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不思議な校舎と悲しみの木  作者: 三箱
第5章 ラスト・マスター
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36話 還るべき場所へ

36 還るべき場所へ



「オアアァァ!」


 激しい怒声と共に巨人は岩壁を突き破ってきた。

 壊された岩があらゆる方向に飛び散って、壁や地面に落ちて砕け散った。

 その度に地面を震わせた。

 巨人は憎悪が膨大になったのか、さっきの一回り体を大きくさせ、真っ赤に燃え上がらせていた。押しつぶされそうな迫力だった。

 だが俺とセティナは、一歩たりとも引くことはなかった。

 真剣な眼差しで巨人の胸元を見つめた。そこにはリオの姉が浮いていた。


 それを確認して俺は一度、目を閉じた。

 目の前には一度は絶望した相手なのに、なぜだろう、今は不思議なくらい落ち着いている。岩の音も巨人の歩く音も全く耳に入らない。

 いろいろな疑問も謎も知って、すっきりしたのかな。

 でも少し心残りも……、まあいいか。

 どっちに転んでもこれが最後の大勝負、そして本当の意味での最後か……。

 少しの小雨とクリアな青空とそして虹がかかったようだな。俺の心は……。

 俺は静かに瞼を開いた。


「セティナ。行くぞ。」

「了解! 頼んだよトモヤ。」


 俺とセティナは互いに目を合わせた。

 それを合図に主は俺に向けて手をかざし、青い光を俺に向けて放った。

 青い光が俺の体を包んでいく、暖かくて優しいそんなヒカリだった。


「行くよ!」

「おう!」


 青い光を纏った俺はセティナの力の手助けを受けて宙に浮き、真っ赤な巨人に向かって一直線に飛んでいった。

 そして俺は真っ赤の巨人の中に入っていった。




「ああああ。」


 真っ赤になった世界。人々の絶叫、恐怖、憎しみ、嫉妬、全ての人の負の要素が渦巻いていた。

 人は皆、心の傷を持っている。小さいものから大きいものまで、それぞれある。

 人は一人では、その悲しみや憎しみをただ溜めてしまい、終いには飲み込まれ、自分が何かわからなくなる。

 そんな時に、止めてくれる人は、互いに分かり合える友達、悲しみを互いに分かり合って励ましあえる人、そして自分を信じてくれるかけがえのない人。

 そんな人がそばにいるだけで、救われるんだ。

 俺はそうだった。

 優助というかけがいのない友達、俺は優助がいたから、救われた。

 優助がいなくなっても支えてくれたリオやサクラ、フォルテ、そして絶望の淵に手助けをしてくれた仮面の男、みんなが支えあってくれたおかげで、俺はここにいる。

 俺は赤い海の中心の核に向かった。

 そこにはリオの姉を中心として、左側にリオとサクラ、右側にはフォルテと仮面の男が目を閉じて浮いていた。

 俺は真ん中のリオの姉に向かう。

 姉が何故に最初が吸われたか、わかった気がした。

 俺は姉の近づき、ゆっくりと抱いた。


「リオの姉さん。俺はあなたの事を結局何も分かっていなかった。」

「……。」

「俺の仮説ばっかりを言っていた。あんたの本当の心を見もせずに……。」

「……。」


 俺は一つ呼吸をした。


「だからどうすれば良いかなんてうまくは言えない。でも一つリオの姉さんに頼みごとがある。俺の友達になろう。」

「……!」

「まだ、姉さんの憎悪を全てを教えて欲しいとは言わない。少しづつでもいい、本当に気が許せる時でいい、俺の友達になってくれ。」

「……ト・モ・ヤ。」


 緑髪の女性は瞼を開いた。

 姉の緑の瞳が俺の顔を捉えた瞬間、沈んでいた表情が微笑みに変わった。

 激しかった赤い色の憎悪は少しずつ和らいでいく。

 姉さんは瞼を震わせ、瞳の中にうるうると光る涙を溜めていった。俺は笑顔で見守った。


「ごめんなさい。二度も私が迷惑をかけてしまって。」


 姉は口を押さえながら話した。

 俺は首を横に振った。


