A-3
これ着ろよ、とそう十六夜昼夜はそういって取り出した服をK-145RSに投げて寄越した。衣服はブレザータイプの制服で、付属品として付いていたリボンは赤い。ブレザーの色は臙脂色。普通の高校で良く見られる学校とは違う色で染まっていた。見るからにおかしい、と彼女はそう感じ取ったが、彼女は動じなかった。別段、異常者として見られる事に対しては嫌悪感を抱いていない。彼女が嫌なのは名前をK-145RSと呼ばれる事であり、それをどうしようも出来ない自分自身だ。見られる事は否定には繋がっていないし、彼女は自分が特別だと理解している。
「否定する。何故私は斯様な衣服を着ねばならない?衣服を縛ることから私の否定を緩和しようと考えているのか?」
「は?拒否権はねぇっつーの。……まぁ、これは一日目だけだけどな。様式ってやつだ。登下校は着用必須だけど校内は自由。ま、定時制高校だと思えばいいんじゃね?俺よくわかんねぇけど。まぁ、異常レベル3ってのは俺が手を回しておいたんだけどな。心理テストしてねぇだろ。ま、いままで会話してきて分かってきたからこんなことしたんだけど」
十六夜昼夜はゆるりと床に腰を降ろして座った。K-145RSは契約用紙を眺めて、米印に書かれていた事を確認し、眉間に皺を寄せた。
「それで、専属講師。何故貴様が同伴する必要がある?むしろ邪魔だ」
「いや、俺お前の管理人だし。最大レベルで編入するんだから当然だろ?安定するまでは一緒だとさ」
「否定する。専属講師、貴様が管理人だとして、私が安定していないと?」
「まだそんなこと言ってんの?お前ら”サイコパス”の考え方は一般からかけ離れてるんだよ。そもそも、俺が折角手ェ回した事に対して文句言うなよ。レベルも安定して下降していけば”サイコパス”復帰者として社会にも戻れるだろ?つまりは、お前の異常は社会復帰の可能性があるから許可証降りてるんだ。まったく、わがままな異常だよな」
「否定する。一度我侭の意味を調べろ。いいか、我侭というものは──────」
「五月蝿いぞ異常者。この認識は世間一般からみたものだ。俺の価値観じゃねぇよ。世間の判断が全てだ」
そんな使い方正しくないじゃないか、とK-145RSは呟いた。いつもこうだ。否定者たる彼女も、管理人である十六夜昼夜と会話すると言いくるめられる。しかも、言いくるめられ方はいつも同じだ。大抵、社会の一般的な価値観へと話を反らせながら、最後には否定を叩いて否定する。知るか、とそれだけで否定する事も否定者には正しいのだが、彼女にはそれが出来なかった。理由は、彼女の異常が単純な否定ではないからだ。『自己を肯定するために他を否定する』。彼女の異常は自分を肯定するために存在するものだったからだ。それが彼女の持つ歪んだ異常。”サイコパス”として登録されているのは、『否定』。その違いが彼女のレベル判定を簡易にしていたのかもしれない。
彼女は言い切られて機嫌を損ね、バスローブを脱いでワイシャツに腕を通す。
「それで、結論を述べて欲しいのだが」
「だから、学校行くんだって。”サイコパス”に保証されてるのは義務教育までだからな。高等教育に為にわざわざ許可証貰ってきてやったって訳よ。お分かり?はい、感謝して」
彼女はワイシャツのボタンを留めて、スカートに手を掛けた。
「そうか。否定の材料を貴様から与えられるとは思っていなかったぞ」
彼女はブレザーに手を通して、リボンを拾い上げた。
「ま、ちょっとした親心って奴?いいじゃんいいじゃん。お前勉強好きだろ?」
「バカ言え。私は否定を強固たるものにする為に勉学に励んでいただけだ。……まぁ、私には関わりが貴様しかいなかったせいで使う場面なんてなかったが」
彼女は制服を見事に着こなして、一歩前に出る。それが、外に出る前の一歩だと言わんばかりに。
「ゴメン、あのさお前、今パンツ履いたか?」
「履いていないがどうかし」
「履け」