その運命まであと少し
「ああ~おかえり杞憂~」
玄関の扉をそっと開けると、扉の上に付けられたベルがちりんちりんと音を立てて揺れる。その音に気付き、母さんがリビングから呑気な顔をしてとことことやってきた。がしかし、自分の顔を見るなりふっと不安そうな表情をする。
「杞憂……どうしちゃったの?なんとなくだけど、元気なさそうね~」
「……お、おう」
「あ、こら~スカートくしゃくしゃだよ~~またどこかではしゃいできたんでしょう?ちゃんとハンガーにかけておくのよ~。クリーニング出すときに恥ずかしいでしょう~?」
「うん……」
ぶっちゃけ、ここまでの会話はほぼ頭には入ってきていない。耳にすら入ってない。聞き流すどころか見えない耳栓でさえぎられているようだ。今はあまり母と話していたくなかったので早足で階段へ向かい自分の部屋に逃げようとする。途中、リビングに置いてあるテレビから夕方のニュース番組の音声が流れてきて、一瞬だけ足を止めた。男性のニュースキャスターが中継先から早口で伝えているその内容が、内容だったから。
『……えーこちら、現場には依然、煙を上げ無残な姿になったトラックが残されたままです。……あっはい、新たに入りました情報によりますと、運転手はその後病院へと運ばれましたが大きな怪我はなく、意識もはっきりしているとのことです。えー幸い、事故当時は周りに人影は無く、今回の事故でけが人は出ていないということで……』
最後まで聞き終わる前に階段を上り自室のドアを閉めた。しばらくその場で動けないまま、ふと我に返りゆるゆると歩くと力なくベッドに倒れこんだ。うつぶせのまま倒れてしまったので、1分も経たないうちに息が苦しくなった。ごろんと寝転び仰向けになると「ぶへぁああ」と息を吐き呼吸を整えると同時に、ついさっきまで自分に起こっていた事も整理しようと瞼を開き何もない天井を見つめる。
『……………………』
目の痛くなるような真っ赤な髪の毛がふわりふわりと視界に漂う。相変わらずむっとした顔を崩さないノイズが、黙ったままこちらを見ていた。
「ねえ」
『ん?』
「ねぇあのさ~~色々と考えたい時に目の前にこないでくれる~~!?ただでさえ心臓がばくばくしてるってのに、ノイズ見てたら余計動機が激しくなるぅ!!」
『心臓が、ばくばく……?杞憂、お前の現在の心臓の動きにはそんな大きな変動は見られないぞ……。勘違いかなにかだろう。それに、いまさら私の姿を見て動機が激しくなるとはどういうことだ?そもそもこれはお前が創り出した姿だろう』
「だぁらなおさらってんのよ!んもお!」
わあっと顔を両手で覆い、自分は再びごろんと転がりうつぶせの状態になる。視界が暗い方が考え事なんかも進むものだ……。
ほんの数十分前の出来事が、鮮明に脳裏に浮かび上がる。
***********
「きゆうううっ!!!」
絵梨香の叫び声が聞こえる。
金切り音を響かせながらトラックが突っ込んできたあの時、子猫を抱きかかえたままあえなく死んでしまったと思われた自分は、なぜかまだこの世に留まっていた。エアバックの作動したトラックは自分の目の前で突然何かに進路を変えられたかのように自分の左側へと逸れ、そのまま電柱に追突。もちろんフロントガラスはバラバラ、半分はべこんとへこんでしまい見るも恐ろしい姿へと変貌してしまった。
黒々としたそのタイヤ痕を見る限りでは相当なスピードで突っ込んできたのだろうし、そしてそのタイヤ痕をぐにゃりと曲げるくらいにトラックに力をかけられる、そんな人間離れした力は自分は持っていない、と思う、ので、じゃあ一体これは何の仕業?と思いふと上を見上げたら。
なんとびっくり、そこにはあの画伯杞憂が描いた落書きがいるではありませんか!
