殺人鬼の師匠
それは……。
「どうかな」
わたしは首を傾げた。
っていうか、年下の女の子にこんなこと言われていることこそどうなんだ。
「でも、強くあろうとしてる」
わたしは言った。「特に、こんな状態だから余計にそう思うよ」
「解ります。でも、潰れる時は呆気なく潰れるんです。だから、周りを頼ったほうがいいです」
ふと、彼女はわたしのカウンセリング内容を聞いているのかもしれない、と思った。
わたしが殺害現場を見たかもしれない、ということ。そのショックで記憶をなくしているかもしれないこと。
まあ、知っているのはおかしくない。だって、こう見えても捜査官なんだから。
「頼るよ」
わたしは苦笑した。「頼るし、利用できるものは利用する。それがわたしだもの」
「それならいいですけど」
彼女はパンプキンパイにフォークを突き刺した。もぐもぐと口を動かし、にこにこ笑う。
「これ、美味しいですよお」
空気読まないな、エリザベス。
わたしが沈黙したままのクレアをそっと盗み見ると、彼女は何やら考え込んでいた。そして、わたしの視線に気がついて小さく言った。
「そういえば、昔からそうでしたね。秘密主義」
「は?」
「お嬢さまは暴走して墓穴を掘るのがお得意なのですから、たまには墓穴を掘る前に立ち止まってください」
「掘らないよ」
「どうだか」
クレアは視線をエリザベスに移して続けた。「カウンセリングの結果って、わたしも聞けます?」
「ちょっとクレア」
「うちのお嬢さまは信用できませんから、マチルダさまや局長代理さんとやらに聞けませんか?」
「信用しなさい。長い付き合いなんだから」
すると、冷ややかな視線が飛んできた。何よそれ。
「マチルダお姉さまとエドガーは一緒にお仕事です」
エリザベスはパンプキンパイを食べ終わり、カフェオレをいつの間にか厨房のカウンターから取ってきていた。ずずず、と啜りながら椅子に深く座ってにこにこ。
「後で訊いておきますね。シド……いえ、局長代理は書類整理で疲れていて、我々の相手をしてくれないので、やっぱり訊くならマチルダお姉さまです」
「なるほど」
わたしはエリザベスの笑顔を見ながら唸る。
読めない。この娘、本心が読めない!
とりあえずわたしは頭を掻きながら話を逸らした。
「お姉さまって呼んでるけど、あまり似てないね」
「あ、姉妹じゃないですから!」
エリザベスが慌てたように目を見開いた。「マチルダお姉さまは恩人です。ただ、わたしが勝手にお姉さまと呼んでるだけ。面倒見いいから、きっと助けてくれますよお」
「恩人?」
わたしとクレアが同時に首を傾げた。
「司法局の上層部のかたに、魔法取締捜査官へどうかと推薦してくれたのはお姉さまですから。裏口入学みたいなもん?」
「おいおい」
わたしが眉を顰めると、エリザベスは「冗談です冗談!」と、手をひらひらと振る。
「じゃ、午後はどうします?」
エリザベスはわざとらしく話を逸らす。
わたしは少しだけ彼女を無言で見つめた後、短く言った。
「図書室にいきたい」
その日の午後は、ただ図書室でだらだらして終わった。
とにかく司法局の図書室は広かったし、読書好きなら当分は退屈しないだろう。
机や椅子は読書向きに作られているのか、少しだけ高さは低めだ。わたしは適当に本棚から本を引っ張り出して、椅子に座る。
それから、もう一度図書室を見回した。広いから人影は少なく感じる。でも、捜査官らしき人たちも確かにいる。
普通の書籍も多いけれど、やっぱり専門書が多いかな。一部、閲覧不可のコーナーもある。 そういう場所にあるのは、大抵は魔法書らしい。捜査官たちの姿は、どちらかというとそういう棚の前に多かった。
「そういえば」
わたしは近くの椅子に座ってうつらうつらしていたエリザベスに声をかけた。お腹いっぱいになって、眠いらしい。
「魔法書には、人格転移の魔法も載ってる? そうしたら、無理矢理またわたしとグレイの身体を入れ替えることができない?」
「あー」
エリザベスの瞼が眠そうに閉じられる。「あれは禁呪だから、魔法書には記載されてません」
「え、あんなにたくさんあるのに? どれにも載ってないの?」
「はい、全部読みましたけどなかったですよぉ……」
エリザベスは目を擦りながら小さく呟く。
寝るなよ、起きろ。
いや、むしろ眠気に負けて全部知ってることを喋れ!