「そんなことは無いよ。人にはそれぞれ心の中に影はあるものだから。」


 少しずつ周りの色が緑に変わっていく。彼女は口から手を離すと俺の背中に腕を回した。

 ゆっくりと距離を縮める。


「本当に私の友達になってくれるの。」

「……ああ。」


 俺はすぐに答えた。


「初めてかも、私を一人間として見てくれて、そして友達になってくれと言われたことも、」


 赤色の世界は消えて、緑色へと変わっていく。


「姉さん。俺の、いや俺たちの友達になってくれるか。」


 姉は今まで見せたことのないほどの穏やかな笑顔を見せてくれた。


「はい。」


 緑色の海が今度は水色へと変わっていった。暖かくて、そして穏やかな世界へと戻っていく。


「ウッ。」


 目覚めの声が聞こえた。

 リオとサクラとフォルテ、そして仮面の男が意識を取り戻した。


「あ。ねえちゃん!」

 リオは気がつき一目散に姉のところへ飛び込んでいった。姉は抗わず、そのままリオを受け止めた。姉の綺麗な緑の髪は大きく揺れて落ち着き、しっかりとリオを抱きかかえた。


「リオ、ごめんね。あなたも真剣に私と話をしてくれたのに、耳を傾けられずに何度もきついことを言って。」

「大丈夫だよ。ねえちゃんは悪くない。僕だって今まで怒ったりしてゴメン。」


 姉さんはリオの髪を静かに撫でた。

 二人とも、もう仲直り出来て良かった。


「姉さん。」


 姉はリオを抱きかかえながら、こっちに顔を向けた。

 俺は最後に聞かないといけないことがあった。まあ俺が個人的に聞きたいというのもあるんだが。


「姉さんの名前を教えてくれないか。」


 横にいたリオが目を丸くして俺を見て、そして姉の表情を伺った。

 だけど姉は、笑顔だった。


「そんな質問も初めてだわ。でもそうね、みんなには教えていいかも。」


 緑髪の女性は、リオを抱きかかえながら、みんなのいる方向に目を向けた。そして笑顔で言った。



「私の名前は、リアン。」



 突如、水色の世界が光り輝き始めた。液体が外から泡へと変化していく、そして俺たちの周りの液体も一つの水の粒子へと変わり、水が弾け飛んだ。

 俺たちには浮力がなくなった。

 そのまま地面に落下をし始めた。


「おいおいおい。」


 全員が嘘だろと、目をひん剥いた。皆離れないように手を繋いだ。

 その時。


「みんな!」

 セティナが俺らの落下ポイントに駆けつけていた。

 俺たちは青い光に包まれて、落下速度が下がり、ゆったりとしたスピードで降りていく。

 俺はホッと息を吐いた。

 ちょうどのスピードで降りていき地面につく寸前で止まり、そのまま着地した。

 俺らの目の前にセティナが立っていた。


「良かった。本当に良かった。」


 セティナは目尻に涙を光らせていた。


「トモヤ。」


 サクラが俺のそばに駆けて来た。


「本当にありがとう。私たちを助けてくれて。」


 サクラは俺の手をギュッと握り締めて、顔を近づけた。

 突然すぎたので、俺は顔を後ろに引かせた。


「サクラ、わりい、ちょっと顔が近い。」

「えっ。」


 サクラは現状に気がついたのか、頬を赤くしてさっと顔を元の位置に戻し、若干もぞもぞと恥ずかしそうに動いた。


「いや。まあそれは置いといて、でもサクラがかばってくれたおかげで、俺は何とか巨人を倒せたんだ。サクラも本当にありがとう。」


 サクラはパッと面を上げ、頬を赤くして俺を見つめた。

 何か一瞬ドキっとした。女性にこんなふうに見つめられると思わなかった。何だろうまだドキドキが止まらない。

 だけどこの感情が何なのかはっきりする前に、横槍が入った。


「ちょっと待て。俺らもトモヤの囮やったぞ。」

 フォルテと仮面の男が横から走ってきた。

 俺とサクラはさっと手を離し、互いにあさっての方向へ視線を泳がせた。

フォルテは俺の向いていた視線の先に顔を持って来た。

 だけど、さっきの感情が足を引っ張って、変な口調で言ってしまった。


