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サイコパスシンドローム  作者: 木樵蝋梅
K-145RS否定
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B-1

 K-145RSは十六夜昼夜を待っていた。校舎がここからでも大きく見える程の収容数を誇る巨大なもの。矯正校、という名前だけは聞いたことがあった彼女も、まさか通う事となるとは想像だにもしなかっただろう。もっとも、彼女は外には出られないものと思っていたのだから。彼女の異常は”自分を肯定するために他者を否定する”というこの。即ち、彼女が生きている限りその異常はつきまとうし、彼女はこの異常に誇りを感じていた。


 ”サイコパス”のレベル制度には五段階の評価があり、小さければ小さい程一般人に近い。彼女がもし仮に判断されるレベルはやはりレベル5だった。基準は以下の通り。


 レベル1。思考回路の一部が異常化する。

 レベル2。思考回路の大半が異常化するが、行動に移す事はない。

 レベル3。思考回路の大半が異常化するが、行動を起こす事は極少ない。

 レベル4。思考回路の全てが異常化するが、一部に限り行動を制限出来る。

 レベル5。思考回路の全てが異常化し、行動もすべて実行する。


 K-145RSは見ての通りレベル5だ。どうやってレベルを二つも誤魔化したのか、彼女には理解出来なかったが、些細な事として彼女は認識してしまい、思考の外へと外された。とんとん、と新しい靴の爪先を叩き、靴の形を整えていく。十六夜昼夜から貰った運動靴はぴたりと足に馴染んでいたが、形には個人差がある。彼女の足は普通のそれよりも細長い。走っているうちにではなく生まれた時から特徴で、こうして靴にぴたりとハマる事は珍しい。それでもやはり爪先がついていないのは不満なのか、鬱陶しそうにしていた。彼女は走る事に対して並々ならぬ努力をしており、それは自分自身でも理解していた。彼女にとって走る事とは、ただ自分を肯定していく中で重要な事だ。走る事を否定された事はない。もっとも、ああしてまで妄執的なランニングを始めたのは”サイコパス”となってからの話なのだが。


 暫くして、十六夜昼夜は戻ってくる。服装をK-145RSと同じ高校の制服となっており、臙脂色のブレザーが良く似合っている。彼の瞳の色が黒だからだろうか。臙脂色のブレザーと相成ってある黒色のズボンが、この学校が普通ではないと存在を主張する。明らかにミスマッチである。K-145RSは自分の着た制服のおかしさに気付いていなかったが、今目の前にして実感する。


「専属講師、貴様は何故制服を?」


 単純な疑問をK-145RSは投げかけた。返答は目に見えていない。契約書にあった通りならば、学校内でも同伴させられ、後から言われた半径3m外に出る事が許されていないのだから、逆に生徒になれば不具合が生じるのではないか、と彼女は思う。彼女も半年前までは異常を抱えて生活してきた人間だ。授業には男女の壁というものが存在する。体育はもちろん、家庭科の授業などもその一つだ。その質問に、十六夜昼夜は何かがおかしいのか、少し機嫌の良さそうな声で答える。


「だからお前が安定するまで一緒だっつったろ?流石の矯正校も部外者は入れてくれねぇよ。ま、大丈夫だって、それとコレ。着けてくれ」


 十六夜昼夜は左の内胸ポケットから黒いベルト状のモノを取り出す。それがチョーカーなのだとK-145RSは直感的に感じた。単なるお洒落アイテムでない事は彼女でなくとも理解が及ぶだろう。ならそれは何故今提示されるのか、思考を回しているうちに、十六夜昼夜の手がK-145RSへと伸びる。咄嗟に反応しようとK-145RSは右手を進行方向を阻害するように突き出したが、十六夜昼夜はそれを何事もなかったといわんばかりに余った左手で払い除けてチョーカーをK-145RSに装着させた。チョーカーと言う割にはカタチが少しばかり特殊だ。丁度首の大静脈に張り付くようにしてアタッチメントが取り付けられており、首輪とは形容し難い。アタッチメントには幾色かのカラーリングがされた小さなボックスがあり、単なるチョーカーではない事をはっきりと主張していた。


 K-145RSは嫌そうにチョーカーを軽く触った。触り心地は革製品と大差ないが、一体これの何処が接続面だったのだろうか。記憶を手繰り寄せて考えるも、十六夜昼夜にそのような行動は一切見られなかった。後ろにあるアタッチメント部分がそうかと適当に算段を立てて、彼女は口を開いた。


「なんだこれは」


「レベル3以上が外出する時に着ける事を義務付けられているチョーカー。この学校の最大レベル上限がレベル3だから、そのチョーカーを着けている奴は”本物のサイコパス”だと言って良い」


「なんだ、その物言いだと”偽者のサイコパス”が存在するみたいじゃないか」


「それがいるんだよなぁ……しかも矯正校に限ってうじゃうじゃ。明確な”サイコパス”の基準はないから、認定の時に適当に答えてれば認められちゃうし。最近は”サイコパス”に関わる事が一種のステータスと化しているらしいけど。まったく、一般人は一般人らしくおとなしくしていればよかったのに」


 異常を抱えた十六夜昼夜は羨ましそうにそう言った。言わば彼はどちらにでも存在する事が出来る異分子なのだ。しかし、双方ともに資格があるために、どちらにいたとしても同じ待遇を受ける。正常から見た異常は”サイコパス”に。異常からみた正常は”自分を社会から外した敵”に。結局彼はどうしたのかと言うと、このような専属講師となり、双方に精通している職につくことで双方からの批難の声を回避している。どちらにも属さないとは、どちらからも歓迎されない事を現す事を彼は誰よりも熟知している。


「専属講師、時間はいいのか?」


「おぅ、悪ぃ。さっさと行こうぜ。約束の時間まであと……十分過ぎたくらいだ」


「私が言うのもおかしいが貴様は事前に到着しておく事を覚えた方が良い」

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