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中谷 幹の場合。

 朝、俺は学校に登校する。

 日付二月十四日。この日が何の日かって? いや知らない。俺は受験勉強で、あんまり寝てないんだ。そうだな、できることなら学校になんか来たくないんだよ。

 校門前では珍しく、生徒指導の教師が待ち構えていた。その手には木刀。一体何と戦う予定なのだろうか。疑問に思うが、それは置いておいて、まぁ、俺は生徒指導室に連れていかれるような素行が悪い生徒じゃないから普通に通れるはずだ。

 予想通り、通過した俺。

 下駄箱。これは大いなる試練なのか。いかに気にしないようにさりげなく下駄箱を開けるか。これはゆっくりではいけないし早過ぎてもいけない。ならば結局のところ普通に開ける方がいいんじゃね?

 結論、いつも通りに開ける事になりました。


 パカっという木製の木箱が開いた音がする。

 入っている物。上履き×1。以上。


 まぁいつも通りだ。今日は特別な日なんかじゃない。

 俺はそのまま、教室に入る。


「うぉーっす! 幹」

「あ、正男! 早……い、なぁ……」


 正男の手には紙袋八つ。あれ? おかしくない? しかも、紙袋の大きさ一つ一つが変だよ!?

 俺の視線に気づいたのか、正男は八つの紙袋を持ち上げる。


「これか? 良い筋トレになると思ってな!」

「あ、それは貰ったものじゃないのか!」


 安堵の溜息を吐いた。そうだ、まだ二月十四日は始まってから数時間しか経っていない。いくらなんでもラブコメのイケメン親友じゃないんだから、そういうお約束展開はいらないか。


「いや、全部『本命です!』って言われて貰ったんだけど、俺チョコ苦手だから、筋トレに活用してみようかなって!」

「正男、俺は初めてお前を嫌な奴だと感じてしまったよ」

「え!? 幹、どうした!? そんなに世界が滅亡する前みたいな顔をして!」


 正男があれこれ叫んでいる間に自分の席へと座る。

 ここでも、俺は無造作にも机の中に手を突っ込んでみた。

 そこで、俺は目を見開いた! この紙の感触ッ! まさか、俺にも春が到来するのかッ!?


 中に入っていた物。成績が悪くて家に持って帰れない答案用紙×複数枚。


 分かっている。分かっていたことさ。だけどね、こう、俺も欲しい時期なんだよ。甘い甘ーいバレンタインッキッスが!

 顔を机の上に倒して、視線を黒板に向けると、鷹詩が教室に入ってきた。


「あ、あの、の、野村君っ、こ、これ……」

「あ、悪いね。ありがとう。ちょうど甘い物が食べたかったんだ」

「そ、その待ってます!」

「ん? ま、いいか」


 どうやら、親友鷹詩は本命チョコレートをもらったようだ。しかし、表情は変わらない。

 彼は恐らく徹夜でゲームをしていた可能性がある。最近、鷹詩のメールでは今日って何月? っていうメールが送られてくる事があったから、多分、今日を何の日か知らないのだろう。


「おっはよー幹!」

「ああ、なんだ直弘か。楽しそうだね」

「そういう幹は楽しくなさそうだね?」

「まぁな、どうせチョコレート直弘も貰ってるんだろ?」

「え? 僕は貰ってないよ~」

「え!?」

 

 来たか! ついに俺の同士がここにっ! 現れたあああああ!

 その気持ちはまるで、初心者の俺がサッカーでプロから一点をもぎ取るかのような感動を与えてくれた。


「だって、僕チョコ嫌いだし。だから、皆僕には時計とか財布とかくれたよ?」

「……直弘君。話しかけないでくれるかな?」

「え!? どうしたの幹!? そんなに拗ねちゃって! あ、もしかしてヴィトンの財布が欲しい? ならあげるよ?」

「リア充死ねばいいのに~」


 そんな俺の元に新たに来客が。


「おい幹、その言葉はちょっと失礼じゃないか?」

「あ?」

「たかがチョコレートをもらっただけでリア充だと決めつけるのは早い。そう、真のリア充とはな、お前の事を言うんだよ!」

「お、俺!?」

「そうだ、あんなに綺麗なお姉さんのチョコレートならば俺は食いたいぞ!」

「あ、そうなんですか」

「あのー幹さん?」


 今日ほどコイツラがうざいと思ったことはない。いや、朝に俺の机に群がるのはいつもの事だ。それが毎日楽しかったりするんだけど、今日ばかりは本当にやめていただきたい。

 いや、もうマジ勘弁してくれ。


「おはよう」

「あれ? 拓夫? 今日は一人?」

「ん、あ、ああ。唯は寝坊してるらしい」

「そっか、唯ちゃんも大変だねー。拓夫がチョコ貰ったら『なんで断んないのよ!』とか言いそうだしな!」


 久光が茶化すが、拓夫は鞄をわざわざ俺の頭の上で開けて、俺にチョコレートという名の雨を降らせた。


「誰が、チョコレートをもらえないだって? この俺様が貰えないわけないだろう。久光」

「さすがだな、拓夫。だが、今年は俺も負けないぜ?」

「僕はチョコじゃないから不参戦だね!」


 火花が散る拓夫・久光。もうどうだっていい。今日という日が終わればいいのに。


 放課後。一人きりになっても、俺には女子は訪れない。

 わかりきっている事だ。

 もう帰ろう。



 

 ◇




「ただいま……」


 死んだようにつぶやく俺。

 そうすると、リビングからクラッカーの音が鳴り響く。


「おかえり幹! 今年もゼロ個?」

「は、はは……情けない弟でごめんよ……」

「いいんだよ! 幹はじゃあ、あたしのチョコレートをよーく味わって食べてね!」

「そ、そうするよ……あははは……」


 姉に連れられてリビングに入ると、チョコレートの山ができていた。いや、チョコレートがもはやリビングを埋め尽くしている。

 これは一体……。


「あれ? 幹帰ってたのか?」

「兄貴!?」

「おう、もし食えるなら片っ端から消費してくれ。俺、もう無理だから」

「ちょ兄貴!?」

「さすがにチョコレートはもう当分いらないわ」


 逃げた兄貴。

 いや、これ全部消化って不可能に近いだろう……。実際親友たちのを全て合わせてもこの量にはならない。チョコレートタワーでも作るんだろうか?

 

「大丈夫だよ幹、満が貰ったのは満が全部食べるから! それよりも、あたしのだけを食べてよ」

「そうだな、姉貴が俺の為に作ってくれたんだもんな! それだけいただくよ!」

「うん! ありがと幹!」


 姉貴が俺の為だけに一つだけ作ってくれるバレンタインチョコレート。

 このチョコレートが何よりも美味しくて、また俺の冷めた心を暖かくしてくれるものだった。

 今年も俺のチョコレートは一個。

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