体中に纏うはどす黒く、悪の瘴気のようなオーラ。お化けのような下半身、そのひらひらした布の中からはこれまたどす黒く、どのくらいの重さがあるのだろうと心配になるような鎖の束が、じゃらん、と重たげな金属音を鳴らしながら空中に漂っている。ああ、あの鎖でトラックをなぎ払ったのだろう、となんとなく思った自分は、口から言葉がうまく出ずにぺたんと座り込んだままでいた。
やがてふわりとその落書きが振り向き、頭にこつんと拳をお見舞いしてきた。
『殴れるものなら、と言ったな。周りの状況を見ずに突っ走るからこうなる。今の私なら、杞憂を殴る権利はいくらでもある。あとで絵梨香にしっかり謝るんだぞ』
確か、そんなようなことを言っていたような気がする。あまりの急展開に自分の脳みそは既にオーバーヒート寸前だったので、あまり内容は入ってきていなかった。
その代わり、その時その落書きが見せたあの皮肉めいた笑みだけは、これから先絶対忘れることはないだろう。と、そう思った。
***********
……と、ここまでが先ほど自分自身に起こった世にも奇妙な物語である。
「まったく意味がわからないよ!」
バッと勢いよく顔を上げた自分はわあっと声を大にして叫ぶ。
「なになに?自分が小さい頃からずっと聞いてきた謎の声が?自分が子供の頃適当に想像してた姿になって自分を死の淵から守ってくれた?誰が信じるんだこんな話!!」
『まあ誰も信じないだろうな』
「まず自分が信じられん!!」
『杞憂落ち着け、あまりに大きな声を出すと』
ノイズがそう言い終わる前に、部屋の扉をノックせずばたんと開けた母さんが駆け込んできた。
「杞憂!本当に大丈夫!?一人でそんな大声出して、ついに発狂しだしちゃうの!?悪魔の儀式?何か悪いことの前兆!?」
ハアハア息を切らせながらまくし立てる母さんをぽけんと見て、次いで自分はノイズの方を見て、また母さんの方を見て。向こうも同じように顔を動かしたが、自分が何もないところ(少なくとも相手からしたら何もないところ)を見たときは「?」という顔をした。
「あ、いや、えーーっと……なんだ、とりあえず、自分は大丈夫。だから、母さんも落ち着いて、いったん深呼吸しましょうか」
「いや、そこまで焦ってはいないから大丈夫……」
「なんなんだよう!」
そう言うと自分は額に手をパンッと打ち付ける。母さんはしばらくの間、すうはあすうはあ、と息を軽く整えていたが、やがてふんっと大きく息を吐き、
「本当に、何もないのね?いやなことがあったなら、私にも相談してね?本当に、一人で解決しようとしたらだめなのよ?」
「わあってる、わあってるから!大丈夫!ちょっと叫んだら気分も晴れたよ!母さんはそんな心配することじゃないから!ホントに!さっきから本当本当って言いすぎなんだよ母さんは!」
しつこく構ってくる母をさっさと部屋から追い出し一息つくと、先ほどまで少し遠くにいたはずのノイズが気が付けばすぐ隣に浮いていた。……苦虫を噛み潰したような顔をしながら。
『なんというか……相変わらずだな、お前の母は。良い意味で、とても賑やかだ』
「それは母さんのことをうるさいとそう言っているのかノイズよ」
『そしてお前もそんな良いところをうまく引き継いだわけだな』
「それは自分がうるさいってことですかぁ!?ええそうですともおっしゃる通りでございます!!」
『そもそもお前が大声を出すから心配してきているのだろう……私は一度注意したはずだが?』
「ハイハイすみませんでしたーーっもう今から絶対しゃべってやんないよーーっだ」
ごちゃごちゃと頭の中を巡る思考を落ち着かせるため、自分はついにベッドに突っ伏し、最終手段である睡眠を選んだ。どうせ明日は休みだ。このまま寝てしまってもなんの問題もない。もちろん課題も何もしていないし、そういえばご飯も食べてない。そもそも今何時だ?
