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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第七章 始まりの場所、終わりの場所

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清い水

 その後の展開は、ただわたしは見守ることしかできなかった。

 騒然とする屋敷。レティシアの最初の工房とやらは、司法局の人間によって捜査の手が入り、グレイ・スターリングの遺体もその場から運び出された。

 局長や他の皆からも、ここで何があったのか色々と質問を受けながらその様子を観察していた。質問に応えるのはほとんどがわたしで、グレイはただ立っているだけだ。でも、ずっと緊張しているらしい彼の気配を感じつつ、少しだけ不安を覚えたのも確かだった。


「そろそろここを閉鎖して撤収しよう」

 局長が他の皆にそう言っているのが聞こえた。「時間も時間だし、また明日でいいだろう」

 部屋の中には、レティシアの研究に関するものが色々ありすぎる。これを全部調べていたり、運び出したりするのは時間がかかるだろう。

 捜査官たちの表情は、いくらこういったもの――『人形』のようなものを見慣れているとはいえ、疲れているようだったし、局長のその言葉にほっとしたように笑う人たちの姿もあった。

「あれはどうするんですか?」

 局長のそばに歩み寄った神官長が、そう小声で訊いたのも聞こえた。

 あれ。

 そう言った後でちらりと視線をグレイへ向けてきた神官長は、完全な無表情だった。

「一度逃げられたわけですが、これからも司法局に監禁しておくことは可能なんですか?」

「逃げ出したのはあのねーちゃんだからな」

 局長が大雑把な笑みを浮かべて応えている。「ま、この後には人格鑑定やら色々やることはあるが、グレイ・スターリングが中身なら多少は扱いやすいだろう」

「しかし、あなたがたにあの魔力の持ち主を管理することはできるのですか?」

「んー?」

 局長が目を細める。「神殿の方々なら、管理できるとでも言いたいようですなあ」

 そこで、彼らの会話を聴いていたグレイが失笑したのが解った。

 失笑というより、諦めに近い笑み。

 わたしはそっと彼の手を掴む。拘束魔法で両手首がつながれているような状況だから、ぎこちない動きではあったけれど。

「大丈夫?」

 わたしがそう小さく訊くと、彼は直立不動のまま応えた。

「ああ」

「本当に?」

「僕は決定されたことに従うだけだしね。主人がレティシアから司法局になるか神殿になるか、それだけの違いだよ」

 わたしがその声に含まれた感情を読み解こうとしていると、局長がにこやかな口調のまま神官長に話しかけているのが聞こえて、わたしの思考が停止した。

「報告書を読みましてなあ。神官長殿、あなたはグレイ・スターリングに関わったことがおありだ。今は行方不明となった局次長からの協力要請があったようで」

「……ええ、協力させていただきました」

「それまで、記憶を失ったせいで借りてきた猫のようにおとなしかったグレイ・スターリングが、あなたの記憶操作魔法のせいで殺人者になったことも報告書に書かれてましたわー」

「それは、結果的にそうなっただけで」

「そうでしょうそうでしょう! あなたは悪気がなかったわけですから、あなたの魔法が失敗したせいで何の罪もない人間が死ぬことになったのも、あなたには罪のないことですわな。元はといえば、協力要請した局次長がいけないわけですし! しかも、局次長はその事実をうまーく誤魔化して、もともとグレイ・スターリングの人間性に問題があり、殺人者としての素養があったらしいとも報告書には書いてありましたし! 大丈夫大丈夫、あなたのせいではありませんから!」

「……嫌味ですか」

「ええ、嫌味ですよ」

 局長の笑みは崩れない。

 しかし、さすがに神官長の表情には不快感が現れていた。ここまで明確な皮肉を言われて平静ではいられなくなったらしい。

 そこで、局長は少しだけ表情を和らげた。

「私が神殿に通って、シャーラ殿と接触していることを見逃してくれたことには感謝してますがね。それとこれとは話が別なんですわ。私にも、北部局長としての立場がありますのでね」

「立場があるとおっしゃるなら」

 神官長が冷ややかに言った。「そろそろ、私にも限界があるのです。あなたの神殿通いも、私が神殿長に上手く理由をつけて話しているから、あなたの立場というものも……」

「ああ、守ってやってるんだから恩を感じろと?」

「そうは言ってません」

「言ってるじゃねえか」

 局長はそこで唇を歪めるようにして吐き出した。「あんたは難しい人だねえ」


「シャーラ殿」

 局長がふと優しい笑みを浮かべ、シャーラへと向き直った。「ご迷惑をおかけしました。私の治療、そして捜査協力のために神殿に通い、かなりの寄付金を神殿に納めさせていただいたのですが、そろそろ問題が大きくなってきたようで」

