13話 小屋の中で
13 小屋の中で
「き・・・はと・・・やの知り合いか。」
「はい。」
ぼんやりと遠くから話し声が聞こえた。
「友也くんは大丈夫ですか。」
「ああ大丈夫だ。あと少ししたら動けるようになる。」
重たい瞼をこする。ゆっくりと目を開く。まだぼんやりしている。
手前はたぶんフォルテッカだ。そして奥に見える白い服装の人は……。意識が次第にはっきりしてきた。ぼんやりしていた視界がはっきりする。
俺はガバっと飛び起きた。
「サクラ!」
あまりにも大声で叫んだので、サクラとフォルテはびくっと振り返った。だがそれは一瞬で、すぐにサクラとフォルテは笑顔になった。
「よかった。友也くん元気そうで!もう大丈夫なの?」
「ああ。」
俺も笑顔で答えた。
サクラは焚き火の奥の玄関と思われる所にいた。そこから回り込むように走ってきた。
俺の近くに座り、しっかり俺と目を合わせた。
彼女の瞳には涙が滲んでいた。
それに気付くと俺はさっと目線を逸らしてしまった。自分の唇を軽く噛んだ。
「サクラ、すまん。」
自分の落ち度とはいかないが、それでも怖い目に合わせた。それに自分の知られたくない過去というか、こんなどうしようもない俺だ。正直顔を合わせるのが辛い。
彼女がどういう表情したかは分からない。ただ彼女は一言こういった。
「気にしてないよ。」
俺は、気落ちしていた頭を上げた。だけどまだ彼女には目を合わせられない。
壁に映っている影が揺れた。
「俺、少し出かけてくるわ。」
言ったのは、フォルテだ。彼は腰を上げて立ち上がり靴を履いた。
「別にいても構わんぞ。」
「いや。普通に用事があることを思い出したから。」
そう言って、彼は足早に小屋を出て行った。俺はおぼろげにその背中を見ていた。そして扉が閉まった。
部屋には俺とサクラの二人きりになった。
さっきの会話の途中になってしまったので、余計に聞きにくい、その上話しにくい。必死に話題を探す。
「サクラ、どうやってここに来たんだ。」
俺は純粋に疑問だったことを聞いてみる。だが彼女は数秒ほど黙った。何かをためらっているのか、気になった俺は横目で彼女の表情を伺う。
少し俯いたまま口を詰むっていた。
「どうした。」
ぱっと顔を上げたサクラ。慌てて答える。
「ごめんなさい。その話は少し長くなるから、リオが来てから話をするね。」
俺は目を大きく開く。
「リオも来るのか?」
彼女は軽く頷いた。
リオが来る。というか、何があったんだ。俺が倒れている間に今度は何があったのか。ますます疑問が増える。だけど彼女がそう言っているから待つしかないか。
リオだけか……。
思わず頭を抱えそうになるが、なんとかその行動に移すのは止める。
また空気が重くなる。話を無理に変えた俺に責任があると感じた。
せめて彼女を正面から見ようにも、どうしても向けない。
「さっきの話に戻るけど、気にしないとは言ってくれたけど、実際どう思った?」
俺は焚き火を眺める。
次に彼女が口を開くまで、ほんの数秒しかなかったはずだ。だけどそれまでの間がとても長く感じた。
「正直、ビックリした……。それに友也くんのこと、怖くならなかったと言うと、嘘になるかな。」
胸が締め付けられるような感覚になった。俺はギュッと目を瞑った。
「だけど……。」
サクラは言葉を続けようとする。俺はただただ静かに次の言葉を待った。
「私たちを守ろうとした行動は本物だよね。」
俺は床に置いていた手をピクっと動かす。それ以上の目立った動きはしない。
「私たちが逃げようとした時に、友也くんが必死にあの人たちを止めてくれたのは本当だよね。」
彼女の声はそんなに大きくなかった。だけど鋭く強く俺の心に伝わってきた。
正直、少し動揺した。サクラはひどい人間不信だった。それは初めて会った時も、外で話を聞いた時にも知った。
そんな彼女がこんな必死に俺のことを疑わず聞いてくれるなど、想像してなかった。
俺は逸らし続けていた目を彼女に合わす。彼女の目には、さっき以上に潤んでいた。
俺はひと呼吸置いた。そして彼女の誠意に応えるように返答した。
「ああ。それは本当に思ったことだ。」
サクラの表情がパッと明るくなった。そして良かったと言ってくれた。