「フォルテもありがとう。」

「おいトモヤ。なんでそんなに動揺してんだ。」

「それは気のせいだ!」


 俺は慌てて弁解というか感謝の内容を言った。


「フォルテだって、俺を逃がすために体を張ってくれたし、本当に感謝している。ありがとう。」


 フォルテは何か観察するように俺を見てきたかと思ったが、その言葉を聞いてパッと笑顔になった。


「おう。お前が助けてくれると信じていた。ありがとよ。」


 爽やかな表情を向けて俺の肩に拳を当てた。俺もフォルテに当て返した。

 それが終わると後ろに立っていた仮面の男に意識が向いた。


「仮面の男。」

「おお。トモヤ。」


 仮面の男は大きな感情表現はせずに、いつもと同じ落ち着いた口調で話してきた。

 二人の間に少し緊迫した空気が流れた。


「仮面さん。そのありがとうな。俺をかばってくれて。」


 すると仮面は後頭部をポリポリとかき始め、少しばかり首をひねった。


「いやまあ。あの時はその判断が正しかっただけだ。それでもお前が助けてくれるとは、少しは驚いたか。」


 何か言葉がおぼつかないというか、歯切れが悪いというか、いつもの仮面らしくないというか。


「おいおい。まだ渋ってんのか、仮面よ。」

「フォルテ。」


 フォルテが仮面の肩を強引に組んできた。仮面は少しバランスを崩しそうになった。


「いや。フォルテさあ。」

「お前の気持ちは確かにわからんくもないけど、でも俺はトモヤを友達として見てんだ。お前がそこまで抵抗を感じる要素なんて、もうないんだ。」


 仮面が言いかけた言葉を遮られて、ムムっと仮面は口を渋らせた。考えを巡らせているのか、しばし時間をかけた。


「トモヤ。」


 改めて名前を言われ、俺の背筋はピンと伸びてしまった。

 仮面が下がっていた面を上げる。


「トモヤ、助けてくれてありがとうな。」


 そのあまりにも意外な反応とういか、仮面らしくない答えに俺は身がたじろいだ。

 だけど何とか冷静を取り戻して、仮面の言葉を真っ向から何とか受け止めることができた。そしてそれ相応な言葉を紡ぐ。


「いや。うまくいったのもまた仮面のおかげだ。こっちこそありがとう。そんでさ仲直りついでに友達にならないか。」

「へ?」


 仮面の声が裏返った。

 その言動にフォルテが腹を抱えて笑いだした。


「お前って、そんな声出すんだ。」

「うるせえ。んなもんだれでも出すだろうが。」


 仮面は半分本気の半分じゃれあいの力でフォルテを蹴り飛ばした。仮面は三呼吸ぐらいして、上がっていた変な感情を押し込めていたのだろうか、とりあえず冷静になった。


「ふん。まあいいぜ別に。」

「おお。良かった。本当にありがとう。」

「お、おお。」


 仮面は反応にグラつきがあったものの、了承したな。良かったと思えた。


「トモヤ!」


 今度はリアンが髪を少しなびかせながら、歩いてやって来た。


「リアン。」


 名前を呼ぶと、さっきのサクラの反応と似て、若干頬を赤く染めた。名前を呼ばれることが新鮮なのか、それともやはり恥ずかしいのか。詳しいことはわからなかった。

リアンは俺と向かい合い、そして頭を深々と下げた。


「本当にありがとう。」


 あまりにも突然な状況だった。俺は慌てて手を横に振った。


「そんな、そんなに頭を下げなくていいって、そんな俺大したことないし。」


 そんな俺の慌てっぷりを見て、フォルテと、意外にも仮面の男が乗りかかってきた。


「お。なんだ慌ててるな。」


 仮面の男が右肩をがしっと掴み。


「何でそんなに照れているんだ?」


 フォルテが左肩を掴みにくる。しかもめいいっぱいの力で掴んでくる。


「痛て!」


 攻撃はこれではすまず、リオが俺の頭の上に飛び乗ってきた。


「こら。何照れているんだよ。」


 俺は思いっきりバランスを崩しそうになる。

 必死に三人をはがそうとするが、一切動く気配がない。

こいつらなんて野郎だ。

でもまあ今回はいいか。

