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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編1 隔離室での孤独な住人

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開錠

 手早く動こう、と言った北部局長の言葉に従って、エリは彼に続いて隔離室から出ようとしたけれど、すぐにお茶を手にした捜査官のところに駆け戻ってきた。そして、彼を見上げて眉根を寄せたまま微笑む。

「今日は色々とすみません。一つだけフォローしておきますけども、うちの――北部の局長は、信用した人間にしかお茶はいれさせませんから」

 それを聞いても、その捜査官の表情は動かなかった。ただ、疲れたような目つきが幼女を見下ろしている。

 エリは少しだけ困ったように唇を噛んだ後、くるりと身を翻して隔離室から出て行ってしまう。

 すると、なぜか北部局長が入れ替わるようにして戻ってきた。


「うちのエリ君が何をしたのか解らんが、すまんな。私も中央の連中のペースを崩すようなことをやってるから、色々面倒をかけるかもしれん」

 彼はそこで意味深に笑いつつ、若い捜査官を見つめる。すると、そこでやっとその捜査官が口を開いた。

「いいえ、大丈夫です」

 それは静かではあるけれども、神経質そうな声だった。

 そんな彼を見つめながら、さらに北部局長は小さく声を上げて笑った。

「お茶に関しては……そうだな、君も立場が上になってきたら解るだろうな。自分に敵意のある人間の出す飲み物なんて、私は小心者だから飲めないね。たとえそれが司法局であろうともね、やっぱり怖いじゃない?」

「……はあ」

 若い捜査官はそこで困惑したように首を傾げる。

「この中央じゃ、雑用なんて下っ端の連中の仕事かもしれん。でも、私の場合は――北部は違っていてね。私は信用できない人間には何も仕事は任せられないと考えてる。それがどんなにつまらないように思える仕事でもね、安心して任せられる人間じゃないと」

「雑用も、ですか」

「雑用だからこそ、だよ。つまらない書類作成だって、もし誰かに任せて不備があったらどうする? 書類を部下に書かせても、間違ってないかどうか見直しする時間が必要だったら、自分で作ったほうが簡単だよね」

 北部局長は僅かに肩をすくめ、その場にいた皆の顔を見回した。

 若い捜査官だけではなく、他の二人の捜査官も何となく微妙な顔つきでそれを見つめ返している。探るような目つき。

 北部局長は薄く笑って続けた。

「そのうち君たちに雑用を頼むかもしれん。ただね、無駄な誤解はしないで欲しいと思ってね。有能な君たちに対して、嫌がらせのために頼んでるんじゃないってことだ。他の地方の局長も同じとは限らないが、私は信頼している人間にしか仕事を頼まない。大きな仕事も、小さな仕事も」

