見たいものしか見えない
「お父さま、お母さま!」
数日後、わたしはやっと両親に会うことができた。
中央魔法司法局の一室にずっと閉じ込められている感じではあったけれど、司法局による待遇は悪くなかった。エリザベスが付き添ってくれている間は、それなりに自由に部屋を移動することができた。
ただ、繰り返し続けられる事情聴取はストレスが溜まったのは事実。
そんな中、やっと面会が許されて、わたしはテンションが凄まじく上がった。面会のための部屋は質素で、テーブルと机くらいしかない。そこで待っていた二人に会った瞬間、とにかく抱き付いて頭を彼らにこすりつけていた。
「エアリアル」
お父さまが感極まったように言った。「やっと女の子に戻ったなあ」
「本当によかったわ」
お母さまもしみじみと呟き、目を閉じる。「一時はどうなることかと思ったけれど、これで何もかも元通りね」
「ごめんね、お父さま、お母さま」
何もかも元通り、という言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えたものの、わたしはただ嬉しくて仕方なかった。「あともう少しで帰れると思う。早く家に帰りたい」
「……何とかならないのかしら」
お母さまがぽつりと続けた。「お金の力とかで」
ちなみに、今もわたしにはエリザベスが見張りとして付き添っている。
お母さまの言葉にひやりとしてエリザベスに視線を投げると、彼女は聞こえなかったふりをして天井のほうを見上げていた。
「大丈夫よ、全部片付いてから帰ったほうが、安心だし」
わたしはそう言いながらお母さまを見ると、お母さまはため息交じりに小さく頷いた。
「そうかもしれないわね。とにかく、学園のほうは上手く手続きをしておくから安心しなさい」
「学園」
「戻りたいでしょう?」
「もちろん!」
わたしはお母さまの腕を掴んでぶんぶんと振った。「でも、戻れるの? わたし……エイス・ライオットはどうなったの」
「死んだことにしておいた」
そう言ったのはお父さまだ。「事故死ということで、遺体には会わせられない、そういうことにしておいたよ。お前の友人とやらにはな」
「え」
わたしは眉を顰めた。「……誰か会いにきた?」
「ああ、男の子たちが三人と、女の子が一人」
サイモンとチャド、マクミラン。そしてレベッカだろうか。
わたしは唇を噛んで考え込む。少なくともサイモンとレベッカには色々話したいけど……どうだろう。
そんなわたしを見下ろしていたお父さまは、優しく微笑みながら言った。
「一応、エアリアルは遠くの宿舎付きの学園に入っていたということになっている。転校手続きは何とかなる。……お金の力で」
この辺り、似たもの夫婦ってやつよね。
わたしは目を細めてお父さまを見つめた。
「で、いつ出てこられそうなんだ?」
お父さまはそう言ってエリザベスにちらりと視線を投げた。
すると、そこでエリザベスは初めてこちらの会話に参加してきた。
「もう少しお時間をください。少し、難しい問題を含んでますので」
「難しい?」
「はい」
お父さまはわたしを見やる。
わたしは曖昧に微笑むことしかできなかった。
事情聴取で、わたしはできるだけ正直に話をした。
何があったのか、レティシアのこと、そして過去にわたしに関係があったこと。
『何か』を食べさせられたことも、そのために大きな魔力を得たことも話をした。とても隠しきれることではなかったからだ。神官長はわたしが大きな魔力を秘めていることを一目で見抜いたし、わたしだってこの魔力を扱いきれるかどうかもまだ解らない。
そう考えれば、普通の生活に戻れるのか不安だ。
学園で普通の学生として生活していけるのかどうかだって怪しい。
わたしがグレイと協力して、『あれ』をどこかに封じた――もしくはどこかに飛ばした、という事実は、かなり問題視された。
おそらく、この世界ではないどこかに飛ばしたとわたしは思ったけれど、局長、他の地方局長に面と向かって「それは確実か」と問われた時、わたしは頷くことができなかったからだ。
危険なものを、管理下におけない場所においやったということが問題で、他の誰かがそれを手に入れた場合はどうするのか、ということも取り沙汰されている。
わたしは司法局にきてからグレイに会わせてもらうことができず、お互いどう話したかということを情報交換することもできない。だから、かなり心配だった。わたしが司法局に対して不用意に話しすぎているのではないかと考えてしまって落ち着かないのだ。
結局、レティシアとのことを全て話し終わっても、だらだらと事情聴取が繰り返されているのは『あれ』の行方が問題で、何も解決していないからだ。
こんな調子でいつ屋敷に帰ることができるんだろう。
わたしは毎朝、目が覚めるたびにそう思う。
「圧力、かけましょうか」
わたしのため息を聞いたお母さまが、低くそう囁いた。「あなたがこんな場所にいる理由など、ないでしょう」
「圧力はやめて」
わたしは我に返り、慌ててそう言った。「余計に立場が悪くなるもの」
「そうかしら。じゃあ、クレームを入れるだけにしておくわ」
「……それもどうかなあ」
わたしは唸った。
そして、翌日からさらに司法局によるわたしに対する待遇はよくなった。
今までは禁止されていた、図書室通いも許され、中央魔法司法局の建物内は自由に動いていいことになった。まあ、エリザベスはもれなく付属してくるけども。