やられながらも、自然と笑みがこぼれた。

 その光景を見ながらセティナとサクラが二人肩を並べて笑っていた。

 リアンは少し経って、下げていた頭を上げた。

 顔を上げた瞬間、男四人でじゃれあっている光景になっていて、リアンはぷっと吹き出した。


「こんなにもおかしくて、それでも暖かい人を初めて見た。」


 俺ら四人は顔を見合わせ、サクラもセティナも見つめあった。そしてまた一斉に吹き出し、全員がそれぞれの笑い声がこの空間を響かせた。

 本当に心かこんな時間が続いて欲しいと願った。

 笑い声はしばらくして落ち着いた。


「よし。じゃあこの木の世界から抜け出そう!」


 リオが元気よく声を出した。

 サクラ、フォルテ、リアンは元気よく、仮面の男は静かに頷いた。

 だけど、俺とそしてセティナは声を飲み込み、力なく頭を下げてしまった。

 四人とも当然二人の異変に気がついた。


「トモヤ? セティナ?」


 リオは交互に俺とセティナを見分ける。

 だけどその行動に俺らは反応できず、俺とセティナは目を合わした。

 一瞬の視線の交錯で、俺はセティナがほんの少し表情の変化で、主の決意を理解した。

 俺は主にわかったと伝えた。

 セティナは決意したように、俺ら六人の前に立った。


「みんな、今から言うことを聞いてください。」


 この空間を緊迫した空気が支配した。各々真剣にセティナに注目を集めた。

 セティナは全員の意識を確認し話を始めた。


「まずは、私のことについて話します。」


 セティナは端的に、自分の立場と今まで起きたことを俺に話したこととほぼ同じ内容を喋った。

 みんなは多少の戸惑いもあったが、ほとんど納得してくれた。

 そして肝心の内容を言った。


「そして、世界の扉について話します。」


 セティナは灰色の木を、いや今は青色の気に変わっていた。それを指差した。


「この木はさっきまで死にかけていました。でもトモヤやみんなのおかげで、巨人のエネルギーが転換し再稼働することができました。でもこれが扉として機能を果たすのが、あと一回しか開くことができません。」


 主はそう言った。

 みんな今の言葉だけでは理解が追いつかなかったが、次の言葉ではっきりと意味が伝わった。


「世界の定理で、異世界の人は最後に元の世界に戻らなくてはならない。そしてもう二度と世界を飛び越えられない。」

「……えっ。」


 一同騒然とした。

 リオ以外のみんなは理解をした。

 リオだけは俺らに聞き返した。


「どういう意味。」


 サクラは瞬時に俺を見た。もうサクラの目には水滴が溜まっていた。答えたくない。そんな声が聞こえた気がした。

 俺もその気持ちでいっぱいだった。でも言わなければならない。それがあらがいのない事実だから。

 リオのそばに駆け寄る。


「リオ。もう一回しか飛べないということは、もう二度と俺らに会えないということだ。」


 俺は声が震えた。

 リオは表情が固まった。そして目元からみるみる水が溜まっていった。


「そ、そんなの嫌だ!」


 リオは体を激しく震わせ、そして地面に膝をついた。


「いや。」


 サクラも首を横に振った。激しく声を上げサクラは口を手で押さえ、床に座り込んだ。


「嘘だろ。」


 フォルテもその場で立ち尽くし、肩を震わせた。

 仮面の男も無言で立ち尽くした。両腕の拳はブルブル震えていた。


「やっと、やっと、友達になってくれる人ができたのに、そんなのないよ。」


 リアンも正面を見ながらかくっと両膝を地面についた。


「いやよ。そんなのいや。」

「私もいやだよ!」


 セティナの声がこの空間を振動させた。


「私だって、本当は初めの記憶のないただのセティナでいたかった。皆と友達のセティナで入れることがどんだけ幸せだったのかなんて、何度も考えたよ。でも主としての記憶が戻り、この世界の定理を思い出した。絶対に破ってはいけない掟。だってこれを破ったら全部の世界が崩壊する。だからどうしようもないの。」