そんな明るい顔を見ると、ほんの少し照れくさくなった。でも感謝の言葉を言わないといけないと思った。
「サクラありがとう。」
するとサクラはポッと頬を赤くさせた。彼女はその頬に手を当てて、僅かに俯いた。
何だろう。この何とも言えない感覚は……。
コンコン。
扉をノックする音が聞こえた。俺たちは扉の方を直視する。すぐに扉の向こうから声が聞こえた。
「おい。開けてくれ。」
フォルテの声だった。
俺は首をひねる。何か手がふさがって開けられないのかなと思った。
サクラに俺が行くと言い、俺は立ち上がる。まだ体に違和感があったが、扉を開けることには支障はないだろう。
そのまま扉まで赴き開けた。
俺は目を疑った。目の前には、ずぶ濡れになったフォルテとリオ。そしてフォルテの背中には見たことない女性が、ぶらんと腕が下に垂れている状況で背負われていた。
一体誰なんだ。と考えようとしたが、リオの声によって俺はその思考をやめざる負えなかった。
「トモヤ!」
リオはフラフラしていたが、俺を見るやいなやびしょ濡れの体でそのまま飛び込んできた。
何とか受け止めた。
「心配したよ!」
リオは俺の胸で目から涙をボロボロ零しながら泣いていた。
俺はいつものように振り払う行動をしなかった。俺はゆっくりとリオの金色の髪を撫でてあげた。
こいつにも心配かけちまったな。
「おい。取り込み中のところすまん。手伝ってくれないか。」
フォルテの背中に載っている女性が落ちそうになっていた。
俺たちは慌てて抱擁を解いた。そして女性を支えながら中に運んだ。扉はリオが閉めてくれた。
サクラも手伝いゆっくりと女性を床に下ろす。俺はその女性を凝視する。
初めはリオの姉さんかと思った。だが容姿も髪型も違っていた。水色のショートの髪に丈が足先まである長いスカートに、半袖の水色の服に少し青めのベストっぽい服。その上には薄いスカーフを着ている。年は見た目は18から20だと思える。
「リオ。この人は誰だ?」
リオは涙を拭いながら答えた。
「あの人は、川辺で倒れていんだよ。」
俺はリオの顔を見る。
リオは話を続ける。
「あの人が川辺で倒れていて、何とか運ぼうとしたんだけど、雨の中だし、うまく運べなくて、そしたらたまたまあの男の人が通りかかって、んでここまで来たんだ。」
俺はその女性に視線を移す。川辺に流れ着いていたのか。何か不吉なというか、またもや良くない予感がする。
「あれトモヤ、どうしたの。」
リオが不思議そうな表情でこっちを見てくる。俺は首を横に振って、笑顔を見せる。
「いや何でもない。それよりお前は服を乾かしてこい。風邪をひくぞ。」
「うん。分かった。」
彼はピョンと跳ねながら、火の元まで行った。
「おいトモヤも手伝ってくれ。もう体は動くだろ。」
「おいおいそれ。けが人に言うセリフか。」
俺は笑いながら、フォルテの指示に従った。
それからというもの俺、サクラ、フォルテの三人で川辺で倒れていたという女性の手当をした。目立った外傷はなかった。ただ熱が高かった。たぶん急に降ってきた雨と、寒さで風邪を惹いたのだと思う。
毛布などをかけ、火を強くして部屋を暖めた。
そしてやっと彼女の体調も落ち着き、リオの服もある程度乾いたところで、四人は休憩することにした。
火を挟んで片側に俺とフォルテ。向かい側にリオとサクラ。俺の右側にサクラから見ると左側にあの女性が毛布を着て横になって寝ていた。
「フォルテッカさん。ありがとうございます。友也くんを助けていただき、またリオくんまで手伝ってもらって。」
サクラが向かい側のフォルテに頭を下げた。俺もつられて恩人に頭を下げた。
「いやいや。人として当然のことをしたまでだ。」
彼は軽く手を上げる。
「僕も改めて、礼を言うよありがとう。」
リオはめちゃくちゃ軽い口調で言った。本人は本気では行っていると思う……。
たぶん。
フォルテはリオに微笑んだ。
一応俺も一言「ありがとう」と言った。
こんなふうに一通り感謝コーナーは終わり、話は本題に入った。
「サクラ、さっき言ったこと、リオが来たら話すって言ったね。教えてくれないか。」
さっき言ったこと、というか一番気になってたこと、俺がいない間に何があったか。
サクラとリオは互いに目を合わせる。数秒、間を持ったあとサクラから話し始めた。
