C-2
カツカツと廊下を十六夜昼夜の靴音が響く。もう昼だというのに、日が窓からしか入らない上に教室にガラスはない設計のせいで、何処か薄暗い不気味さを一階廊下は放っていた。何をするでもなく、ただ呆然と見ているだけだった十六夜昼夜は目線の先に緑色のランプが点灯した事を確認した。何故今なのだろうか、と十六夜昼夜は疑問を浮かべる。午後の夕暮れならともかく、まだ正午前だ。そこで十六夜昼夜は思考を停止させて足を前へと踏み出す。
そこで不意に、パタンと電灯が全て消えた。非常灯もその時一瞬だけ消える。元々入る光量が足りなかったせいで、廊下はほぼ真っ暗となり、明け方のように感じる。光源は来客用の玄関と、十六夜昼夜が入ってきた扉だけだ。保健室に向かうにつれて、薄暗闇に包まれていく。ぼぅ、と緑の非常口のランプが点灯する。停電したのだろう、そして代わる非常電力を使ったか。何かよからぬ事でも起こったのだろうな、と十六夜昼夜は判断して、暗闇に足を踏み入れた。目先の床しか見えず、距離感は緑の非常口のランプのみ。ここまで視覚情報に頼っていたのか、と改めて時間して、十六夜昼夜はゆるりと保健室の扉を手探りで探し始める。
「おいおい、妙な言いがかりは止めてくれないか?私は単に君にチカラをあげようと言っているだけだ」
「ひっ……否定するッ!何をほざくか!!その行為の何処に意味がある!?」
「バカ言え。君には要所要所に全てテスターを埋め込んだんだよ?あと一つで君は完全になれるんじゃないか」
「だからと言ってそこにする必要は無い筈だ!!」
「いやいや、他に打てる場所は限られてくるよ?それと、バランス的にここが一番良い」
十六夜昼夜の数メートル先から声が聞こえた。なるほど既に終盤に差し掛かっている。十六夜昼夜は手探りで扉を見つけるとスライドさせて開け放つ。真っ白の空間が目に悪い。白黒して視界がチカチカとした。十六夜昼夜は一歩踏み出して保険室内に侵入する。──────案の定、右足を白いペンキの池に嵌めて。三人共が無言で視線を交わす。真っ白い空間が時間の感覚すらも狂わせる。
「なんだね昼夜君。君はドジっ娘属性でも欲しいのかい?私が仕掛けたトラップだとは言え、二度ならずも三度もかかるだなんてどういうつもりなのかね。私は問いたいよ。何をどうしればそんなにドジが踏めるんだい?」
ポツンと、黒衣が真っ白の空間で存在を主張する。その右手には細く長い針が持たれており、もう一方の手には幾枚かのパッチが。表情は何処か楽しげだったのだが、十六夜昼夜を見るなり、その痴態に呆れているかのような顔になった。
「専、属こ、うし……貴様……」
異様な光景が十六夜三日月の傍らに転がっている。真っ白の空間でその他全てが真っ白で形成されている為に、一体どうすればそのような恰好が出来るのかが一瞬理解出来なかった。K-145RSは真っ白の空間で宙に磔にされていた。それは丁度、宙で『X字』を描くかのようだ。K-145RSの服装は服装とは呼べなかった。ブレザータイプの制服は十六夜三日月によって開けさせられていて、なんとか十六夜昼夜が着せた下着がなければ規制も免れない用な状態だ。目を真っ赤に腫らしていて、体の至るところにパッチが貼り付けられている事を視認する。左右肘、左右膝、左右胸。シンメトリーになるように均一に貼られている。そして、額に一枚。合計七枚ものパッチが貼られていた。実に、十六夜昼夜の七倍もの数を、K-145RSは埋め込まれたということになる。
「凄いぞ?コイツはテスターを適合させただけではなく自分の骨に組み込んだのだ。私のシュミレーション通りの──────いや、それ以上の逸材だよ。君の額には無残にも穴が開いてしまったが、コイツは見事に骨ごと一緒にしたのだから。あぁ、なんて素晴らしいのだろうか」
十六夜三日月は歓喜していた。自分の頭で想像した事が具現化される異常の喜び、それを越えてしまうような逸材の存在と、具現をもっと強固たるものにしてくれる人に対する喜びが入り乱れて、十六夜三日月は嗤っていた。
「待てよ。七倍も打ち込んで大丈夫なのか?つかマジ、だったらパッチも針もいらねぇだろ。これだけあれば”サイコパス”システムだって正常に作動するだろうさ」
のんのんのん、と十六夜三日月は針を振って、ノートパソコンからグラフを表示させる。一目みて、十六夜昼夜はそれが何なのかを悟った。これは、具現システムの成功率をグラフ化したものだ。
「一個のテスターで大体12~3%成功率向上。まだ100%じゃないのだよ?これを見過ごす訳には行かない。100%を越える具現を知ってみたいじゃないか」
十六夜昼夜は諦めた。長い付き合いで、十六夜三日月がどんな人物なのかを理解している。十六夜の名前を皮肉でつけた彼女は、完全を求め始めると止まらないのだ。
「……はぁ、それで?何処にぶちこむんだ?」
嘆息して、十六夜昼夜は問う。
「残り、安全かつシンメトリーにテスターを打ち込める場所は一つ」
そういって、十六夜三日月の口角が上がっていく。
「──────子宮だよ」