B-3
K-145Rは扉を勢い良く開いた。教室内が静寂に静まり返り、視線が一点に集束する。チッ、と舌打ちをして一瞥。飛び上がって足を付ける瞬間に膝をクッションの様に扱い、スカートを翻しながら教卓の上に音もなく着地。担任であろう教師に鋭い視線を浴びせる。言わずもがな、その理由は明確なものだった。K-145RSとこの教師が言ったからだ。それだけの理由。彼女は持ち前の脚力を以てして、彼女が異常であることをその場で知らしめた。
──────私を否定するな。
殴殺するかのような打撃音が教室内に響く。教卓からの右側頭蹴り。それによって無残にも黒板がヒビを作って凹む。蹴った部分を中心にして、蜘蛛の巣を張ったかのように亀裂が拡がっていく。誰もが驚きを隠せないでいる。管理人、十六夜昼夜は鼻で笑った。
「何してくれるんですかねぇ?てかマジ、何がしたいの?俺の首を締めたいの?」
「あの名でこの教師が私を呼んだからだ。私は型番の様な名前ではない」
「でもそれで反応しちゃうようじゃあ、お前がそう認めているっつぅ事になんねぇか?」
「否定する。反復して私の事を指す言葉を言い放ったのだから、反応するのは当たり前だろう。貴様だって経験がある筈だ」
「はっ、いいか。お前は名前を失う程に我が侭なんだよ。それに、番号で呼ばれた所で何処にその行動に移す理由がある?」
「否定する。私には名前が──────」
「名前がねぇ事実は否定出来ねぇよ」
十六夜昼夜はゆるりと教室内に入り、K-145RSの左手を右手で掴むと、そのまま体を回転させながら捻った。人間的欠陥を付く武道の技だと見れば誰もが分かる。K-145RSは成す術もなく床へ仰向けに倒れ、肺に溜まっていた空気を強制的に吐き出される。その間に要した時間はおよそ三秒。K-145RSは出来事に思考が追いつかなかった。反射的に吐き出された息を吸い込もうとしたが、それを十六夜昼夜は更に彼女の胸を圧迫して制する。ヒィヒィと浅い呼吸で酸素を欲するその無様さに、教室内はどっと沸き上がった。指を指して笑い、クスクスと笑い、視線だけで嘲笑を感じ取れる。十六夜昼夜は恰好をそのままで口を開いた。
「まぁ、なんだ。お前らもここに来ているとなると予備軍扱いだろ?ざっと見た感じここにはまだ認定者はいないみたいだけどよ。……つっても普通か。合計した”サイコパス”の危険度でクラス分けされるんだから、こんな爆弾を教室に入れるとなると必然的にな。んじゃ、一つ言わせて貰おう。いいか、この”サイコパス”の管理人として言わせてもらうけど」
十六夜昼夜はK-145RSの束縛を解いて前髪を掴み、ひび割れた黒板に打ち付ける。額が割れて血が頬を伝った。笑い声が一瞬で止まった。その起こされた事象に恐怖を抱く。或いはその事象を起こした十六夜昼夜に。仮にも女だった”サイコパス”を、彼は問答無用で傷付けた事に対してだろうか。十六夜昼夜はそれを確認すると、K-145RSを床に投げ捨てて、乱暴に言い放つ。
「お前らの我が侭を殺せ。お前らの思想を殺せ。自分が特別だ?思い上がんな。お洒落感覚で”サイコパス”認定されてるんじゃねぇよ。”サイコパス”はいてはならない。コイツは見ての通りレベル3だ。マジでレベル5はもっと頭おかしい。俺ら管理人は教育担当者だが、コイツ等の手綱だ。お前らは子んん首輪繋がれた獣に成りたいか?──────我慢しろ。お前たちは人間だろうが。だったら、理性がある筈だろ?………早くこの学校を出ていけ。ここにいても頭おかしくなるだけだぞ」
しん、と教室が静寂に包まれる。十六夜昼夜はK-145RSの首根っこを掴み、ずるずると引き摺りながら教室から退出する。その姿を生徒たちは目で追っていた。「あぁ、それと」と十六夜昼夜は付け加える。
「所属するってだけで別に一緒に授業受けるわけじゃねぇから安心しな。異常者は異常者らしく、隔離教室行きだからな」
十六夜昼夜は何処か悲しげにそう言った。