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不思議な校舎と悲しみの木  作者: 三箱
第5章 ラスト・マスター
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35話 主

35 主



 抜け穴は人一人がやっと通れるくらいの大きさで、俺はセティナを背負っている分、相当腰を下げて、なるべくセティナを天井にぶつけないように歩いた。

 中は明かりもなくほぼ真っ暗だった。ポケットにあったケータイの明かりで足元を照らしながら狭き道を進んだ。

 進みながらふと不思議なことに気がつく。

 この抜け道は誰かが使うには、余りにも整備がなされていない。

 屋上の木から、中枢まで続いていた通路はそれなりに幅があって整備をされていたのに、何故この道は坑道みたいなのか。

 もしかして一人しか通る必要がないのか、何かを隠している通路なのか。

 いずれにせよ先に進んでみるしかない。

 俺をかばってくれたみんなのためにも。

 俺はひたすら前に歩き続けた。


「!」


 気がつくと、圧迫感だった壁と天井が視界から消えた。

 すぐにどこか広く大きい空間に出たのだと察した。だがケータイの照明はそんなに遠くまでは光は届かない。今は足元しか見えないので、暗闇の中に飲み込まれて何も見えない状況とほぼ変わらない。

 セティナをチラッと伺うが、ぐったりとしておりまだ目を閉じている。

 まだ起こすわけにもいかない。

 俺はもう一度セティナをしっかり背負い直して前に進んだ。

 にしても抜け穴の後に広い空間とは、ここにも何か大きなものでもあるのか。


「ん?」


 目の前に何か見えた。

 ゆっくり近づき、そして物体の輪郭が見えてきた。


「えっ。」


 自然と足を止めた。



 立っているのがやっとで、全身が灰色に染まり、そして悲しく細々しかった。



 灰色の木。



 なんでこの様な木が存在するんだ。

 屋上にも木があったはずだ。


「うぅ。」


 セティナが俺の背中の上で動き、うっすらと瞼を開いた。


「セティナ。気がついたか。」

「うっ。ト……トモヤ。ここは……。」


 セティナは少し身を乗り出し、この空間全体を慎重に見回していく。そして目の前にあるモノを目にとめた時、


「そ、そんな。」


 セティナは俺の背中からするりと降り、灰色の木へと急行し、そして木の幹に手を置いた。置いた手を一旦止めて感触を確かめ、次に下にスッと下に幹を撫でた。

 セティナは触れた手を戻して開いて確認し、腕を力なく下ろし、木を前にして立ち尽くした。


「どうしたんだ。」

「……。」


 水髪の女性は俺に背を向けたまま何も動きがない。

 何故反応しないんだこの木は一体何なんだ。


「セティナ!」


 今度は強く叫んだ。

 セティナはビクッと肩を震わせた。ゆっくりと俺に体を向けていく。その時の表情はひどく青ざめていた。

 悪い予感だけが俺の頭を支配していった。

 セティナは俺を恐る恐る見て、そして力なく頭を下げていった。



「ごめんなさい。」



 あまりにも突然だった。俺には状況を理解できなかった。倒れる前も同じことを言っていた。


「何で謝るんだ。何でこんなタイミングで謝るんだ。」

「……。」


 水髪の女性は頭を下げたまま答えてくれない。

 腕を膝の前に置きギュッと強く握りしめていた。


「どうしたんだ。何で答えてくれないんだ。ただ謝るだけなんて納得いかないぞ。」


 ひしひしと俺の心の中に焦りが生まれてくる。どうして何も答えないんだ。

 俺は前に向かって歩き、セティナまであと一歩のところで足を止めた。

 俺が近づいたことに気づいたのかセティナは顔を上げた。

 目全体に涙が溜まっていた。


「どうしたんだ。」


 言った瞬間にセティナは俺に飛び込んできた。


「ごめんなさい。本当は私があなたを助けなくてはいかなかったのに、私にはもう止める手段が無いの。だから……ウッァァァー。」


 俺の胸でセティナは大きな声を上げて泣いた。

 俺にはセティナが今言った言葉を理解することはできなかった。だけどひとつだけ分かったことがあった。

 セティナも何かに苦しんでいたことだ。だから泣いていると思った。

 俺は静かに彼女を抱きしめた。


「セティナ。お前も悩んで一人で抱え込んでいたんだな」

「ウッ。ウン。」

「あまり大きなことは言えないけど、俺が聞ける範囲でいいから、教えてくれ。今起こっていることを。」

「……うん。」


 セティナは自ら抱擁を解き、二三歩後ろに下がった。

 目にはまだ涙が光っていたが、少し吹っ切れたのか、しっかりとした瞳で俺を見つめた。


「まず私の立場から教えたほうがいいかな。」


 立場?

