表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

ずれ始める普通

「……ほ」

 ふと体に異常を感じ、自分は目覚めた。うっすらと目を開けると、そこには先ほどまで寝っころがっていたはずのベッドは無い。緑色の視界と、少しじっとりとしたふかふかの茶色い絨毯が見えた。鼻の奥にふんわりと漂うこの臭いを自分はよく知っていた。

「……!」

 体を起こすとだんだんとあたりの状況を理解し始めることができた。ぼんやりとしていた意識は、突然ミントタブレットを噛み砕いた時のようにかんと冴え渡った。

 一面、緑。どこを見渡しても緑。草木が生えわたる森林の中、太陽の光が木の葉を通してきらきらと輝く。絨毯だと思っていたのは栄養を十分に蓄えていそうな健康な土。水分を吸っているのか、雨が降った後のような独特の臭いと程よく湿った生ぬるい感触をしている。しかし、なぜかそこに寝ていたはずの体は全く濡れている様子はなかった。勿論、理由はすぐに分かった。

「……夢だ。これは夢だな。久しぶりに見たぞ……こいつはすぎょい」

 この異様なまでに幻想的な光景は今の時代見ることは出来ないかもしれない。それぐらいにこの森はすごかった。空気が澄み切ってマイナスイオンを放出しているようで、とても気持ちがいい。しばらくそこにぺたりと座り込んだまま、深呼吸を何回も続けていた。

 最近いつも疲れ果ててぐっすりの自分はただでさえ夢を見ること自体珍しかったが、それ以上にここまではっきりとした夢を見たのは初めてかもしれない。明晰夢?てやつなのかな。分からん。

 せっかくの夢なのだし、ずっとここにいるのも勿体無い気がする。意識が途切れるまでの間、しばらくここらを探索しよう。こういうものは楽しんだもの勝ちだ。結局は夢の中なのだけど。

「ほへぇ……すごい、ホントすぎょい。まるで本当にここにいるみたい」

 ……なんて変な表現だが。要するに、あまりにリアル過ぎて現実と区別がつかないという事だ。試しにほっぺをつねってみたが、普通に痛い。夢の中だって痛い時は痛い。もし自分があとでこの夢の内容を覚えていたらメモしておこう(ここだけの話、杞憂はその昔『夢日記』なるものをつけていたことがあるのだ)。

 自分は寝落ちしてしまった時の服装がそのまま反映されていたのでパジャマに裸足というなんとも無防備な格好で森の中を歩き回っていた。気のせいか体が軽く、ジャンプをするといつもの倍は飛んでいるような感覚に陥る。見る限り自分以外に生き物の影はなく、時々優しく吹いてくる風の音が体を撫でていくだけだ。裸足で歩いているのに足の裏には土もそうだが水滴すらもつかない。ふんわりとした地面をふわふわと踏みしめながら、自分はなんともいえない不思議な気分になった。

 ここに来るのは……初めて?どこかで見たことあるような無いような。『懐かしい』というよりは『またこの場所だ』みたい感じ。そしてその答えは案外すぐに見つかった。

 しばらく森の中を特に目的もなくふらついていると、少し(ひら)けた場所に出た。そこだけぽっかりと木々がなく上からの日光が直接降り注ぎ、なお明るく不思議な空間を生みだしている。中央には一本の小さな木が(さび)しそうにぽつりと枝を伸ばして佇んでいた。

「なんかここ、セーブポイントっぽい」

 呑気なことをぼやきながらゆっくりとその木に近づく。突然、木は風もないのに揺れ始める。さわさわさわ、と優しく揺れたかと思うと一つの小さな蕾がぽこんと生まれた。

 蕾は、映像を早送りするかのようにその花弁を開いた。赤みの強い鮮やかなピンク色の花が日光に照らされて余計に眩しく見える。手で包めるくらいの大きさのとても綺麗な花だ、と思ったのも一瞬。花はすぐに枯れ、しわしわとなった花びらは悲しく舞い散る。その下からさらに早送りを進めるかの如く、ものすごい勢いで今度は可愛らしい紅い実が自分の前に姿を現した。その瞬間、自分は大きな声を上げて驚きを露わにした。

「あっ!!!!!」

 今は誰も周りにいなかったからいいものの、かなり大音量の奇声だったと自分でも思う。仕方がない。それくらいびっくりしたし思い出したんだから。

「これアレだ、ポルコ!そうだポルコの実!!自分がちょっと前の小説で散々乱用してたやつ!万能の実!!チートアイテム!!」

 ……ポルコの実は自分がついこの前まで連載していた小説に出てくる、いわば万能薬。食べ物にもなるし回復薬にもなるし、レベルを最高まで上げて摘み取った実は死者の蘇生薬にもなる。まさに困った時の神頼実(かみだのみ)……な訳である。上手くない。そして自分はポルコの実と辺りを見回し、やっとこの場所がどこか思い出したのだ。

「ポルコの実……あそこか。ソウシャ村の近くの変録(へんろく)の森。懐かしいなぁ、てか創作世界をリアルに体験できるとは思ってもみなかったわ……夢、すごいわ……」

 ――自分は今、自らが作った世界をふらふらしていたという事か。そりゃ確かに気に入るはずだ、自分の好みを詰めに詰めて作ったんだから。夢の中とはいえ、こんな体験ができるなんて幸せすぎる。喜びに浸りながら、手元にあったポルコの実をかじる。自然のものとは思えないくらいのとろりとした甘み、それでいて後味さっぱりの果汁が喉の奥をするりと通っていく。とてもうまい。実際に実物を食べられるのはこれが最初で最後だろうな。

「それにしても、もしここが変録の森だとしたらこの辺りは村があるんじゃないか?もしかして知らない間に迷ったかな。でもこの木があるってことは森の入口が近いんだ、進む方角は合ってるはずだから……」

 自分はその時まで色々なことに気を取られ、足元の異変に気がつくのが遅かった。ポルコの木が植えてあるこの場所は先程まで土がむき出しだったのとは違い一面に雑草が生えている。ぱっと見渡しても見た目だけでは分からない。ぱきん、という不自然な音とその一箇所だけ踏んだ感触に違和感を感じ、自分はそこで初めてその罠を理解した。

「ぅお、うわへっ?」

 ズボッッ!!!

「ッうに゛ゃああああああああ!!!??!?!?!」

 突然自分の下に現れた深い闇が、足を引っ張るように体を吸い込んだ。重力に耐え切れず、自分の体はどんどん地下へと引き込まれていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!!こんなの聞いてないってばああぁぁ!!!!」

 いくら大声を張り上げても誰も来るはずがなく、勢いよく吹き付ける風にかき消されるばかりだ。地上の光は凄まじい速さで遠くなり、視界の中心で小さな点となる。

 果ての無い穴の深くで、自分の意識もぽっかりと開いた暗い世界へと落ちていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