この変化は、きっとお母さまの手腕が発揮されたからなんだろう。クレーマーとしての手腕。色々問題はあるかもしれないけど、ありがたいことには間違いない。
グレイに会いたいんだけど、とエリザベスに言ったら、それも交渉してくれた。
その許可が下りたのはさらに数日後。
何かと時間がかかるものだ。
「結構元気そうだね」
グレイはわたしを見て、開口一番にそう言った。
「お互い様かな」
わたしは少しだけ笑いながら応えた。
グレイはすっかり元気そうだった。赤く染まっていた双眸は、今は普通の瞳であったし、顔色もいい。もともと、レティシアはとても綺麗な人だ。だから、すっかり体力が回復しているらしいその姿は、まさに輝くような美しさ、というべきなんだろう。圧倒されるような存在感がある。
グレイはずっと隔離室に閉じ込められていて、面会が許されたわたしも隔離室に入って会話することになった。
隔離室の入口の前には、二人の男性捜査官が交代で見張りをしているらしく、机と椅子が置いてある。
そこに、わたしが以前会ったことのあるノーマンの姿があって、少し安心した。彼は中央局長にかけられた魔術も解けていて、明るく挨拶をしてきてくれた。
その時、ノーマンのグレイに向けられた態度はそんなに堅苦しい雰囲気ではないことも見てとれたし、少なくとも、グレイに与えられた環境は悪いものではなさそうだと解る。
わたしが隔離室に入って、一番最初に気になったのは、この部屋にいたはずの透明な生物――人工生命体だ。
辺りを見回していると、グレイが椅子に座ったままで小さく笑う。
「……君も見たのか、あれ」
と、指さした方向に見えた、空間の歪み。人型に揺らめく何かが立っている。
「……生きてるの?」
「さあね。僕がここに入った時から、一度も反応を返したことはない。死んだのかもしれないな」
「でも、存在はしてるんだね」
「いつまで存在してるかは怪しいと思う。もう、創造主はいないわけだから」
「そう」
わたしは眉を顰めて考え込んだ。そして、わたしは椅子に腰を下ろしながら続ける。
「一緒にいて、怖くない?」
「レティシアより怖い存在は今のところないね」
グレイはテーブルに頬杖をついてニヤリと笑った。その笑顔は、どこか吹っ切れた感じがある。しかし、姿形はレティシアそのものだから、見ているわたしは複雑な感情が胸の中に渦巻いてしまう。
グレイは……怒ってないんだろうか。
困惑していないだろうか。
レティシアの肉体に入ってしまったこと。自分の本当の肉体を失ってしまったこと。
「何を考えてる」
ふと、グレイがわたしの心を読んだかのように言う。「またバカバカしいことを考えてるんじゃないだろうね?」
「何よそれ。わたし、何もバカバカしいことなんか考えてないわよ」
わたしが鼻を鳴らすと、彼は「どうだか」と肩をすくめた。
大体、グレイのわたしに対する態度ってどうなの? グレイが考えているほど、お気楽な性格じゃ……もうないんだから。結構、それなりに、成長したと思ってるんだけど!
「前も言ったけど、僕は君に感謝してるんだよ」
グレイはやがて苦笑しつつ言った。「レティシアのいない世界って、とても楽だからね。それに、どうやら僕は神殿には連れていかれずに済むらしい。安心したよ」
「神殿、ね」
わたしはふと、グレイが神官長に向けた嫌悪の感情を思い出して唸り声を上げた。「あの人……神官長のこと、嫌いなんでしょ?」
「まあね。逆恨みと言われても仕方ないけど、やっぱり一緒にはいたくないね」
グレイは眉間に皺を寄せた。「彼のせいで、僕はしなくてもいい殺人を犯した。しかも、彼は魔法に失敗したと認めていない。正しいことをした、司法局に協力してレティシアを逮捕させた、ということを誇りに思っているみたいだし。あんな彼の下に引き取られたら、僕はいつまで大人しくしてられるか解らないね。僕は聖人君子じゃないし、精神的な自虐趣味があるわけでもない。彼のあの視線に耐えて生きていくなんてごめんだ」
「わたしだって……人を殺したわ」
わたしもテーブルに彼のように頬杖をつき、小さく呟く。「それを知ったら、神官長はどういう態度を取るのかな」
「レティシアは人間にはカウントされないだろ。あれを殺したのなら、君は英雄扱いされてもおかしくはない」
「それもどうかと思うけど」
「そういうものだよ。人間っていうものは、見たいものしか見えないようにできてるんだ。都合のいい生き物だよ」
グレイはそう言って、ただ笑う。
鏡の中で見た時のような、意味深な笑みではない。本当に楽しげな笑み。
何だか調子が狂う。
「そう言えば」
わたしは、ずっとポケットに入れておいた物を取り出してテーブルの上に置いた。「これ、どうしたの?」
司法局に連れてこられてから気づいた。捜査官による身体検査を受けた時に、服のポケットに入っていたもの。
髪飾りだ。繊細な細工のもので、結構な値段がしそうだと思って気になっていた。だから、グレイに訊きたかったのだ。
すると、グレイはそれを一瞥して、事もなげに言う。
「ああ、それは貢物。髪の毛が伸びたら使うといいよ」
「貢物って」
「君は美少女だからね、男を騙すのは簡単だった」
「騙すって」
わたしはつい、椅子から立ち上がって大きな声を上げた。「ちょっとグレイ、わたしの身体を使って何をしてたの!?」
グレイは片眉を跳ね上げて笑う。その余裕たっぷりの笑顔が憎らしくてたまらなかった。