っていうか、全部読んだのか! ここの本を!?
「禁呪は、口頭で伝承されるだけです。人格転移は知られちゃいけない魔法だからですからねえ」
「何で?」
「んー……」
エリザベスは何とか目を開き、わたしを見つめる。「だって、人間の純粋な欲望じゃありませんか? 永遠の命ってやつ」
「ん?」
「人格転移の魔法が使えるなら、自分が年老いたら新しい肉体に乗り換え続けていけば、何百年でも生きていけるじゃないですかぁ」
「ああ……」
そういうことか。限りなく不死に近いんだ。事故とかに遭わなければ、ずっと長生きできる。
って、乗り換えられたほうは不幸じゃないか。
若い肉体を持っていたのに、気がついたら老人になっていた……なんてことになるんだ。
「だから禁呪なんです」
エリザベスはまた目を閉じた。
寝るな。
「じゃあ、何でグレイはその禁呪を使えたんだろう?」
わたしが訊くと、彼女は小さく応えた。
「それは我々も意外でしたけど……シドは言ってましたよ。グレイの師匠が知ってたんだろうって。お気に入りの弟子だから、教えてた……のかなあって」
「グレイの師匠? 魔法使いってこと?」
「はい。かなり悪質な師匠らしいです。わたしはよく知らないですけど」
「ふうん」
だったら、その師匠ならわたしとグレイの肉体を入れ替えることができるわけだ。「その師匠はどこにいるの?」
重ねてそう訊いたけれど、その時にはすでにエリザベスは椅子の上で眠り込んでいた。
ちっ。後少しだったのに!
「何か企んでます?」
隣から静かな声が飛んできた。見ればクレアが明らかに疑いの眼差しをわたしに向けている。
「ただの情報収集」
わたしはニヤリと笑う。
クレアが呆れたようにため息をついた。
その日の夜、わたしは局長室に呼び出された。
マチルダがわたしだけを呼びにきて、先に立って歩く。
局長室に入ると、渋い表情の局長代理と、その前に立ってうなだれているエリザベス。
何かあったのかな、と考えながらエリザベスの脇に立つと、局長代理が口を開いた。
「うちの馬鹿が何か君に教えたようだが」
「はい?」
わたしはこっそり横目でエリザベスを見る。彼女は強張った笑みを浮かべつつ、冷や汗をかいていた。
「あまり詳しくは聞いてないですが」
わたしはしれっと言ってみた。
「ほほう」
局長代理が目を細めた。
「『シドは言ってましたよ。グレイの師匠が知ってたんだろうって。お気に入りの弟子だから、教えてた……』って……」
と、エリザベスが虚ろな目のまま言って。「すみませんすみません、つい眠くて」
わたしは局長代理――シドとやらが口を開く前に言った。
「眠くて意識が怪しい時につけ込んで訊いてみました。美形って得ですね」
わざと満面の笑みを作ってやると、シドが深いため息をつく。
「庇わなくていい。お前は始末書な」
と、後半はエリザベスに言葉が投げつけられた。エリザベスはしょんぼりと肩を落としていたが、少しだけ安堵したようだった。
「それだけでいいんですかぁ?」
「……何か追加して欲しいか」
「いえ、全然! 始末書大好きです!」
「やっぱり馬鹿だな」
シドは頭を抱え、疲れたようにわたしを見る。「で、君はどう考える?」
「その師匠とやらに会いたいです」
わたしがさらに笑顔を作る。
「却下、無理だ」
「何故です?」
「我々には会う権限がない」
「権限?」
そこでわたしの顔から笑みが消えた。どんな立場の人間なんだか。
「とにかく、会えない。さらに、会えば厄介なことになる」
「どういうことですか?」
「子供のグレイを拾って立派な連続殺人鬼に育てあげたやつだぞ? お前みたいな世間知らずなど誑かすのは簡単だ」
「世間知らず……」
酷い言いようだけど、まあ、事実なんだろう。
じゃあ、どうすれば?
わたしはただ黙ってシドを見つめた。




