を?」

「マジで言ってんのか」

 エドガーはそこで呆れたようにわたしを見た。

 その眼差しが妙にイラついた。

 何だかむかつくから、でこピンしてやろうかしら、とその額を見つめながらかろうじて微笑む。

「あなたが何をけしかけようとしてるのかは何となく解るけどね、わたしは波風を立てるつもりはないわよ?」

「波風ねえ」

 エドガーはため息をついて続けた。「充分、あれは波風をたてそうだけどな。あれはハンターの目つきだぜ」

「ハンター?」

「恋人を捕まえようって目だ」

 エドガーの視線がシドのほう――シドの前の席に腰を下ろして、にこにこと微笑むヴァネッサへと向けられていた。


 確かに、その通りだった。

 色気のある『女』の目。シドを上司とか同僚とかでもなく、ただ男性の心を射止めようとする意気込みの感じられる瞳。


「なんせ、うちの次期局長候補は、酒に弱い。酔い潰して既成事実でも作ってしまえば、あの堅物なんか、簡単に『責任を取って結婚する』とか言い出しそうで怖い」

 エドガーは何とも恐ろしいことを言う。

 確かに、それはありそうなことだ。

 責任感の塊といったシドがやりそうなこと。

「シドは一番狙い目なんだろうな。昇進間違いなしのエリートだろ? 婚約者とかいてもおかしくない立場なのに、恋人だと公言している相手もいない。若いし、まだ髪の毛もふさふさだし、結構な美形だ」

 髪の毛はこの際、どうでもいいんじゃないかしら。

 いえ、あるかも。

 あれで若禿げで頭部がつるつるとかだったら、絶対にモテないんだろうけど。そうすれば、わたしだって彼にこんな感情は――持った、かもしれない。

 何なのよ、わたし!

 何を馬鹿みたいこと考えてるのか、って話よ!


「そんなことより、あなたはどうなのよ」

 わたしは話を何とかそらそうと必死に言った。「恋人とか作るつもりはないの? 浮いた話の一つもないじゃない」

「悪いね、理想が高いんで」

 エドガーはにやりと笑って鼻を鳴らす。

 まあ、その辺りは何となく見当はついてたけども。だって、彼の女性の好みは解りやすい。

 何というか、おしとやかでたおやかな美女。そんな女性を見かけるたびに、彼の視線は少しだけ揺らぐ。

 無骨な彼には難しい相手としか思えないような女性ばかり好きになるらしいってことくらいは、それなりに長い付き合いだもの、よく解る。


「すみません、マチルダ・レオンハート?」

 急にそんな声が降ってきて、わたしとエドガーの視線が一斉にそちらに向いた。

 そこにいたのは、中央からやってきたという若い男性捜査官の姿。短いライトブラウンの髪、色の薄い瞳。

 確か、キース・レイトン。そんな名前だったと思う。痩せていて、顔は彫りの深さが際立っているように見えた。


「……楽しんでる?」

 わたしは笑顔の安売りを始めた。

 同僚になるわけだもの、多少は仲良くしておかないといけないわけだし。

「北部の連中は中央に比べると問題児が多いけど、悪い人間はいないわよ」

 そう言いながら、空いている席がないかどうか見回して確認した。近くに椅子は空いていないようだ。

「すみません、少しお聞きしたいんですが」

 彼はその場に立ち尽くしたまま、無表情でわたしを見下ろしていた。

 少しだけその声に緊張感を感じ取って、わたしは『おや』と思う。彼を見つめ直すと、その表情もどことなくぎこちない。

「何かしら」

 そう首を傾げて見せると、彼は少しだけエドガーの視線を気にしながら囁いた。

「マチルダ・ラングレー。昔はその名前ではなかったですか?」


 わたしは息を呑んで身体を強張らせた。


「……なぜ?」

 やがてわたしの喉からこぼれた声は、酷くかすれていた。


「昔、メルヴィル家に私の父が仕えていまして」


 そこでわたしは椅子から立ち上がり、彼の腕を掴んで引き寄せた。

「場所、変えましょ」

 そう言って、わたしは彼の先に立って歩き始めた。

「おーい」

 背後でエドガーが困惑したように声を上げていたけれど、わたしは聞こえないふりをした。

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