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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第一章 人格転移で右往左往

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暗闇の中で

「……痛い」

 わたしはガンガンする頭を押さえながらゆっくりと起き上がった。

 何だろう、関節がミシミシいう。身体中が痛い。

 ええと、一体、どうしたっけ?

 目を見開いても辺りは暗い。夜だから?

 でも、わたしの部屋にはいつもランプがある。寝ているときだって、小さな明かりを灯して寝る癖がある。だから、こんなに暗いなんておかしい。

 しかも、起き上がってから気づく。わたし、床に寝てた?

 暗闇の中に手を伸ばすと、木でできた床に指先が当たる。

 木の床?

 わたしは眉を顰めた。

 我がお屋敷にこんな床があったっけ?

 自慢じゃないけど我がオーガスティン家は裕福そのもの。全ての部屋にふかふかの絨毯が敷いてある。こんな床、どこにあったっけ。

 とにかく、明かりはどこ? 暗すぎて何も見えない。

 わたしはぐらぐらする頭を抱えながら立ち上がる。ああ、貧血? 眩暈が酷い。

 少し歩くと、何か家具のようなものにぶつかった。そして、その家具を避けて横に移動すると、テーブルらしきものが腰に当たる。

 ガラスでできた何かが当たって、耳障りな音を立てる。そのテーブルの上に手を伸ばすと、ランプらしきもの。さらに手探りでマッチを見つけ出すと、わたしはそれに火をつけた。

 途端にオレンジ色の明かりが辺りを照らし出した。

 何、ここ?

 わたしはぽかんとして辺りを見回した。

 飾り気のない戸棚。何だかよく解らない器具が並んでいる。

 それに、たくさんの薬品の入った瓶。綺麗に畳まれた白い布。シーツか何か?

 見たことのない場所。

 何で、わたしはこんなところにいるの?

 そして、さらに見回すと奇妙なものがあった。

 家具か何かに、白い布がかけられている。ただ、その形は家具というか……。

 わたしはランプを左手に持ち替えると、その布に手をかけた。そして、ゆっくりと引っ張る。

 するする、と布の擦れる音が響く。


 思わず、悲鳴を上げそうになった。

 そこにあったのは、等身大の人形だった。真っ白な肌を持つ美少女の。流れる黒髪、すっと通った鼻筋、長い睫毛。

 凄い。

 何てリアルなんだろう。

 わたしは恐る恐る人形の頬に触れた。冷たい。

 でも。

 わたしは後ずさった。

 これ、本当に人形?

 シンプルなドレスに身を包んだ少女。それはまるで本物の人間のようで。

 何だか急に怖くなってきた。足元が震える。

 後ずさりながら辺りを見回すと、テーブルの横の床に棺のようなものが見えた。

 ちょっと待って。

 落ち着くにはどうしたらいいんだっけ。数字を数える?

 一、二、さ……。

 布を被った何かが他にもある。わたしは身体を強ばらせて辺りを観察する。

 人形の数?

 さっきのを入れて、一、二、三……。

 人形じゃなくて、幽霊とかだったら? 死体と考えるよりマシ……死体だったらどうしよう!

 っていうか、これ現実!?

 夢を見てるんじゃないの!?

 だいたいわたし、どこにいるのよ?

 さっきまで何をしてた? 考えよう。

 そう、わたしはお母さまたちと学園祭に行って、レイチェルの舞台劇を見て――。

 帰り際。

 クレアが馬車を呼んでくるとかいって、お母さまとお父さまが学園長に挨拶を……。

 そして、わたしは誰かに背後から殴られた、ような。


 わたしは慌てて自分の後頭部に手をやった。怪我をしてないか確認するためだったけど。

 嘘!

 わたしの髪!

 長くて背中まであったはずの髪の毛がない!

 掻き上げると指先から短い髪の毛がすり抜けていく。

 嘘でしょう、切られた?