 始めは言っている意味が分からなかったが、次第にその中に含まれている本質を悟った。


「ああ。教えてくれ。」


 俺はあくまで冷静を装って聞いた。


「私はこの木の本当の主です。」

「……。」


 驚きはした。でも驚愕というほどでもなかった。何だろう、意外とすんなりとその事実について飲み込める気がした。


「あれ。そこまで驚いていない。」

「いや。驚きはしたよ。でもそんな気がしてなくもなかったかな。」

「なんだ。勘付かれてはいたんだ。」


 セティナは、隠していたのが無駄だったんだな。と思わせるように首を軽くさげた。


「でも何で本当という言葉を使ったんだ。」


 俺の少しあった疑問に、主は頷いた。


「今は私の支配下には無いの。今のこの木の主はリオの姉さん。」

「……そうか。」


 大体の予想はできた。リオの姉が屋上にあった木を動かしていたのも、納得はいった。


「じゃあ俺のあの時の予想通り、憎悪と悲しみを俺らに与えてきたのは、リオの姉さんなのか。」


 セティナは「そう」と答えた。

 でもそれだと当然聞きたい事柄がある。


「なんでセティナとリオの姉さんの支配権が変わったんだ。」


 セティナは少し深刻な表情になる。静かに話し始める。


「これは私のミスだった。」

「……。」

「彼女はある日の夜に学校に現れた。そして彼女は自分の憎悪の気持ちが抑えきれなくなって、学校で苦しみ始めた。それを発見した私は直接学校に赴いた。でもそれが私のミスだった。」

「……。」

「ほんの一瞬、木のシステムを見放した時にトラブルが起きた。リオの姉さんの憎悪とこの木が不協共鳴を起こし、この木のシステムが彼女を吸い込んでしまった。それによりシステムは書き換えられ、支配権が彼女に移ってしまった。私は再度、支配権を戻そうとしたけど、私はこの木からはじき出され、川まで飛ばされてしまった。その時に記憶は消されてしまった。」

「……そうか。それについての理由は分かった。じゃあこの木のシステムってなんだ。そしてそのシステムが何故学校にあるんだ。」


 セティナは僅かに上を見上げた。そして独り言をつぶやくかのように言った。


「私は子供がいじめられたり苦しめられたりする所を見るのも、それ自体も嫌い。」


 俺は黙ったまま聞く。


「そしてそのせいで、悪い道に進んでしまって心が荒んでいくのを見ていられなかった。」

「……。」

「だから私は他次元の世界を飛べるシステムと憎悪を取り除いていけるシステムを作り、そこの世界で苦しんでいる人たちを少しずつでも救っていけるようにした。今回はその拠点がこの学校になった。」

「じゃあリオの姉弟やサクラ、フォルテを呼んだのは、彼らも救うためか。」

「そんな感じかな。」


 なるほど、納得はできた。


「じゃあセティナ、あの緑の柱の装置と、その中にいた巨人は何だ。」


 セティナの表情がまたまた暗くなる。


「あれはたぶん憎悪の塊。」

「!!」


 あれがそうなのか。あの巨人が憎悪の塊。でもあれはリオの姉さんの意志なのかそうではないのか。


「リオの姉さんはあの巨人を操っているのか。」


 だがセティナは首を横に振った。


「これは私の憶測だけど、彼女はあの憎悪に操られている。トモヤが説得したときに、彼女が突如逃げたのは、たぶん少なからずあの憎悪の影響だと考えられるから、彼女は真っ先に巨人に吸われた。」

「ほかのみんなも吸われてしまったんだ。あいつら生きているよな。」


 セティナはえっと声を上げた。今になって皆がいないことに気がついたみたいだ。真剣な表情で顎に手を当てて考え込んだ。


「生きてはいるはず。だけど長期にわたってあの憎悪の塊の中に居続けると、もう元には戻れなくなる。」

「何だと。んじゃこんな所でのんびりしている暇はねえんじゃないのか。何か方法はないのか。」

「それが……。」


 セティナは声を途絶えてしまった。その代わりに後ろに振り返り後ろにある灰色の木を指差した。


「この木。本当は憎しみから楽しみ喜びに変えることのできる木だった。だけど憎悪に長いこと汚染されて、今ではもうほぼ死んでいる。」

 