「いいえ」

 局長の言葉に何か感じたのか、シャーラは神妙な顔つきで小さく応えた。

「色々誤解されても厄介ですので、そろそろ私は司法局に引っこみますわ。先ほど、こちらの美少女が言っていた通り、巫女様は恋愛も結婚も許されていない。あなたは私になど何の興味も持っておらず、ただこちらの依頼により捜査に協力してくださっただけ。寄付金の金額に応じて、私の病気を治してくださっただけ。それなのに、色々余計な疑念を抱かれてしまうのはシャーラ殿もお困りでしょうな」

「いいえ」

「何しろ、私はこんな性格ですし、いい加減な発言も多い。誤解されるのもいつものことですが、それでシャーラ殿にまでご迷惑をおかけしてしまったこと、心より謝罪いたします」

「いいえ」

 シャーラはそこで目を伏せた。「こちらも誤解を招くような行動をしてしまいまして、申し訳ありませんでした」

 そんな彼女を見つめた後、局長は辺りを見回してからグレイに笑いかけた。

「さて少年、いや、そこの美女。君はまた中央の隔離室に戻ってもらおうかね。事情聴取は明日から始めるとしよう。もう、夜も遅いんでね」

 グレイは一瞬遅れて顔を上げた。そして、僅かな沈黙の後、小さく頷いて見せる。それを確認した後、局長はわたしに向き直った。

「エアリアル君も、人格鑑定が終わるまで司法局に監禁かねえ。ご両親には連絡しておくが、しばらく我慢してくれるかな?」

「はい」

 そして、局長は他の地方局長たちのそばに歩いていってしまった。

 神官長にも、そしてシャーラにも、もう視線は向けることはなかった。


「うちの局長も何だか複雑ですよねぇ」

 わたしのそばに近寄ってきたエリザベスが、こっそり囁いてきた。「それはさておき、後で色々聞かせてください」

「……うん」

 わたしの視線は局長の背中に向いたままだった。

 局長が他の地方局長たちとの会話を切り上げた辺りで、シドが局長のそばへと近寄る。そして、何事か小声で話し合っていた。それから、局長はわたしとグレイへと顔を向け、大きな声を上げた。

「撤収だ撤収!」

 わたしはグレイの手を握ったまま、局長のほうへと歩き出した。

「……悪いね」

 グレイが小さく呟いたのが聞こえた。わたしはこっそりと笑う。

「後で、わたしたちも色々話そう。訊きたいことがたくさんあるもの」

「会話が許されるならね」

 グレイは苦笑を返してきた。


「清い水に魚は住まないって言うだろ」

 わたしとグレイを引き連れて、局長がその部屋を出ようとした時に話しかけてきた。「清濁併せ呑むとも言うが……彼にはそれが解らないのかもしれんな」

「あの……シャーラ様とは、その」

 わたしは周りを気にしつつ、局長に問いかけてみる。すると、局長は片眉を跳ね上げて意味深に笑う。

「脅しの材料に使われるようになったら終わりってもんだ」

「終わり……」

「そ、終わり」

 局長はそこで肩をすくめた。「結構呆気なくやってくるもんだね。そう思わんか?」

「そう、ですね」

 わたしは複雑な思いを胸に抱えたまま頷いた。そこで、歩きながら後ろに気配を感じて振り向くと、シドが気難しげな表情で後をついてきていた。

「心配事が減ったろ、息子よ」

 局長が振り返らずに言った。胸を張って歩く局長は、いつもと変わらないようでいて、どこか違う。シドは目を細めたものの、何も言わずにため息をつくだけだった。


 その後、わたしたちが連れていかれたのは中央魔法司法局だった。

 グレイは隔離室に連れていかれ、わたしはおそらく……拘置所とは呼べそうにない、普通の部屋へと案内された。捜査官が仮眠をとるためのような部屋で、質素ではあるけれども犯罪者が寝泊まりするような場所ではない。

 エリザベスが見張りという名目で一緒にいてくれたせいか、わたしは他の捜査官から奇異の目を向けられることもなく、平穏な夜を与えられた。

 そして、ベッドに横になって思う。

 グレイはこれから、どうなるのだろうか、と。

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