D-8
「(あの女、ついにゲロったか……つかマジ、隠しとくんじゃなかったのかよ)」
十六夜昼夜は、破壊された長机を立て直して、心中で呟いた。ここで、”サイコパス”システムを暴露した理由を考える。答えを出すつもりはさらさらなかったが、思考せずにはいられなかった。判断が出来ない。
「さて、もういいぞりさ君。これが『三つ現』。次いで、私も披露するとしようか。『四つ象』、と私は呼んでいるのだがね。『三つ現』までであれば、レベル3以上の”サイコパス”は皆が素質を持っているだろう。元より、それがこの学校の存在意義でもあるわけだが。『三つ現』を用いた戦略兵器の製造と、国家制圧が目的だ。勿論、外部には教えていないが」
十六夜昼夜は、その言葉を言っていいのかと問いそうになったが、寸でのところで踏みとどまる。『三つ現』とは、おそらく十六夜昼夜の知っているものだろう。『普通断』は、まさしくそれだ。しかし、十六夜昼夜はこんな大層な現象は起こせない。ただ、脳内で2択を選び出して、それから普通を選択するだけだった。意味のない、実用性のない、十六夜だと思っていたものが、他者に渡ればこの様な事象が起こせるなどと。
「『四つ象』。レベル3では難しいだろうね。理由は言わずもがな、自己形成世界の存在が絶対条件だからね。自分の持つ異常を世界として固定しなければならない。レベル3ごときでは不可能だよ。レベル5の中でも卓越した──────言わば、完全異常者(レベル6)でなければね。そうだな、定義はこんなところだろうね、異常を発現し続けないと死ぬ(・・・・・・・・・・・・)と言うのは少し度が過ぎているだろうがね。それほどに、異常が制限される事に苦痛を覚えるほどでないと。その全てを実行することがレベル5の定義なのであれば、これが出来るものは、思想の全てを強要する、とでも言ってしまおうか」
ふっと、十六夜三日月の咥えていたシガレットが消失する。十六夜三日月はふらりと体勢を崩して、ホワイトボードを支えにして倒れまいとする。支えを話さないまま、十六夜三日月は黒衣からシガレットを──────否、それは見慣れた煙草のケース。トントンと箱上部を叩くと、数本の煙草が突出した。指でつまんで口に咥えると、十六夜三日月は虚空にライターを具現化して、火を着けた。ライターを投げ捨てて、具現化を解くと、そのままライターは消滅する。
「具現するは世界の理、己が理。して、発生する事象は道理であり、己が思考を具現化する」
十六夜三日月は煙草のフィルターを通して大きく息を吸い込み、肺を汚す。染み渡っていくニコチンとタールが気分を若干落ち着かせた。
「故に己が世界は現れる。故に己が世界は、己が機能を全うする。──────具現する」
一酸化炭素と共に煙が混じった白い息が吐き出され、悪臭を漂わせた。十六夜昼夜は顔をしかめたが、十六夜三日月は淡々と、次なる言葉を紡ぐ。
「──────具現世界(welcome to the my world)」
唐突に、世界から色が失われた。白。真白の世界に、ぽつりぽつりと人がいることが確認出来る。長机は消失し、パイプ椅子も跡形もなく消え去った。無の空間、真っ白の空間に、講演に参加していた全員が放り込まれたかのようにして、座り込んでいた。ピリリと頭蓋に痛みが走る。煙草の煙を吸い込み、十六夜三日月は喉に手を当てた。──────知っている。この空間、真白の空間、距離感覚を狂わせるこの空間を、十六夜昼夜は経験したことがあった。単なる悪趣味だと思っていたのに、この事象は──────丁度、保健室であったものと同じものだ。あの保健室は、彼女の持つ異常によってカタチ取られていたものだった事を理解した。具現とは、即ちそういうことである。全知全能、無から有を作り出す、神の所業。例外。その名が相応しい程に、十六夜三日月は、こと具現に関しては群を抜いて特化していた。ふと、十六夜昼夜は思う。この野望は一人でも成せてしまいそうだと、自分なくしてもなされるかもしれないと。自分が必要とされていない事象に、十六夜昼夜は自嘲の笑みを浮かべる。
「だから見劣りすると言ったんだ。まともな事象を起こしてしまうとデモンストレーションにも何にもならないからね。名前は独自に付けたものだがね。『三つ現』も、『四つ象』も」
十六夜三日月はそこでふっと息を吐き出して嘲た。元、講演会場だった会議室にいたほぼ全員が驚愕の表情を浮かべている。その事実があった事も確かだが、最前列12人に関してはその例外となっていた。12人中5人は意識混濁、5人は聞く気すらない。そして、1人は──────十六夜昼夜は、睨みつけるような眼差しを向けていた。
「『二つ名』、『三つ現』、『四つ象』。全て数字を当て嵌めた言葉で現す、異常の奇跡。レベル2の諸君には、テスターを渡す訳にはいかないだろうから、テスターを埋め込んだ腕輪をプレゼントしよう。少しでも事象を起こせた生徒は私の元へ来なさい。もっとも、真剣にその異常を捨てたい生徒はしないほうがいいがね。異常を実感してしまえば、二度と抗えなくなるさ」
十六夜三日月はパチン、と指を鳴らした。白い空間の虚空から、黒色の腕輪が出現する。全員の分の腕輪が具現化されて、配布される。十六夜昼夜もその全員に含まれていたのだが、十六夜昼夜は受け取らなかった。
「『二つ名』はその名の通りだよ。私なら『具現者』、りさ君なら『否定者』。自分が異常の体現者だと理解したまえ。名前のないものは、それで呼ばせてもいい。氏名獲得には、多大な費用がかかるだろうからね」
十六夜三日月は言って「つまらないなぁ、昼夜君。どれ、ここで、彼女の痛みでも味わってみるといい」口を動かした。
「──────爆ぜろ(Burst open)」