あの事故の後、自分は一人ぼけっと地べたに座っているところを絵梨香に発見され、泣きじゃくりながら怒られてこれでもかというほどきつく抱きしめられた。これだけ自分の心配をしてくれる友人がいるとは、本当に自分は幸せ者だとその時は何度も思いきつく抱きしめ返していたのだが、そこで横からノイズが口を挟むもんだから少し感動的だった場面が崩れてしまった(自分の中だけで)。
ノイズは、今回の事故についてはあまり関わりたくないから、なるべく早くにここを離れた方がいいと言った。すぐ近くに救急車やパトカーのサイレンが聞こえてきていたから、しばらくすればここにも一斉に野次馬が集まるだろう。警察から事情聴取されるのも厄介だから、この事故は運転手の居眠り運転で一人で勝手に事故った、他にこの事故に関わった人はいなかった、とそういうことにしようとノイズは言ってきたのだ。なぜ事故に遭ったことを隠そうとするのかと自分が問うと、ただ一言、
『色々とめんどくさいだろう?』
とそう言うだけだった。ノイズ自身、予測していなかった事態に急きょ自分の力をやむなく使ってしまったため、あまりそれについても深く言及されたくないと思ったのだろう。自分や絵梨香にテレビ関係者からの質問の雨嵐が吹き荒ぶことは目に見えていたし、確かにそれはめんどくさいなーとおぼろげに考えた自分は未だ状況を理解できていない絵梨香の手を引き、さっさと事故現場を後にしてきたのである。
そんなだから、時間も何も気にする暇もなかったため、お腹もすいていなかった。絵梨香は無事に家に送り届けられたが、大丈夫だろうか?うっかり他人にこの事を話すな、とは一応念を押しておいた。まあ絵梨香なら歩きながら落ち着きを取り戻せていたし、何かない限りは秘密にしておいてくれるだろうとは思うけど。あとでもう一度メールしておこう。
『……杞憂、母が呼んでいるぞ。夕食ができたみたいだが……杞憂?お前本当にこのまましゃべらないつもりか?』
「ねる」
ぼそ、とぶっきらぼうに放った言葉は枕に顔をうずめていたせいでくぐもってしまいあまり響かなかった。しかし、ノイズはそれを聞くと小さくため息をつき、『そうか』と返事をしてそれっきり話しかけてはこなくなった。
自分は気づかないうちに意識を睡魔に託していたようだ。様子を見に部屋に来た母さんが布団をかけてくれていたというのは、次の日の昼に初めて知ることとなった。
朝は基本、誰も起こしにこないとずっと寝ている。一人暮らしなんて一生できないんじゃないかとうつらうつら思いながら眠い目をこすると、壁にかけているデジタル時計はすでに12時過ぎをお知らせしていた。まだよく働かない脳みそを起こすようにぶんぶんと顔を振る。少しズキズキするが問題はないだろう。
のろのろと起き上がりのろのろと階段を下りる。リビングにあるテーブルの上には簡単なメモ書きが残されていて、その他には何もなかったし誰もいなかった。『親戚の家に行きます。何かあったら連絡ください』と、今度こそ真面目な字で書いてあったから、今回は少し真面目な話でもしてくるのだろうか。帰りはあまり遅くならないでほしいものだ。
冷蔵庫へと歩き何か飲もうかと取っ手に手をかけたとき、横から突然ガシャンという大きな音が聞こえ、思わずびくびくっと肩を大きく動かしてしまった。音の正体はノイズの重苦しそうな鎖だった。
『……杞憂、今日はこいつの調子がいまいちおかしい。さっきからお前を見てて思ったが、どうやら体調はあまりよくないみたいだな』
ノイズはそう言うと、ふわふわとした手先の見えない大きな袖口から垂れる赤黒い鎖をガシャガシャと揺らした。気のせいか、鎖がところどころ欠けているように見える。
「……そりゃあ昨日はいろんなことがあったから……疲れもしますさ。いやホント今日が休みでよかった。なんか体だるいもん。外はせっかくの晴天だってのに、至極残念だなぁ」
