遭遇2
背後で倒れる音を聞きつつゆっくりとが立ちあがり、目の前に迫る脅威に抵抗すべく渦を巻く炎をモチーフにデザインされた槍を腰のあたりに装着された機材から出現させて構える。
重傷を負わされた犬とこの場に来てしまったため少年がいる。少年は自分と同じくらいの年であるがこのままではまずい。
揺れる、揺れた。目の前のやらなくてはいけないことが一つ増えた。
槍を握り直し強く、向ける目線は鋭く、踏みこむ。
リーチは長いが振り払うことしかできないであろう目の前の怪人に防がれないよう最短の直線を走らせる。身体はまっすぐに火の粉のようなものを吹きながら槍と一体になる。予想通りに横から腕が迫ったが立っていた位置にたどり着いたときには懐を貫いた。
呻きも言わない怪人に突き立てた槍は弾けるように細かい粒子になって四散し腰の装置に収まる。蹴っ飛ばし距離を離すと怪人が動かなくなったことを息を止めて待ち、確認をする。動かない。
「ふぅ」
初めて一人で倒すことができたのだと自信の成長を感じるとともに次にしなくてはならないことへ思考を向ける。
胸にこみ上げてくる不快感と共に視界もまたなんだか歪んで現実を見せてくれない。辛うじて見える赤い人はどこからともなく燃える棒を取り出し怪物を倒したようだ。リンの身体が次第に冷めているのが嫌で血が付くのも気にせずに体を覆い温めようとする。意味のないことだと頭が回っていない。
黒い血とは対照的な鮮やかな赤を基調に白と黄色で装飾されたつま先が目に入る。
「俺はよく甘いって言われる。実際にそう思うし変えるつもりもない」
高いところにあるその赤い人の顔は見えない。どうせヘルメットで表情なんて見えないのだがそんなことはどうでもよい。
「人殺しはしたくない。これは自己満足だ、でもお前はもうすぐそこでくたばってる怪人と同じものになってしまう。嫌かもしれないがそれまで待つ」
ここで赤い人は低く柔らかく言葉を切って少し静かになる。おそらく返事を待とうとしたのだろうが、そんな気力もなく何も言わずに続きを聞こうとする。目の前で赤い足が動くと投げ出されている自分の足に何かが当たった。
「後で暴れられたくないから枷をつけておく。何か最後に言っておきたいことはあるか? 俺が聞く」
何も思い浮かばなかった。どうやら自分は死ぬらしいと言われているのに何も思い浮かばないのは妙な体調の悪さが原因だろうか。辛うじて震えを伝えるリンの上で眠たくなってきた。おそらく自分も冷たくなっているだろう。
目をつむった。
悲しげな鳴き声が下から聞こえた。ぷくりという変化が下から伝わる。
静かになって最後だと思った時にまた何かが変わり、動く。
再び重い目を開いたら目の前は暗い色をしたものしかない、目も見えなくなったかと思ったがそこでぬらりと汚らしい光の反射の仕方を変える。一つ波を超えていたのか目をわずかに上げる気力だけが湧き出て天井を見上げると、胸の真ん中に穴をあけた怪物が赤い人の代わりにいた。
赤い人は背後から不意をうたれ部屋の隅に飛ばされていた。そして長い棘と爪をもった腕が僕の方に向かって伸びている。
もうどうにもならないと感じたその時、下にいたリンが力強い動きで持ち上げる。おどろく間もくれず口を大きく開けて僕の首に噛みついた。ぷくりとした感覚が一気に体を駆け巡る。
それから見たのは下ろされた爪と棘のある腕は瞬間前にいた所に残されたリンの身体だけを突き刺した所だった。身体の内側に雫が流れるような感覚だけする。
「こいつっ!」
声の大きさと反比例しない繊細で高い声が突如響けば真横から火に包まれた棒が飛び込み二つ目の大穴を側面から開け、それから炎がはじけ怪物の身体を上下に分けて弾き飛ばす。
飛んだ上半身が落ちる前に再び棒を投げ込むみ刺さると同時にはじけ飛んで暗がりに消えた。
「驚かすなよ、こんちきしょう!」
先ほどまで低かったはずの赤い人の高い声が室内に響く。女の人? と頭が反応する。それから急激に勢いを増したぷくりと言う感覚が全身に回り、思わずうめき声をあげてしまった。持ち上げていた上半身が支えられず倒れてしまう。ぷくぷくと加速していき、体がきしみ始める。
赤い人が僕のキの前に立つと小さく「申し訳ない」とだけ聞かせる。太陽光を浴びたような表面的な熱さを感じた直後、無意識に体が反応し伏せた状態から横にとんだ。夢うつつのようだった目が覚めはじめる。投擲された槍をよけていた。
殺される!
「なっ!」
次の瞬間には赤い人は投げた槍をいつの前にか再び手にし投擲をする。考える前に勝手にその場から飛び回避する。足かせがついていたため正座を崩した状態で着地する。自分の動きに戸惑っていたが赤い人が槍を投げてそこに転がっている怪物の下半身を見て「死にたくない」と自分の意志が強く芽生えた。
体全身をバネのようにしならせ、飛んでくる槍をよける。かかとに引っかかっていた筈の足枷がするりと抵抗がなく抜ける。足かせだけではなく靴も靴下も抜けたようだ。
「まっ」
「待って」と言おうとしたが連続で飛んでくる槍をよけるのに必死で喋りにくくなり途切れてしまう。
いつの間にか投擲をしつつ距離を詰めた赤い人が槍を横なぎに払い、ナツキは後ろに下がり辛うじて避けるも足がもつれ尻餅をついてしまう。そして視界に入った足の状態に気づいた、自分の足が見覚えのない形になっていることに、ついた尻餅の下に知らない感覚がある事に。さらに槍は払われる。黒いバイザー越しに目が合った気がする。それは柔らかさを微塵も持っていない。
ようやく自分の身体が自分の身体じゃないことに気づいた。鼻先が大きく視界に入る。どうしてこうなったかわからない、でも理由を考えている暇は今はない。目の前の赤い人からまず逃げなくてはならない。考えるのはそれから、決めれば次の流れが見えてくる。
槍が振る割れる瞬間にもう人の物ではなくなった足の関節のバネを思いっきり使い赤い人の脇を潜り抜け背後に出る。赤い人が振り向こうが関係なしに直進し、跳躍、入ってきた階段を飛びぬけ難なく着地すると逃げるためにがむしゃらに駆け出した。