「……はい」

 そこで、若い捜査官の表情が少しだけ和らいだ。

 さっきまでは苛立ちなのか怒りなのか解らない感情がその目の中にあったけれど、今はすっかり消え去っているようだ。

「さて、君も一緒にくるかね? ちょっとこの面子で外出といこうじゃないか」

「え? 私もですか?」

 若い捜査官は驚いたように目を見開いて、素早く残りの二人の捜査官に視線を投げた。

「他に仕事があるなら無理にとは言わんが」

 北部局長が重ねて言うと、すぐに若い捜査官は首を横に振ってぎこちなく微笑んだ。

「いいえ、ぜひご一緒させてください。勉強させていただきます」


 北部局長は、人好きのする人間なんだろう。

 彼の背中を見つめ、廊下を一緒に歩きながらそう思う。


 僕の前後には、いかつい顔立ちの捜査官と痩せている捜査官。僕が逃げないようにと警戒しているのが雰囲気で解る。

 僕の隣にはエアリアル、エリ。

 一番最後に若い捜査官。

 なかなかの厳重警備というべきだろうか。

 中央魔法司法局の廊下を歩き、久々の建物の外へと出る。用意されていた司法局の黒い馬車に乗り込むことになったけれど、エアリアルとは違う馬車だった。

 僕の目の前には北部局長、そこに一緒に乗り込んだのは最初の二人の捜査官だった。


 何とも居心地が悪い。


「中央局長の屋敷に何があると?」

 北部局長が二人の捜査官にそう問いかけている。

 痩せたほうが少しだけ緊張したように背筋を伸ばし、落ち着いた口調で応える。

「隠し部屋があるかもしれません。あくまで可能性ですが」

「なるほど」

「確定してから報告しようと考えていました」

「中央局長の屋敷は閉鎖したままだったかな。一通り調べたという報告はあったが、何も見つからなかったという話だったか」

「はい」


 僕はただぼんやりとその場に座っているだけだった。

 一緒にいるから彼らの会話は否応なく耳に入ってくる。彼らは僕の存在など忘れたかのように色々と話し始めていた。


「おそらく、使用人は何か知っているはずです。長いこと勤めている老人がいます。いえ、いました」

「ああ、それは報告書にもあった。これから呼び出せる?」

「はい。近くに住んでいますので」


 やがて、馬車が目的地に着いた。

 僕らが馬車を降りてすぐに見えたのは、とても大きな屋敷だった。いかにも重要人物が住んでいると思わせる屋敷。

 僕も一度、この屋敷を遠くから見たことがある。その時はさすがに近寄ることはできなかった。屋敷全体にかけられた防御壁の魔法が遠くからでも見て取れたからだ。

 しかし、今はそんな魔法はかけられていない。


 僕らが馬車から降りてすぐ、もう一台の馬車が到着したのが視界の隅に見えた。

 エアリアルも一緒に僕らと歩けるだろうか。

 そう考えて、僕が足をとめて彼女を待とうとしたけれど、エアリアルたちが馬車から降りるよりも先に、北部局長が手招きしながら話しかけてきた。

「さて、グレイ・スターリング。君は何か感じる?」

 僕が彼の隣に立っても、北部局長の視線は屋敷に向けられたままだ。しかし、穏やかな口調ではあったけれど、どこか緊張しているようだった。

「……微かにですが、魔法の気配を感じます」

 僕は一瞬だけ考え込んだ後、正直に応えた。すると、彼は首を傾げる。

「気配ね。困ったことに、私は感じない」

「現代魔法じゃなさそうです。神殿の人間なら感じると思いますが……あの」

「神殿の連中にはこれ以上付け入る隙を見せたくないんでな。司法局には関わらせないようにしている」

「そうですか」


「とにかく中に入ろう。玄関の鍵は確か証拠品として押収したと思ったが?」

 北部局長は傍らに立つ痩せた捜査官にそう声をかけた。すると、捜査官は服のポケットから銀色の輝く鍵を取り出して微笑む。

「持ってきています。実は無許可で持ち出してまして……申し訳ありません」

「ああ、私が許可したということにしておこう」

 北部局長がニヤリと笑い、鍵を開けるようにと促す。

 そして、すぐに彼はいかつい顔立ちの捜査官を振り返って続けた。

「使用人を呼び出してもらえるか?」

「了解しました」

 そう応えた彼は、軽く一礼すると踵を返した。

 屋敷の庭は広く、門までも結構ある。しかし、その捜査官は歩いて門のほうへと向かっていってしまった。

 使用人とやらはこの近くに住んでいるのだろうか。


「何だか、嫌な感じ」

 そこで、エアリアルが僕の近くに歩み寄り、小さく囁く。

「何が?」

 ――捜査官が?