『とても残念という顔には見えないな。どちらかというと、疲れ切って生気のない顔をしている』
「一応ノイズのせいでもあるんだよねぇ……」
たまたま運よく残っていたペットボトルのスポーツドリンクを一気飲みし、小さなパンを一つだけ食べると、自分はソファーにぼすっと倒れこんだ。色々な感情を込めた大きなため息までも覇気がないように感じる。これは相当重症かもしれない。うとうとしかけていた自分はふと絵梨香へ連絡しようとしていたことを思い出し、ゆっくりとした手つきで携帯を操作した。ショートメールアプリを開き絵梨香の宛先を探す。特に細かく書くこともなく、簡単な文章を打ち込む。
「絵梨香起きてる?昨日のこと、誰にも言ってないだろうね?親にも言っちゃだめなんだぞー。今なにしてる?」
我ながら馬鹿っぽい文章であることには気づいていたが直すこともめんどくさく感じたのでそのままにしておいた。返事がくるまでしばらく寝るかと思っていた矢先、携帯が手の中でぶるるっと震えた。
「返事はやい……起きてたのかよ絵梨香……」
『そりゃあ杞憂とは違うだろうからな。彼女は真面目だ。おそらく昨日のことは誰にも言っていないだろうし、きっと休日だからといって寝過ごすこともないのだろう。あくまで私の勝手な推測だが』
「なんでそんなことわかるの?もしかしたら絵梨香だってついさっき起きたばかりかもしれないしSNS上で『やばい体験した!』みたいなこと拡散してるかもしれないのに」
ぶつぶつと文句を言いながらその返信内容を見た自分は、ぽかーんと口を半開きの状態にしたままその文章を読んだ。
「起きてるって、私は杞憂と違って真面目だもん。いつも通りの時間に起きてました!それに、昨日のことだって、家族にも話してないよ。自分でもまだ全然実感わかない。あのときは杞憂が死んじゃうのかと思ってすごくびっくりした。今でも夢だったんじゃないか……って不思議に思うよ」
書いてあること大体がノイズの言ったこととほぼ同じで、自分はごくりと唾を飲み込むと改めてノイズの方を向いて言った。
「……やっぱ、ノイズと絵梨香って似てるよ」
『そうか、やはり私の読みは間違っていなかったか。……流石、絵梨香だ』
「おお……ノイズが初めて絵梨香を名前で呼んだ……?んだけども、肝心の最後の質問のお返事が」
言い終わる前に、ぶるると再度震えた携帯をふと見ると、追加で絵梨香からの返信が届く。
「それで、今何してるもなにも、私は4日後に模擬試験控えてるの!今それの勉強必死になってやってるからよほどのことがない限りはメールは控えめにして!ごめんだけどお願い!」
さすがにこれには自分とノイズ二人が驚きの表情を隠さずにいた。
「マジかよ絵梨香メンタル強すぎ……友人が死にかけてたけど試験勉強してやがる……」
『杞憂も、少しは見習ったらどうだ……?』
「いやあ無理疲れましたもうねますおやすみ」
自分はそこで無理に会話を切って今度こそ目を閉じた。久しぶりに、深い眠りにつけたような気がする。
***********
あれからまた何週間か経って、気が付けば9月はとっくのとうに過ぎていた。10月の半ば、寒さも一気に増して衣替えの時期になり、冬服姿の生徒が目立つようになった。
絵梨香と杞憂は、今日もいつもの道を歩いて帰り、いつもの駅で別れ、いつも通りの一日を終わらせた。家に帰った杞憂は母の作った夕食を食べ、風呂に入り、自室に行き就寝準備を始めた。もう寝るのか、と私が聞くと、彼女はまだ寝るわけないじゃん、とそう言った。
「布団をかぶっただけで寝るとは限らないぞー!あったかくしてからお絵かきするのだ!……途中で寝落ちしなきゃいいけどねー」
そういうと今日も授業中にこっそりと開いていた小さなスケッチブックを取り出し、何やら色々描き始めた。どうやら描いているのは絵ではなく文字のようだ。
