B-3
軽く装いながら十六夜昼夜がそういうと、教室内の空気が一気に弛緩する。安心した。もう異常者と一緒にいなくて住む。そんな声が十六夜昼夜には聞こえた気がした。もちろんだれもそんなことは言っていないし、動いてもいない。十六夜昼夜の異常がそうささやいていた。教室の扉を閉めた瞬間に、どっと汗が吹き出し始める。慣れない制服を着ているせいか、背中がぐっしょりと濡れていて不快だった。そんなことよりも、と十六夜昼夜は額から血を流すK-145RSの傷口を探す。思ったよりも傷は浅く、これなら応急処置で問題はないだろうと判断した十六夜昼夜は、ブレザーのポケットからガーゼとテープを取り出す。応急処置を施して、起きるように指示を出した。
「いらん事をするな。もう少しでお前を誤魔化して登校させてる事に気付かれる所だっただろうが。つか何?お前脚力人外だなおい」
「何故首輪を使わなかった?何か効果があったのではないか?」
「お前試してたの?しねぇよ。その首輪が出来るのは……まぁ、薬物の投与だと思ってくれていい。正確には俺もよくわかんねぇえど。ま、即効性を重視してるから」
「その種類は?」
「いつも質問してくるけどよ。俺に答える義務はないからな?ま、軽く挙げると、睡眠系、麻痺系、感覚向上系、毒系。毒系は特殊で下手すりゃ死ぬ」
「……人を殺す事は罪になるんじゃなかったのか」
「毒は一時的な失神効果と3日の潜伏期間があるからな。3日きっかりで死ぬびっくり兵器だ。死にたくないなら言うことを聞け」
「否定する。私の行動を否定しているのだなそれは?」
「やっぱわざとなの?俺に薬物投与させてぇの?」
「否定する。それなら私は”投与しろ”と言うだろう?」
「ちっ、そーゆーことかよ」
要は、K-145RSは試しているのだ。十六夜昼夜がどの効果のある薬物を投与してくるのか、十六夜昼夜が自分に抱いている感情がなんなのかを、彼女は選定しようとしている。十六夜昼夜の反応に、K-145RSはニヤリと笑って首肯する。額の傷がじくじくと痛んだが気にしない。彼女は楽しんでいた。否定対象が目の前にいる現実と、自分を否定出来ず、肯定させたという達成感が胸いっぱいに満ちていく。からかい甲斐がある。自分の事をこの管理人は良く知っているが、それは自分が管理人の事を良く知っているという事を示す。この男、十六夜昼夜は理想を持って置きながら現実を知り、その妥協として『一般的な観点から』という、と彼女は算段を付けていた。根拠は、一般的観点のズレから。余りある一般意見から、すべてを汲み取って行動する事は不可能だ。よって、その汲み取り方に彼の理想が現れる。そして、決定的な事が一つだけ。
────────────だれも、”サイコパス”との共存なんて願っていない。
世間一般からの”サイコパス”に対する考えは、制度もさながら『金食い虫』『圧せられるべき生物』『嫌悪の対象』と評価されている事をK-145RSは正しく理解していた。例え矯正され、社会に復帰しようとも、その認識が変わらない限り不可能である。”サイコパス”制度は元々、社会から異常者を切り捨てる、つまりは殺すものだったが、日本のこの制度に異議を唱えた諸外国によって、半ば命令のように改変されたものだ。
「なぁ、いつになったら、私を殺してくれるんだ?」