表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
番外編1 隔離室での孤独な住人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/128

暇を持て余しながら

 一人でいること、行動することは慣れているはずだ。

 しかし、この隔離室の中で誰ともほとんど会話をせずにいることは、どうも嫌な感じがする。

 レティシアが読んだであろう魔法書を読み、彼女が参考にしたかもしれない魔法を学ぶ。彼女の気配というか、残り香がするかのような空間。ここで、自分はゆっくりと狂っていくのかもしれない、という焦燥感だけが頭の中を駆け巡る。


 ある意味、あのカウンセラーとの会話は不快なだけの時間だけれど、救いなのかもしれない。会話が終わった後は疲れるだけだけれど、気分転換にはなる。

 せめて、カウンセラーが若い女性なら、とベッドにうつ伏せになったまま小さく笑う。

 何が楽しくて男性相手に媚を売らないといけないのか。

 少し考えなくてはならない。


「他のカウンセラーはいない」


 その日の夕食を運んできた捜査官の男に問いかけると、すぐにそんな返事が返ってきた。

 相変わらず、この隔離室に入ってくるのは男性二人と決められているようだ。絶対にここに女性の捜査官が足を運ぶことはない。それは、僕が過去に犯した殺人の被害者が女性であったからだと思う。

 きっと今も、以前と変わらず僕は彼らに再犯するのではないかと警戒されている。

「何か不満か」

 捜査官たちは僕に近寄ろうとはしない。少し離れた場所で壁を背にして立ち、冷ややかに僕を睨みつけている。

「いいえ、何も不満はありません」

 僕は彼に微笑みかけ、椅子に座って彼らが出ていくのを待つことにした。しかし、彼はなかなか出ていこうとしなかった。


「忠告しておくが」

 彼はやがて低い声で言った。「中央の人間は皆、お前を警戒してる。こちらがお前に気を許すことはないだろう」

「はい」

 そんなことは解り切った話だ。

 何を今さら言うのだろうか、と疑問に思う。

「すぐに大がかりな人事異動が起こる。これは、地方局長たちが決定したことで、避けられない事態だ」

「人事異動?」

「中央にいる捜査官たちは、地方と比べて優秀な人材が多かった。これが地方に飛ばされるというのは、かなり問題があってな。今、中央は色々な問題を抱えてる。それでも、引継ぎはきちんとやるだろう。お前がどんな危険な人間なのかは、ここにやってくる新しい捜査官に伝えられる。だから、お前をここから逃がさないように徹底した警備を行うだろう」

「ああ、そうですか」

 何だか急に、僕は自分の考えに沈みこんだ。

 唇を撫でながら、宙を見つめて過去のことを思い出す。


「……局次長の存在がありましたね。この中央魔法司法局の内部には、大きな派閥ができていた」

 そう、小さく呟く。

 僕がレティシアに接触するために行動を起こした時、中央魔法司法局については色々と下調べをしたのだ。

 一番苦労したのは、捜査官の一人に接触したこと。記憶操作はさせてもらったから、きっとあの時に僕が会話した男性は僕のことを覚えていないだろう。

 しかし、その時に彼から聞き出せたことはかなり重要な話だった。


 次期局長の座を狙う局次長と、その部下たちの存在。

 中央局長は、局次長のことをあまり相手にはしていなかったようだ。きっと、レティシアの研究に興味がいっていて、それどころではなかった。

 中央局長の独裁によって作り上げられていたこの司法局は、少し前からあまり上手く機能していなかった。だから司法局の野心家たちは、そろそろ引退するであろう中央局長よりも、将来性のある局次長や、他の人間が作る派閥に入って好き勝手に行動していたというわけだ。


 そして、中央局長が死んで、局次長も中央局長の手によって殺されているのが今の状況。

 内部の力関係が大きく崩れたわけだから、確かに深刻な問題があるに違いない。

 残された人間によって新しい派閥が作られる前に、何とかしようということなんだろうと思う。だから、人事異動が行われる。中央で強い権力を持ったらまずいであろう人間が地方に飛ばされるということか。


「お前、何を知ってる?」

 急に壁際を背にして立っていた捜査官が、僕に数歩近寄って鋭い声を上げた。「派閥とか、誰に聞いた?」

 ――さて、どう応えるか。

 僕は彼に視線を投げ、一瞬だけ考える。

「レティシアです、捜査官」

 やがて、僕はできるだけ困惑したように首を傾げて応える。「中央局長は、どうやらレティシアに色々な情報を与えていたようなので。ところで、局次長の遺体は見つかったんですか? おそらく中央局長が」