何を書いているのかと聞くと、「んん?ま、ちょっとねー」と軽くはぐらかしたような言い方をする。私は知っている。ここで何も聞かずにそうか、と一言で終わらせてしまうと、なぜ聞き返してこないと彼女が怒り出すことを。
何か創作のネタになるようなことでも見つけたのか、とあえて深く掘り下げて質問を振ると、予想通り杞憂はこちらを向き、にこーっと笑った。
「うふふ、そうだよう。今日のお昼に絵梨香とも少し話してたんだけど、自分、もうクリトラとかも完結しちゃって話進まなくなってるし。アナザーストーリーくらいしか書くものなくてつまんないしさ」
どこか遠くを見るような目で空を仰ぐ杞憂は、うーんとうなりながらぶつぶつと独り言をつぶやく。
「また何か新しいお話でも考えよう。そうだな……ファンタジー系はもう嫌ってほどあるから、今度は普通の学園ものを書きたいな。メインテーマは、《繋がり》で」
なぜ急に彼女がそんなことを言い出したのか、その時の私には分からなかった。繋がり、という大きなテーマを主体とし、そこからそれぞれの物語を広げていく、最終的には全ての物語が必ずどこかで繋がっている、とまあそんな大がかりな話を考えてみたいとそういうことらしい。杞憂にしては珍しいものだ。普通の学園ものを書きたいだけなら、わざわざそんな凝ったことしなくてもいいのに。ふとそう思った。
「まあこういうのはさあ、設定考えるだけで満足しちゃったりして続かないなんてことにもなりかねないけどさ。色々考えるだけでも楽しいから全然おっけー!」
スケッチブックにはどんどん文字が増える。杞憂は基本、なんとなくキャラクターを生み出してそこから物語を考えるタイプだった。今回も、なんとなく落書きしていたキャラクターを見ながら、どんな感じで話を展開しようかと悩んでいる。
「そうだなーー……普通、普通でしょ?学生でしょ?そうなるとやっぱり友情を描いた話は王道だね!切っても切れない縁で繋がれた友情……そうだ、そうそうこの二人は、自分とノイズをモデルに作ってるんだよ?この金髪の子がノイズがモデル、こっちの暗い赤めの髪の子が自分。こっちの金髪の子は、周りの人には見えなくて、存在を認知されてない設定で……」
少し身を乗り出してそれを見ると、私がモデルだと言ったその「金髪の子」の横に小さく「美涼」と書かれているのが見えた。
「あとは謎の姉妹設定も付け足そう。なんか因縁の仲みたいな?それは別の話で。あとはー……あ、機械、人工知能!AIと人間の悲しい恋の話!……はなんかあれだな、ベタだな。純愛、うーむ恋愛も書いてみたいな。んでも男女じゃ普通すぎるしここは同性にするか。うわ余計難しそう!でも書きがいはあるかな!?AI子はまた別じゃ!」
あの頃と全く変わらない。自らの中で広がっていく世界を純粋に楽しむその様子は、あの頃の彼女と何も変わっていない。なぜかそれに安心した自分がいることに気づいた私は、ふと不思議な気持ちになった。
やがて2ページ半に及ぶ文字列がなんとかまとまりをもって完成した。
【新しい創作】集合体(仮)、全五章、友情、因縁やらなんやら、恋愛、AI子、繋がり
簡単にまとめられたそれを見直して、改めて杞憂は困ったように笑った。
「……これ、なんか全然『普通』じゃなくなっちゃったねぇ」
***********
その日も、何でもない一日が終わるはずで──
11月の初め、日曜日。何も予定のない暇な日だった。自分は駅近くのいつもの商店街で催しているというお祭りに行こうと思い、軽く準備をして一人でそこへと出向いた。朝からなんとなく気分が悪かったのでそれも紛らわそうと思い屋台で買い食いでもしようとそう考えていた。母さんには「夕方までぶらぶらするぜ!」とメールを送っておいた。母さんもまた一日どこかへ出る用事があり、「私も少し遅くなるかも~」と相変わらずのんきな返事が届いていた。