「まず一つ先に言わないことがあるの。」
リオはいつになく真剣な表情で言った。
「最初友也くんと別れたあと、リオ君の姉さんが別行動する。いや、友也くんと一緒にいたくないって、言ったの。」
俺の心は締め付けられた。若干の予想はついていたが、それでも心苦しかった。俺は俯いた。サクラは話を続けた。
「私たちはリオ君の姉さんを必死に説得したの。でも一緒にいれないと言って、行ってしまったの。」
「……。」
俺は何も言えなかった。自分の過去がひどい人間だということは承知していた。それを知った姉がそんな行動をとることに関しては、普通かもしれないと思ってしまう。それなりに俺は悪いのだから。
「そうか。」
ぽつんと呟いた。
「でも僕は、トモヤはそんな人じゃないと思っているよ。」
リオが真剣な眼差しで俺に向かって言ってくれた。
その答えに何故と思ってしまう自分がいた。でも彼の瞳を見ると、何かを察することができた。
リオとサクラの二人が一緒な眼差しをしていた。
じわっと僅かに目が熱くなるのを感じた。
「リオ。ありがとう。サクラもありがとう。」
俺は深く頭を下げた。
顔を上げるとフォルテが、わずかの笑みを作っていた。俺はまた恥ずかしくなった。
時間は流れ次の話になる。
「その後、そのまま友也くんの家に戻って来たのだけど、ドアが開かない状況になって……。」
うっ。と言葉を漏らす。
すると慌ててサクラは手を振って、全然大丈夫と言ってくれた。それでも俺は心が痛む。
「それで友也くんが戻ってくると思って、ドアの前で待ってたの。でも全然帰ってくる気配がなかったから、心配になってリオ君と一緒に探しに行ったの。そしたら……。」
そこで一拍間を持たせた。
「友也くんを襲ったあの人たちに出会してしまったの。」
体の傷が疼いた。結局俺が倒れたせいで、二人に危害が及んでしまったのか。
俺は何も言えなかった。淡々と話を聞いた。
「当然襲われた。リオくんが本当に頑張ってくれたのだけど、追い詰められてしまったの。」
俺は息を飲んだ。
「その時。不思議な人が現れたの。」
「えっ?」
深刻な空気だったのに、変な声を出してしまった。不思議な人ってどういうことだ。いかにもイレギュラーな響きだ。
声のせいで注目を受けてしまったが、話を続けてと言った。
サクラは頷いた。
「その不思議な人は、全身黒い服で、顔に……。えっと……。」
「仮面!仮面をつけていたんだよ!仮面の人だよ!」
リオが話に詰まってしまったサクラのフォローをした。
「仮面の人……。」
ついつい口から出てしまったそのワード。確かに現代の、しかもこんな辺鄙な田舎の街に仮面をつけた人など、一言で言うと不思議だ。
「その仮面の人が、その人たちをぶっ飛ばしてくれたんだよ!」
リオの少しテンションが高くなる。戦隊モノを見た少年のように目をきらめかしているように。
そんなに凄かったのか。とほんの少しの興味が惹く。
サクラは落ち着いてと言っているような視線をリオに送った。リオはテヘッとした表情をして、落ち着いた。
サクラが話を続ける。
「その仮面の人は、守ってくれた後、最後に一言言ったの。『ここから川に出て三キロ南に行ったところに、古い小屋がある。そこに君たちの知っている人がいる』と言ってくれたの。」
「・・・・・・えっ!」
一瞬何もない普通のフレーズだと錯覚してしまった。
よくよく考えたらその仮面の男の人が言っている言葉はおかしい。
だってその言葉が出るためには、仮面の男の人は俺の行動を全て知っていて、且つリオとサクラのことも知っていないと出てこない言葉だ。
俺はその人を知らない。
「本当に言ったのか。その仮面の男は。」
サクラとリオは僅かに頷いた。だけど二人にも腑に落ちない表情をしていた。
「私も最初に聞いた時は、とても信じがたいものがあった。でも実際来てみると友也くんがいたの。」
外の風が小屋の中に不気味な音を鳴らす。
今の話でサクラがここに来られたのは分かった。
「でもリオとサクラは何で別々で来たの?」
サクラとリオは一瞬アイコンタクトをする。
「それも、仮面の人が言ったの。別々のルートで行くように。」
サクラが答えた。