 死んでいる……。



 その言葉を聞いた瞬間に深い喪失感と絶望感が襲い、体の力が抜けていった。

 と同時に今セティナが言った意味とさっきの泣いていた意味が合致した。

 主の悩みは全ての可能性が消えたこと。気絶する前も俺たちを何とか守ろうとしていた。だけど全ての策が今無となった。

 絶体絶命だ。

 正直あいつを止める方法はない。せっかく俺とセティナのためにかばってくれた五人も、憎悪にとらわれて終わってしまうのか。

 そんなのは絶対に嫌だ。だが本当に思いつかない。このまま俺らも奴の侵略に囚われて終わる光景が目に映った。

 俺は無意識にも地面に膝をつかせてしまった。悩みを聞くと言った本人が絶望するなんてなんてザマだ。

 何か笑えてきた。


「トモヤ。」


 セティナは俺と同じ目線に構えていた。そして俺の両肩を掴み、しっかりと俺を見据えた。


「トモヤ。助けて。」

「へ?」


 聞き間違いかと思った。再度聞きなおす。


「今なんて。」


 セティナはギュッと手に力を込めた。その力が肩を通して伝わる。


「トモヤお願い。私を、いやみんなを助けて!」


 俺は目を大きく見開いた。今俺は失墜の底にいるのにそんな俺に助けを乞うのか。俺にはあんな化け物を倒す力などどこにも。


「俺に何で助けを求めるんだ?」


 セティナはその言葉に、ニッコリと笑って答えた。


「あなたに力があるから。」

「フッ。」


 思わず吹き出してしまった。

 そんなの俺にあるはずがない。巨人を倒す力ってそんなの一人間としてあるわけがない。何を根拠に。


「俺になんの力があるって言うんだ。」


 ほぼ呆れたような物言いで答えた。だけど主の目には何か熱く思う感情は残ったままだ。


「あなたには人を助けられる力がある。」

「……。」

「あなたには人を支えて、そして心の傷を和らげる力がある。」

「そ……そんなの。」


 俺にはあったのか、そんなのあったのか。あったかもしれないけど、それはマグレだ。

 左右に首を振ってしまう。それでも主の目には諦めの文字はなかった。


「俺にそんなのあるのか。」

「ある。」


 セティナはきっぱりと言った。

 自然と俺の瞳が潤んできた。

 俺にそんな力があるのか、ただガムシャラにやってきただけなのに。


「セティナ、もし俺に力があったとしても、あいつには巨人には何も通用しないんじゃ。」

「通用する。だってあなたは、今まで四人の人を憎悪から救ってきた。あなたはあの憎悪の塊を優しさと暖かさに変えられる。」


 そんな風に言われても、現実そうだったとしても、俺には信じられない。


「そんな些細なことで、変えられるのか。」

「変えられる。」


 今度は俺の上からギュッと抱きしめてきた。

 優しさと暖かさが俺を包み込んだ。こんなにも思ってくれる人がいるなんて、自分は特別な存在ではないのに、こんなにも信じてくれる人がいるなんて。

 ああそうか、あいつらも信じてくれたから、俺を必死に守ってくれたのか。

 気持ちに整理がついた。

 俺はもうそんな存在になっていたのか。

 そうだな、最後まで頑張ってみようか。

 俺は抱擁を解き、もう一度セティナを見つめた。


「分かった。リオと姉さん、サクラとフォルテと仮面の男、そしてセティナを助ける。」


 俺の瞳から流れた雫は熱く残った。

 決意は固まった。だが最後に一つはっきりと聞きたいことがあった。

 セティナは異世界を周り、苦しんでいる子供を助けてきた。今回は俺やリオたちがそうだった。でも他世界を周り、そしてそれ相応なる力を持った主。

 ではセティナは……。


「セティナ、決戦前に最後に一つだけ聞いてもいいか。」


 主は躊躇することなく、即了承した。


「セティナ。君は本当の意味で何者なんだ。」


 セティナは俺の言葉に考えはしたものの、すぐに答えた。



「それは……。」




次回更新は4月20日の朝7時になります。

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