「やめろ」

 その捜査官が乱暴に頭を掻いて、もう一人の捜査官を見やる。もう片方の捜査官は、神経質そうな痩せた男性で、唇を噛んで僕を見つめていた。

「その件については緘口令がしかれていてね」

 痩せた捜査官が腕を組みながら言った。「中央局長が殺人を犯したことは、できれば外部には伏せておきたいというのが地方局長たちの見解だ」


 さもありなん。


「しかも、中央局長がやったこと全てが問題だ」

 彼は苦々しく笑い、眉間に皺を寄せる。「禁呪、捜査官殺し……しかも、血縁者がその被害者で、殺した肉体は局長自身のもの。そしてそれらは犯罪者の手を借りて行われた。とても司法局のトップの人間がやることじゃない。これらを外部の人間に知られるわけにはいくまい」

「でしょうね」

 僕は神妙に頷いた。

「それで、どこまで知ってる?」

 痩せた男の目は一重であったから、睨むと結構な迫力がある。しかし、僕はそれを笑顔で受け止めた。

「家族も知らない地下室があるようですよ、捜査官」

「地下室?」

「何の話だ?」

 二人の捜査官がそれぞれ声を上げた。

「中央局長は、確か大きなお屋敷をお持ちでしたよね。娘さん夫婦とは別居されていたと聞いています。そして、中央局長は奥方がお亡くなりになった後、一人で暮らしていたそうですが……」

「その屋敷か?」

「はい。もし死体を隠すならそこだろうと、昔のここの住人――レティシアが言ってました。家族も使用人も知らない地下室があると」


 それを自分が調べたとは言わない。色々話を聞かれて面倒なことになりそうだし。

 最初は僕も、何とか中央局長に接触しようとした。しかし、どうやらそれが難しいと知って標的を局次長に変えた。局次長のほうが扱いやすそうだったし、上手く持ち掛ければ交渉もできそうだった。

 しかし結局は、先を越されたのだ。

 中央局長は局次長を『局長殺し』の犯人に仕立て上げようとして、色々画策したようだったけれど、それが片付く前にレティシアに自分が殺された、というわけだ。


「地下室の扉は、おそらく簡単には見つからないでしょうが」

 と、僕が言いかけると、いかつい顔つきの捜査官は僕の言葉を最後まで聞かずに隔離室を出ていってしまう。

 その背中を見送りながら、小さく続ける。

「頑張って見つけてください」


「嘘は言ってないんだな?」

 もう一人の捜査官は、一重の目をさらに細めて僕を見つめた。僕は笑顔を消して頷いた。

「僕がここで生かしてもらっているのは、捜査に協力するためだと言われました。抵抗する気もありませんし、できません。だから、僕がやれるのは本当に『協力』だけです」

「……そうか」

 彼はそう呟くと、最初に隔離室から出ていった捜査官の後を追う。そして、扉が閉められる。


 テーブルの上に置かれた食事はすっかり冷めていたし、食欲もあまりない。

 ただ、こう思う。

 やっぱり、やることが何もない。

 前にここにやってきた捜査官は、新しい魔法書を持ってきてくれてはいない。上司に言ってみると言っていたけれど、やっぱり許可が下りなかったのだろうか。

 結局、暇なのは変わりない。

 何もかもがつまらない。


 それから数日間は、何も起きなかった。

 食事を運んでくる捜査官の顔は、また新しい人間のものになっていた。挨拶などもせず、食事の皿をテーブルに置いていくだけの仕事をこなす彼ら。

 そうしているうちに、僕は部屋の隅に立ったままの『あれ』に目を留めた。

 どんどん気配が薄くなっていく生命体。これ、どうにかしたら壊せないだろうか。

 いや、違う。消えないように生きながらえさせる方法はあるんだろうか。

 レティシアにできたことなら、僕にもできるはずだ。

 今は、僕がこの肉体と魔力の主なのだから。だからきっと、やれないことはない。


 ただ、この考えは危険だとも承知している。

 いくら暇であるからとはいえ、手を出してはいけない趣味というものもある。

 しかし、ここにあるのは治療魔法の魔法書だけで、実験対象とできるのは……。


 ――外の空気が吸いたい。

 僕は何となくそう思った。そして、余計なことはしないほうがいいと自分に言い聞かせ、ただベッドに横になって天井を見上げる。寝てしまえば時間だけは過ぎていってくれる。どうせならずっと寝ていようか。

 人間、暇を持て余すとろくなことを考えないわけだし。


 そんな時、彼女が姿を見せたのだ。

 エアリアル・オーガスティン。

 肩の上で切りそろえられた金髪、緑色の瞳。少しだけ緊張したような表情の彼女が、幼い捜査官を一人そばに連れてここへやってきた。

「久しぶり」

 彼女は隔離室に一歩入ってくると、すぐにそう言ってぎこちなく笑う。

「……やあ」

 僕も何とか微笑んで見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