俺は二人の表情を伺う。複雑な表情をしていた。当然俺もだ。仮面の男には感謝をしないといけない。だけど気味が悪い。知りすぎている。
背中にゾクッとした感覚が襲った。
屋根を叩く雨の音が、強く聞こえた。
俺はフォルテに目を向ける。
「フォルテ。お前はこの仮面の人に心当たりはないか。」
フォルテはすぐに首を横に振った。
俺は無意識にも小さなため息をついた。
空気がまたどんよりとする。
「でもあれだ。」
赤髪の少年が思いついたように喋り始める。俺ら三人とも注目する。
「仮面の男も不思議だけど敵じゃなかったんだし、それに結局三人とも無事だったから良かったじゃないか。あ。でも部外者がこんなこと言うって、あれかな……。」
フォルテは表情を固めて俺たちの顔を伺った。
俺ら三人は目を合わせる。そして一斉にクスッと笑った。フォルテはその反応に若干の戸惑いをしたが、彼も自然と笑った。
確かにフォルテの言っていることは楽観的だが、良かったと思う。今考えても仕方ないと思った。
傍から見たら状況を丸投げしているように見えるかもしれないが、それもまたアリなのかもしれないと思った。
こんな風に、和やかな空気を作ってくれたフォルテに俺はまた感謝した。
そして一旦この話は終わることにした。
「今日は天気が悪いから泊まっていくと言い。少し場所は狭いが、何とか全員が寝られるスペースはあるから大丈夫だ。」
フォルテは笑顔で言ってくれた。
俺は、始めは悪いと思ったが、リオとサクラの疲労具合を見ると、ここで休んだほうがいいと判断した。
サクラとリオはここ最近寝ていなかったらしいので、すぐに寝るように指示した。
案の定、ほんの数分でぐっすり眠りについた。
俺とフォルテは、例の女性を交代制で看ることにした。最初は俺が看ることにした。俺は割と寝ていたので、起きられると言ってフォルテを先に寝させてあげた。
今は部屋で起きているのは俺だけだ。外の強い風も、屋根に音を鳴らしていた雨も、今は落ち着いており静かになっていた。焚き火のパチパチとなる音だけが時より聞こえるだけだった。
俺は小屋の壁に背中からもたれかかって、足を前に伸ばして座った。そしてゆったりと部屋全体の光景を眺めた。
自然と体の力が抜けて、気を楽にすることができた。
数分経ち瞼がだんだん重くなってきた。目をこすりながら、何とか眠らないように抗った。
だがそれに勝てず、俺は軽く眠りに入ってしまった。
耳元で何か物音が聞こえ、静かに起きた。
その音の正体はすぐにわかった。
川辺に倒れていた謎の女性が寝ていた体を動かした。
俺は静かにそばに寄った。
彼女は瞼をぴくぴくと動かした。そしてうっすらと目を開いた。
「起きたか?」
無意識にも声が出てしまった。
だけど彼女は反応しない。本当に起きたのかな。今度は意識的に声をかけてみる。
「大丈夫か。」
すると女性は薄く開いていた目を大きく開き、ムクっと上半身を起こした。そして俺の方を虚ろげに見つめてきた。
だがその瞳は、何か機械的に冷えた感覚を覚えた。
女性は俺を見つめるが、それ以上の反応をしない、起きているのかも不思議なくらいだ。
硬直した空気が続いた。
そして急に女性は口を開いた。
「ココハドコ。」
女性の発する声にしてはあまりにも機械的な声だった。
「アナタハダレ。」
一瞬戸惑いを覚えた。とりあえず自分の中で一呼吸を置いた。
そして一抹の不安を抱えながらも、返答することにした。
「俺の名前は宝田友也だ。トモヤと呼んでくれ。」
女性は目立った反応はしなかった。
「ト・モ・ヤ」
体はほとんど動かさず、一文字ずつゆっくりと口だけを動かし、俺の名前を復唱した。
はっきりと覚えてくれたかは分からなかった。
とにかく俺も彼女の名前を聞く。
「君の名前を教えてくれ。」
「ワタシノナマエ。」
「そうだ。」
彼女は若干顔を動かし、また戻す。
「エス・イー・……。」
「!」
彼女は途中で言葉を止めた。そして彼女は体を倒し、横になった。そしてすぐに瞼を閉じた。
俺は完全に言葉を失った。本当に今一瞬何があった。
それにさっき言いかけた名前は明らかに普通の名前ではなかった。アルファベットを一文字ずつ始める名前って……。
俺は呆然と座り尽くした。しばらく待ってみたが、フォルテとの交代の時間が来るまで彼女は起きなかった。