 皆、黙り込んだ。

 誰もが嫌だと思った。誰もが別れたくないと思っている。

せっかく仲良くなった友達もいる。これからもっと話して、もっと遊んでいきたかった人もいる。

 だけど違う世界同士が出会う。そんな超越した現象なんて長く続けられるはずなどない。そんなのわかっている。けど……。

 目が熱くなってくる。こみ上げてくる思いは止めることはできない。

悲しみの涙。


「トモヤ。トモヤ!」


 リオが「うああ。」と泣きながら俺に飛びついた。あの時のように初めて会った時の何倍以上の悲しみを持って。


「トモヤ!」


 サクラもゆっくりと近づき、そっと肩に体を寄せて涙を流し始めた。そしてリアンも俺の傍で泣き始めた。

 フォルテも仮面もその場で立ち尽くし静かに涙を流し、セティナも俺の傍で泣いた。

 涙の海となってずっと泣いた。

 こんなのでいいのか。こんな終わり方でいいのか。最後はもっと明るく終わりたかったのに……、こんなのってないよ。

 でもこれが現実か。それなら最後は少しでも笑って明るく終わるのが俺の最後の仕事じゃないのかな。

 俺は立ち上がり腕で思いっきり涙を拭った。それでも目元は熱く残っていた。


「みんな。俺の言葉を聞いてくれ。」


 本当はやけくそだった。考えなどあまり固まっていなかった。でもこれだけは言いたかった。


「みんな、別れるって死ぬわけじゃねえ。」

「……。」

「別れても、みんなの気持ちはココロの中で生きている。悲しみとか憎しみとかだって分け合える人がいなくなるけど、ココロの中に俺たちが生きているなら絶対大丈夫だ。俺らはずっとみんなの事を思っている。」