 そう視線で彼女に問いかけると、エアリアルは眉を顰めて続ける。

「かけられている魔法が……何となく」

「ああ」

 僕は苦笑して頷いた。「おそらく、レティシアが彼に教えたんだと思う。中央局長に」

「やっぱり?」

 彼女は屋敷を見上げ、それからゆっくりとその視線を下のほうへとずらしていく。


 彼女の視線の先。

 おそらく、地下だ。

 僕が感じている魔法の気配も、この屋敷の地下にある。古代言語による魔法の構成。

「君も見えるんだね」

 僕はつい、小声で訊いた。

 レティシアの肉体に入ってから、僕は自分の魔力が高まっているのを実感している。それは、レティシアの肉体が恐ろしい力を秘めているからだ。

 だから、以前の僕では見えなかったであろう魔力の流れや、魔法の構成といったものがはっきりと目に写る。

「……まあね」

 エアリアルは眉間に皺を寄せながら頷く。

「じゃあ、読み取れる?」

 重ねて僕が訊くと、エアリアルは僕を見つめた。

「あなたが読めるものなら」


「おーい、入るぞ」

 北部局長の声が辺りに響いて、僕とエアリアルは同時に顔をそちらに向けた。北部局長のそばには若い捜査官の姿。

 気づけば、僕らのそばにはエリが立っている。いかにも興味津津といった視線をこちらに投げてきていて、どうやら僕らの会話に耳を澄ませていたであろうことにも気づかされた。


「レティシアの教えた魔法でしょ?」

 エリの視線に気づいているのかいないのか、歩き出した僕の後をついてきたエアリアルはそう続けた。「あの時と同じ感じがする。あの、貸倉庫の時の施錠の魔法」

「貸倉庫か」

 意識を集中させてみると、確かにその通りだと思った。

 屋敷の中に入り、大きな玄関ホールの中に立つ。屋敷の中は薄暗く、僕ら以外の人間の気配は全く感じられなかった。

 閉鎖されていた屋敷特有の、淀んだ空気、微かな埃。

 そして、地下のほうから伝わってくる魔法の波動。

 魔法の構成式を見なくても解る。レティシアの仕掛けた配列。

 きっと、その魔法を使ったであろう中央局長は気づかなかったか――それとも、気づいていても気にしなかったのか。


「地下室への階段はどこにあるんですか?」

 僕は痩せた捜査官の背中に問いかけた。すると、彼は僕のほうに顔を向け、首を横に振って見せた。

「見つからない。いや、正確には扉だけはあるんだが、階段はない」

 そう言った後、彼は先に立って歩き出した。

 一階の長い廊下を歩き、いくつもの扉をやり過ごしてから突き当りの廊下を曲がる。そして、目の前に現れた扉。

 ドアノブに手をかけ、扉を開けた――と思ったら、そこには壁があるだけだった。屋敷の壁と同じ材質の壁。

「ここに地下に続く階段があると思ったんだが、どうやら違う。それともこれは我々の目を欺くための陽動だろうか。他の場所に階段が」

 と、彼が目を細めて言った時、エアリアルが口を開いた。


「あなたなら開けられるんでしょ? グレイ」

 彼女は壁を見ながらそう言った。

 壁を――いや、壁と思わせる何かを見ながら。その壁には、青白く輝く古代言語によって作られた魔法陣が浮かび上がっている。

 おそらく、エアリアルと僕以外の人間には見えないであろう魔法陣の形。

 この魔法を使ったのは、レティシアではないということは一目で解る。彼女が使ったのであれば、もっと波動が大きいはずだ。


 僕はその壁のようなものに手を伸ばした。

 その途端、魔法陣がうっすらと光を放って浮かび上がる。

 誰かが息を呑む気配が感じながら、僕の手のひらから魔力が流れるのも感じる。手のひらがちりちりと焼けるような感覚。


 レティシアの肉体が開錠できるように、魔法言語が組まれていた。もともと、そういう構成の魔法だったのだろう。だから、それはあっさりと僕の目の前で魔法が消え失せたのだ。

 見せかけの壁が宙に溶けるように掻き消え、暗い階段が目の前に現れる。

 嫌な匂いが鼻をついた。

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