商店街に着き、手当たり次第においしそうな匂いのする屋台へとふらふら寄せられお昼をすますと、あまりにもひどい眠気が襲ってきた。昨日は普通に寝たと思っていたのに、と不思議に思いながら、とりあえずぶらぶらすることをやめると予定より早く家に帰ってきた。
「ねっみーー……昨日寝たじゃん……なぜ?」
ちょうど昼寝の時間だ、と思いソファーに寝っ転がるとそのまま睡魔に任せ仮眠をとった。どうせ夕方になればお腹もすくし目が覚めるだろう。なにかあればノイズが起こしてくれるだろうし……。
そしてそこから二時間後、自分はちゃっかり5時に目が覚めた。目覚めは悪い方なので少し体が重い気がするがすぐ直るだろう。冷蔵庫までふらふらと歩きお茶を一杯飲んだ。そしてまたソファーに戻ろうとして、なにか、今まで体験したことないような感覚に陥った。
(ねむい)
なんだろう。なんとなく、体がいうことをきかない。ソファーに着く前にぱたんと倒れこんでしまった自分は、うつらうつら、まあ誰かにあとで起こしてもらえればいいやと再度思い目を閉じた。次に目が覚める場所が、どこなのかも知らないまま。
***********
杞憂は出かけてすぐに家に帰ると言い出した。マイペースなのは以前からそうだったが、どこか様子がおかしいと思い黙ってついていった。
家に着くとすぐに眠りについてしまった杞憂を見て、私はふと、なんとなく腕を鎖に変えてみた。ガシャンと重たげな音が響くが杞憂は目を覚まさない。眠っているのだから当たり前かとは思うが。
この鎖は音こそ仰々しいものだが、実際、私が操る分には何の重さも感じられない。杞憂がそう言っていた。この鎖に重力は関係ないのだと。
その鎖が、なぜかあまり自由に動かせなかった。錆びつき方もいつもより酷い。この姿を生み出したのは杞憂自身であり、この姿でいるには杞憂自身がこのイメージを保ち続ける必要がある。そういう「意識」をし続けることが大事なのだ。
何か、杞憂の身に起こってるのだろうか?そのあたりの詳しい設定か何かがないのかと思い、リビングのソファーで寝ている杞憂を横目に一度彼女の部屋へ行った。また後で彼女が起きたら改めて聞いてみようか。そんなことを思いながら。
何の手がかりも掴めずふぅと一息ついた私は、時刻が午後5時を回っていることに気づき驚いた。まさかそこまで時間が経っていたとは思わなかった。元々私には時間という概念は無い。一分がどのくらいの長さで、一時間がどのくらいの長さなのかとかはよく分からない。それにしたって外がこんなに暗くなっているというのになぜ気づかなかったのか。……下の階が、静かすぎるせいだ。
あいつはまだ起きていないのか?起きていれば、少なくとも何かアクションを起こすだろうし、その音がなにかしら響くはずだ。何も聞こえてこないのはおかしい。杞憂はそんな静かに行動できる奴ではない。
はぁとため息をつくと、階段を下りるようにふわふわと浮いていった。任意の場所に瞬間移動、なるものもできるが、それは地味に体力を使う。極力使わないようにはしていた。
『杞憂、もうこんな時間で……』
言い終わる前に、先ほどまでソファーの上で寝ていたはずの杞憂が床で寝ているのが見えた。一度起きたのだろうか。それにしたってなんとも怠けている。いくら眠いといったって、せめてソファーに手をかけて寝るとかそこまでは頑張ってほしい。杞憂のそばまで行くと、耳元で名前を呼んだ。
『杞憂。さすがに床で寝るのはやめてくれないか?なぜだか私が恥ずかしくなってくるぞ。母が帰ってきたときにまた何か言われてもいいのか?』
杞憂は目を覚まそうとしない。試しに、杞憂の意識の中に直接話しかけてみたがこれも効かない。目を閉じたまま、何の反応も得られない。
不意に何か小さな不安が私の中に振って出た。無意識のうちに右腕を鎖に変えた。いつものように大きな音を立て、鎖がガシャンと、
ガタン。
――落ちてこなかった。ぼろぼろになった鎖が、繋がることなく、一つ一つの欠片となって崩れ落ちた。