 あんなに気合い入れて伸ばした髪の毛。自慢の輝く金髪。

 そして、わたしは壁に鏡がかけられていることに気づいた。

 鏡。わたしの髪の毛は……と、泣きたくなりながらもそれを覗いた時。


 わたしは身を強ばらせた。


「……誰?」

 そう呟いた声は、わたしの声じゃなかった。

 わたしの声より低い。

 鏡の中にいる顔は、わたしのものじゃなかった。

 金髪で、年齢は同じくらい。十四歳か十五歳くらいだろう。

 淡い水色の瞳。切れ長の目。色の薄い唇。一度見たら忘れられなくなるくらいの美形。

 でも、間違いなく男性だった。

「何よ、これ……」

 わたしの呼吸が乱れる。

 絶対、これは夢だ。

 だって、有り得ない。

 わたしが鏡を見つめたまま固まっていると、急に知らない声が辺りに響いた。


「グレイ・スターリング。あなたにしては珍しい失敗よね」

 若い女性の声だった。

 凛として響いたそれは、酷く冷やかでもあった。

「でも、失敗に感謝するわ。ここはもう閉鎖したから逃げられないわよ」

 突然、降ってわいたかのようにこの部屋に姿を現した彼女。

 身動きしやすそうな、黒い服に身を包んだその人は、知的な顔立ちをしていた。短い銀髪で、年齢は二十代半ばくらい。高圧的な視線をこちらに投げ、冷笑した。

「一応、形式は大切にするわね」

 彼女はそう言いながら、自分の左腕を覆っていた服の袖を捲り上げる。すると、青白く輝く紋章が現れた。

「ここは魔法の使用禁止区域である。それ以前に、お前は魔法使いとしての免許を永久剥奪されている。その上で、不正に使用して人間に危害を与えた罪で、中央魔法司法局より逮捕状が出ている。さて、反論は?」

「え……」

 わたしがうろたえて彼女を見つめていると、突然、何か凄まじい力に押さえつけられて床に倒れ込んだ。

 まるで、身体中を縛り付けられているかのような、圧迫感。

 たまらず小さく悲鳴を上げた。

「殺してやりたいくらいだな」

 俯せに倒れ込んだわたしの背中を、誰かが踏みつけていた。顔は見えないけれど、若い男性だ。

「エドガー、怪我をさせたらこっちが罰則くらうのよ」

 呆れたように目の前にいる女性がため息をついた。しかし、エドガーと呼ばれた男性は気にした様子もなく、踏みつける足に力を入れた。

 覚えてなさいよ、わたしだってチャンスがあれば踏み返してやる!

 と、内心では毒づきつつも、不安に駆られていた。

 だって、あの腕にあった紋章。実際に本物を見たのは初めてだけど、誰もが知ってる。

 あれは、魔法取締捜査官の印。

 司法局のエリート。

 そんな彼らが何でわたしの――、いや、『わたし』を逮捕するわけじゃない。きっと、わたしのこの顔の少年を追ってきたんだ。

「待って……」

 わたしは必死に口を開いた。わたしはあなたたちの追ってる人間じゃない。

 そう言おうとした時。

 部屋の隅にあった扉がバタンと開き、十歳くらいの少女が入ってきた。

 栗色の真っ直ぐな髪の毛を揺らし、息を切らせながら言う。

「マチルダお姉さま! 使用された魔法の分析結果が出たんです!」

 彼女は床に倒れているわたしに目をやり、困ったように眉根を寄せる。「人格転移の魔法だって……その……」

「人格転移?」

 マチルダと呼ばれた女性が低く呟いた。その横で、幼い少女も左腕の服の袖を捲り上げてわたしに見せてきた。

「あ、わたしも捜査官です。よろしくお願いします」

 と、ぴょこんと頭を下げる、という仕草つきで。

「人格転移の魔法は禁呪でしょう。グレイが使えるなんて聞いてな――」

 ふと、そう言いかけたマチルダの台詞が途中で消えた。

 僅かな沈黙。

「……名乗りなさい」

 マチルダが嫌そうな口調で言った。

 わたしは床に張り付いたままの格好で応えた。

「エアリアル・オーガスティン、です」

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