 俺は大きく呼吸を整えた。


「だからもう泣くな。みんな今生の別れと決まったわけではない。いつか絶対会える時が来るから。最後も笑顔でいよう。」


 俺は涙で顔はぐしゃぐしゃになった。傍から見たら、笑顔になろうという言葉に説得力の欠片もない。


「ウッ。ウッ。ハァ。ハァ。ハハハ。」


 もう笑いと涙が混ざって、何がなんだかわからない顔になっている。


「ぷっ。」


 優助と仮面の男が笑い出す。


「トモヤ。顔がおかしい。」


 二人と腹を抱えて、体を震わせながら笑い始めた。


「おい、今すごい真剣なことを言ったのになんだよそれ、ぷっ。」


 なんかバカみたいだな。


「もうなんなんだよ。」


 リオも引き継いで笑い始める。

 サクラも涙が少し引いてきていた。


「フフフッ。そうね。笑ったほうがいいよね。」


 サクラは肩の上で俺に笑顔を見せた。


「ホント。バカっていうかなんというか。」


 リアンは軽く俺の背中を叩き、ながら目に指を当てて涙を拭き取った。

 気がつくと悲しんでいったセティナも笑っていた。


「フフッ。ホント。ともやって人はすごいよ。」


 呆れられたのか、でも主は笑顔を取り戻した。

 そうだよ。最後ぐらい笑おう。なんでだろう色々悲しんでいたことがバカみたいになった。

 バカなやりとりの笑いが全ての悲しみを流したのだ。





「みんな落ち着いた?」


 それぞれ頷いたり、ぐっとサインを出したりした。みんなの顔から涙は消えていた。


「じゃあ開けるよ。」


 セティナが蒼い木の前に立ち、手を広げてその青い光を溜める。木の前に大きな青い球体ができあがり、それが形を変えて、大きな左右二枚の扉を形どった。

 そして左右の扉がゆっくりと開き光の入口ができた。


「さあ。開いたよ。」


 セティナが扉の横に立ち手を挙げた。


「トモヤ!」


 フォルテと仮面の男が、一緒に歩いてきた。

 フォルテは俺の手を力強く握り締めた。


「トモヤ。元気でやれよ。お前みたいな奴に会えて本当に良かった。別れるのは寂しいけど、俺は元気でやっていける。それにお前のおかげで、新たな人生を歩めるからな。」


 フォルテの赤い瞳には、少しのさみしさと前に進んでいくための明るさが光っていた。

 横にいた仮面の男は、黙ったまま俺を見ている。

 フォルテが仮面の脇腹をつつく。


「おい。何かお前も言えよ。」

「ああ。そうだな。フォルテを救ってくれてありがとうな。」


 その言葉に驚いたのは俺ではなくフォルテだった。フォルテは仮面を見つめた。


「おまえ……。そうか。ありがとうな仮面。」

「なんで俺にも言うんだ。」

「だって、お前がそんなこと言うなんて珍しいからさ。」

「いや。俺だって少しくらいは言うって。」


 そんなやりとりを見て、この二人はホントに仲がいいよなと感じた。

 コントっぽくなった二人のやり取りが終わり、改めて二人は俺に向き直った。


「トモヤ元気でな。」

「まあ元気でいろ。」


 仮面の男は相変わらずな毒舌具合だ。でもそれでこそ仮面の男か。

 俺も力強くフォルテの手と仮面の男の手を握った。


「ああ。元気でな。」


 互いに笑みを交わし、ふたり揃って俺の手を握り返した。


「んじゃ。行くわ。みんな元気でな。」


 二人俺たちに背を向けて、入口に向かって歩き出した。フォルテは右腕を大きく上げて手を振った。

 二人の体は光の入口の中に消えていった。



「じゃあ。次は私ね。」


 サクラは俺の目の前に立った。

「トモヤ。今までありがとう。あなたと一緒に過ごした日々は絶対に忘れない。本当に楽しかった。」

「俺も、お前と過ごせて本当に楽しかった。ありがとう。向こうでも元気でな。」

「フフッ。」


 サクラは口に手を当てて笑い、そっと俺との距離を縮め、サクラの顔が目の前に近づいた。

 そしてそっと俺の右頬が暖かくなった。


「え。」


 俺の頬の温度は急激に上昇した。

 サクラは気がつくとすっと後ろに下がっていた。俺は声も出ずにただ触れられた右頬に手を当てた。


「リオもリアンさんもセティナも元気でね。」


 サクラは手を振りながら、入口の寸前で一度立ち止まり、再度俺に目を向けた。


「好きだよ。トモヤ。」


 サクラは穏やかな笑顔だった。

 銀色の髪をなびかせ、羽を大きく横に広げて、入口の中に去っていった。

 俺は頬を押さえていた手を見た。俺はその手を握り締め、フッと笑った。


「元気でなサクラ。」




「次は私たちだね。」


 リアンとリオはゆっくりと前に進み、入口の前で立ち止まる。


「あなたとはもっと話をしたかった。やっと仲良くなれたのに。」


 リアンはまだ浮かない表情をチラつかせる。まだ別れることに抵抗を覚えているみたいだ。


「リアン。」


 浮かない表情を少し上げるリアン。


「リアン。俺以外にもう一人、そばに付き添ってくれる人がいるだろ。君の隣に。」


 俺は指を差した。

 リアンはその方向に振り向いた。そこには満面の笑みでリオが姉を迎えていた。


「ねえちゃん。大丈夫だよ。僕がいるから。」


 リオはギュッとリアンの近くに寄り添った。

 リアンは口を押さえた。そしてリオを優しく抱いた。リアンの肩がブルブルと震えていた。そんな姉を弟は優しく言った。


「トモヤの事も全部僕が受け継ぐから、だから安心して。」

「うん。ありがとう。リオ。」


 姉弟の絆をしっかりと結んだ瞬間だった。今まで気づかなかったことに気づけた今、二人は大丈夫だと思った。

 二人は抱擁を解き向き直る。


「本当にありがとう。私はリオと一緒にこれからも生きていきます。あなた達のことも忘れません。」


 リアンは大きく手を振った。


「トモヤ。セティナ。ありがとう。僕も頑張るよ。」


 リオはピョンピョン跳ねながら手を振った。


「二人共、ありがとう。」


 俺も大きく手を振った。

 リオとリアンは入口の光の中に歩いて行った。




 最後に残ったのは俺とセティナだ。


「セティナ。お前はこれからどうなんだ。」


 セティナは一瞬の詰まりがあった。それを誤魔化すように頭を振り、清ました表情を見せた。


「そんなの気にしなくていいよ。だってココロの中でみんな生きているんだよね。」


 主はクスッと笑った。

 その笑いが作っているのか本心なのかは分からなかった。だけど主が言った言葉は俺がいって言葉だ。セティナは俺の言葉を信じて言ってくれたのだと思った。

 俺はこれ以上聞かないことにした。


「分かった。じゃあ達者でな。」

「ちょっと待って。」


 セティナはギュッと俺の首に腕を回した。そして俺の左頬に暖かく優しい感覚を憶えた。

 俺は呆気にとられた。

 セティナはすぐに俺から離れ、得意げにウインクした。


「ほら早くしないと閉まるよ。」


 主は俺の背中を押した。俺は入口の前で立ち止まり後ろに振り返る。

 主は一歩後ろに下がる。


「トモヤ。ありがとう。楽しかった。」


 セティナは元気に手を振った。それでも少し儚い瞳の色をしていた。

俺も懸命に手を振った。


「セティナ。またどこかで。」

「ありがとう。」



 手を振りながら俺は入口に向かって歩いた。そして主の姿は暗闇の奥へ消えていった。




エピローグへ続く


次回更新は4月22日朝7時です。

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