黒樹 麗の場合。
私に好きな人間などいない。
修学旅行にて吹っ切れた私は、中学生活の中での最大の敵である白海 麗華をなんとか排除する事に成功し、細々とした最後を送っていた。
この時期になると、授業もつまらないものになる。
どうやら、今日はバレンタインデーというらしい。好きな人にチョコレートを渡すイベントだと実は最近知った。というのも、私にはそれを教えてくれる友人がいなかったのだ。
好きな人もいない私はチョコレートを鞄の中に秘めている。
誰に渡すのかは決まっていた。
放課後。昼前に終わった私の中学校。受験勉強もある為、足早に帰らなければならない所がある。けれど、その前に私はチョコレートを渡さなきゃいけない場所がある。
バスに揺られて二時間。そこから徒歩三十分の場所に私がチョコレートを渡す相手がいる。
東京都内から大きくずれたこの地では、寒さが凍てつき、雪がちらついている。
近くには山も海もある。その相手がいる場所は、海の近くだ。
私は歩いた。
辿り着いたのは『黒樹家』と書かれた墓。
私はそこに線香をあげ、花を取り換える。
最後に報告をする。
『私は強くなって生きていきます。もう誰にも負けません。だから、お母さんは安心して旅立ってください。これは、天国にいる私の親戚と分けてください』
そうお祈りをして、チョコレートを置いた。
私の大好きだった人。その人はもうこの世にいない。でも、好きな人に思いを告げる日なら、ぴったりだと思った。
確かに解釈は多少なりとも違うのだろうが、私にとってはこれでいいのだと思った。
もう泣かない。
そう決意した私は、松岡総合高等学校の入試に備えるべく、帰路に着く。
墓地を出ようとした時、母の声で『頑張って麗』っと言っていた気がした。
寒い風に前髪を抑えながら、私は再び歩き始めた。