B-4
「は──────?」
十六夜昼夜は愕然とした。あれだけ自己主張してきたあの異常者が殺してくれだと?そんな思考が脳内を駆け巡る。答えは出なかった。”サイコパス”自体が、自分を尊重する余りに軟禁状態でもそのまま生きていくのだ。自殺用品も充実しているのに、何故死なないのかと上層部では問題にもなっていた。それをこの異常者はいとも簡単に。
「何故今そんな事を言う?」
平静を装いながら、声を発して質問を問いかける。ここで慌てている事を気付かれれば、管理人としての立場が危うい。それを正しく理解していたからこそ、彼は冷静な面を崩さずに問えた。
「だって、今貴様は簡単に私を殺せるのだぞ?しかも、管理人が私を殺さない理由はない。私が生きても死んでも貴様が楽になるのには相違なかろう?いてもメリットはない。死んでもデメリットに成らない。なのに貴様は何故私を生かす?」
K-145RSの口調が荒い。後半になればなるほど言葉に刺がついていくようで、鋭く十六夜昼夜を刺してくる。十六夜昼夜は『一般的価値観から判断するに』今の彼女は不安定な状態にあると判断する。異常者たる”サイコパス”が不安定になるとどうなるか。彼は詳しくは知らない。しかし、憶測だけなら彼にも可能だった。結果、”更に異常を露呈する”だろう。
「なぁ、殺せよ。私を早く殺してしまえよ。そうすれば世間一般からの観点からすれば私を殺す事は正しいのではないか?異常者とそうでないものはどちらが多い?そうでないものの方が多いだろう?貴様の言い分だと、多い方についているではないか。庇う必要はないだろう?」
「……違う」
「何が違うのだ?ほら、正しいのは私だ。私を肯定しろ。私は貴様を否定するぞ。貴様は間違っている。貴様が言っている事は矛盾だ。貴様には『貴様』がいない。この意味が分かるか?」
十六夜昼夜はK-145RSの前髪を掴み、力を込めた。
「はん。またか。否定され始めたらそれか?──────貴様の方が異常だよ。管理人」
「黙れ」
十六夜昼夜は低く、小声で呟いた。
「だから、高圧的な態度をとるくらいなら殺せばいいだろう?気にくわないのであれば殺せばいいだろう?」
「黙れと言っているんだ。俺は管理人だ。歯向かうな」
「理論になっていないな。管理人=歯向かう事を繋ぐ材料足り得ない」
「──────」
安定していないほうは自分か、と十六夜昼夜は確認した。自分は何故ここまで怒りを感じているのだろう。しかし、K-145RSもおかしい。彼女はここまで消極的な思考回路をしていただろうか。否、彼女は常に自分が主体で、それこそ、自分を肯定するためにはなにもかも厭わないような思考回路──────。
「そうか、お前、理由が欲しいんだろ?」
「…………」
「沈黙は肯定とする」
十六夜昼夜は前髪を掴んだまま、廊下の壁にK-145RSを叩きつける。脳をより大きく揺さぶる為に、十六夜昼夜は振りかぶって、盛大に音を立てた。
「寝てろ」
そういって、十六夜昼夜は睡眠系の薬物を投与した。K-145RSの意識が白濁していく。ぼんやりと視界が奪われていく。K-145RSは抗おうと舌を噛んで意識を覚醒させようとしたが、薬物の前に屈するしかなかった。意識が失われる。十六夜昼夜はK-145RSを抱えて、1-1組の前を後にした。向かう先は保健室。