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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編1 隔離室での孤独な住人

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駆け引き

「ああ、なるほど! 何かお調べになってらっしゃるんですねぇ」

 幼女の声は底抜けに明るく、笑顔は無邪気そのものであったけれど、どこか底知れない雰囲気も漂う。捜査官たちの表情も、上辺だけの穏やかさを保っている。

「一応捜査内容に関わりますので、あまり口にはできないのですよ」

 痩せたほうの捜査官がそう言うと、もう片方の捜査官も面倒くさそうにうなずいて見せる。

「同じ捜査官同士なのに、隠し事ですか? 何だか……中央の方々って秘密主義ですよねえ。何を考えているか、全く解りません」

 幼女は小首を傾げ、上目づかいに彼らを見上げる。そして、くるりと頭をこちらに向けて続けた。

「ではスターリングさま、色々お話を伺わせていただきますが、その前に……」

 ――その前に?

 僕は目を細め、ただ幼女を見つめた。

 すると幼女のその唇の両端がくく、と持ち上げられる。意味深な笑みの形だった。


「やあやあ、これはこれは面白い組み合わせというか何というか」

 隔離室にまた客が増えた。どうやら今日も中央魔法司法局に来ていたらしい、北部の局長である。

 痩せていて長身、そして禿げ上がった頭に柔和な笑顔。

 彼は大げさな身振りで驚いたように皆の顔を見回した後、幼女に笑いかけて言った。

「何か面白いことがあったようだね、エリ君」

「はぁい」

 エリと呼ばれた幼女はこくこくと頷く。「中央局長のお屋敷に、何かあるようだと話を聞きまして。わたしでは判断がつかなかったので、ぜひ局長に一緒にいてもらえたらなあ、と思ったんです」

「いいねえ、まずは上司に判断を仰ぐ。こういう素直なところ、凄くいい」

 北部局長は上機嫌でそう言った後、怪訝そうに辺りを見回して首を傾げた。

 そして、隔離室の出入口である扉の前に所在無げに立ちつくたままの二人の捜査官を見やり、短く言った。

「椅子、足らないよね? 追加もらえるかな」

「はい」

 痩せたほうがすぐに頷き、足早に隔離室を出ていく。その背中を見送った後、北部局長はもう片方の捜査官に笑いかけた。

「すまないねえ、まだ上手く中央の人事のコントロールができていなくてねえ。君たちの直属の上司が誰かは知らんが、こうして捜査情報の共有すらままならない現状だ。君たちには色々負担をかけると思うよ」

「いえ、そんなことは」

 いかつい顔つきの捜査官は、僅かに気まずそうに視線を床に落とした。

 その態度で大体解る。それは彼ら二人が上司に判断を仰ぐこともなく、自由に行動していたということだ。


 幼女が僕から話を聞き出す前にやりたかったこと。それは、北部の局長をこの場に呼び出すことであったらしい。そして、捜査官二人に釘を刺すこと。

 そしてそれは成功した。


「申し訳ありません」

 椅子を手に戻ってきた捜査官が、北部局長が座れるようにすぐに床に置いた。

 そして、そんな彼を見ながら中央局長は意味深に笑う。

「まあ、かまわんよ。ここにきて感じたのだがね、中央の捜査官たちは確かに有能な人間が多いのだね。こういう雑用を言いつけられることを、快く思わない人間も圧倒的に多い。何しろ、雑用に時間を取られていたら、手柄をたてられそうな事件を他の人間に奪われてしまうわけで」

 北部局長は少しだけ不満げに鼻を鳴らしながら椅子に腰を下ろす。

 そして、他の空いている椅子を他の人間に勧めながら肩をすくめた。

「普通はね、適正な評価を下すべきだ。私はそう思う。適材適所とよく言うだろう。だが、今の中央は少し歪んでいる。だから、改革が必要だと思うのだ」

 北部局長は長い足を組み、膝の上で手を組んだ。

 何となく、わざとらしい仕草だと感じた。

「君たちは信用できる人間か? 優秀かそうでないか、という問いは無意味だ。中央で働いている以上、君たちが捜査官として優れているのはよく解る。そして今重要なのは、信用に足る人間かどうか、ということだ」


「……信用していただけたらありがたいです」

 痩せたほうが少しだけ疑念の混じる眼差しを北部局長へと向けた。

「いや」

 もう片方の捜査官が鋭く言った。「中央局長があのような事件を起こした今、誰も信用はできないと考えます。北部局長、あなたも同じ立場ですが」

 それは、挑むような視線。

 そして、痩せたほうの捜査官が直立不動で眉間に皺を寄せた。明らかに隣に立っている捜査官の言葉に呆れたような気配が感じられる。


「そうそう、同じだよね」

 北部局長が楽しげに口元を緩めた。


 そしてその時、お茶を持ってきた捜査官が隔離室の扉を開けて立ち止まった。

 その驚いたような双眸。視線は北部局長へと向かっていて、現状が把握できていないようだった。

「ああっ、すみません」

 エリという幼女が明るく笑った。「もう一人増えたのでお茶の追加を」


「私はね、適正な評価を下すことにしているよ」

 追加のお茶を要求された捜査官が、どことなく死んだ魚のような目つきで隔離室から出て行った後、北部局長は話を再開させた。「だから、君たちが見つけた手柄ならきちんと評価する。ただ、君たちが私のことを信用できないというのなら、一緒に仕事はできないし重要な仕事は任せられない。それが当たり前じゃないかね?」

 二人の捜査官は何も応えなかった。ただ北部局長を見つめているだけだ。

 やがて、北部局長の目が僕へと向けられた。

「さて、グレイ・スターリング」

 彼は禿げ上がった頭を撫でながら笑った。「私はね、君のことを信用したいと思う。どうやら中央局長の屋敷に何かがあるという話だが、捜査に付き合ってもらえるかな? 隔離室から出て散歩といこうか?」

「え」

 僕は思わず息を呑んだ。「出てもいいんですか?」

「あ、出たくない?」

「いえ、出たいですけど、でも」


 隔離室は檻なのだ。

 凄まじい魔力を持った『レティシア』を閉じ込めておくための檻。

 今は別の人格がその中にいるとはいえ、魔力の大きさには差はない。そして僕は犯罪者であることも間違いない。


「それは賛成いたしかねます」

 すぐに痩せた捜査官が鋭く声を上げた。「彼が逃亡しないという保証はどこにもありません」

「そだね」

 北部局長はあっさり頷いた。「でもいいじゃない、そんなの。逃げたら私が責任を取って辞職すればいいだけの話。それが上司の責任の取りかたってもんだ」


「ちょ、ダメですから!」

 エリが慌てたように椅子から立ち上がり、北部局長の肩を掴んで揺らした。「局長がいなくなったらダメです! うちの司法局には必要なんですから!」

「うちの息子がいるじゃない」

「ダメです! たとえシドさまがいらっしゃっても、絶対ダメですからね!」

「うーん」

 北部局長が腕を組んで首を捻った。


 そして、気が付けば僕の服の裾を握りしめているエアリアルに気づく。そう言えば彼女もこの場にいたんだった。

「逃げないよね?」

 エアリアルが不安げに僕を見上げていた。僕のシャツを掴む彼女の指が白い。長い睫毛が震えていて、どことなく儚げにも見える。

「逃げないよ」

 そう応えながら、僕はため息をこぼした。

 エアリアルさえ僕を信じてはいない。まあ、当然か。


「どっちにしろ、色々問題があるんだわ」

 北部局長が苦笑交じりに言うのが聞こえて、僕もエアリアルも彼のほうを見た。彼は幼女の頭を撫で、激高する彼女を安心させようとしているようだった。それは見事に失敗しているようでもあったけれど。

「……現在、中央の局長の座は空いてる。おそらく、次の中央局長が前局長の失態――というか悪事の責任を取ることになる。案の定、他の地方局長たちはそれを避けたいと考えているわけだ。そりゃそうだよね、自分でやったことではない事件の尻拭いで辞職、それは嫌だろう。だから」

「ダメですよ」

 エリがすかさず口を挟んだ。「辞職前提の就任なんて絶対に許しません、ええ、シドさまが絶対に許しません」

「うーん」

 北部局長はただ苦笑する。

 二人の捜査官の視線が、少しだけ交錯した。困惑が入り混じった表情。


「あの、ところで」

 その微妙な空気が漂う場に、エアリアルの掠れた声が響いた。「一緒にいってもいいですか?」

「ん?」

 北部局長が顔を彼女に向けた。するとエアリアルは、少しだけ緊張した声を絞り出す。

「散歩とやらです。ええと、もしもグレイが逃げそうになったら、全力でとめますので。それはもう、自分の魔力を全部使うつもりで」

 と、握り拳を作ってまで熱く宣言する。


「あ、それは勘弁してもらいたいねえ」

 北部局長が憮然として呟いた。「とても考えたくないよ、二人の魔力のぶつかり合いとかはね。また神殿の連中に目をつけられたらたまらんし、おとなしくしていて欲しいものだ」

 その言葉を聞いて、二人の捜査官の表情に浮かんだ困惑がさらに強くなった。しかし、抱いた疑問を口にする様子はなさそうだった。

 そんな二人を見つめながら、北部局長は椅子から立ち上がる。

「……正直なところ、そんな展開にはならんだろう。結構グレイ・スターリングには同情すべき点もあるんだよ。君たちは認めたくないだろうがね」


 そんなことを言っていると、また隔離室の扉が開いた。そこに入ってきたのは、お茶を準備してきた捜査官。

 それと入れ替わるかのように、北部局長が隔離室から出て行ってしまう。そして、廊下のほうから彼の声が響く。

「時間は有限だ。手早く動こうじゃないか」

「はぁい」

 エリという幼女は元気よく手を挙げて応えた。そして、持ってきたお茶を手に固まっている捜査官に軽く頭を下げて見せる。

「すみません、もう面会時間の三十分過ぎちゃいましたね」


 ――同情すべきだろうか。

 僕は思わず捜査官の横顔を見つめながらそう考えた。そして、僕のシャツを掴んだままのエアリアルに視線を戻し、そっと微笑みかける。

「いこうか?」

「……いくわよ」

 そう応えたエアリアルの表情は、少しだけ強張っているようにも思えた。そんな彼女の様子に違和感を覚えたものの、質問している時間はなさそうだった。

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