C-1
十六夜昼夜は校舎から出ると、矯正校が外から隔離されている事を実感する。高い敷居が目の前に立ちはだかっていた。色は単色の灰色。コンクリートをそのまま突き刺したかのような印象を受ける。しかし、校舎を囲う壁がまたこの校舎を隔離された世界として表現されている事を強調しているかのようだった。
矯正校は表向きは”サイコパス”を矯正し、正しく社会へと戻す設備として認識されているが、逆に言ってしまえば、”サイコパス”への諸外国の圧力を受けたが為に設置された新しい隔離先と言える。矯正校の他にも、社会経験が積めるからと、幾つかの小さな会社が立ち上げられていて、その構成社員は全て”サイコパス”だ。彼らもまた、この矯正校を卒業した生徒達である。
「あの似非教師……結局一人でここまで作っちまうんだから怖ぇよ」
このサイクルと作り上げたのは、紛れもなく十六夜三日月である。政府からの支援もさながら、その八割から九割は彼女の自費で賄われており、さらには経営するオーナーも彼女なのだから驚く他ない。”サイコパス”の隔離生活を無くして最低限人間の生活をさせたいという彼女の思いから成されたものだった。ああして振る舞っているのも、嫌悪憎悪の対象となって内部分裂を避ける為なのだろう。十六夜昼夜に確証はないし、そもそもアレが本性なのかもしれないが。
隔離世界と言えば、この矯正校がどれほどの大きさなのか分かってくれるだろうか。校舎の大きさは普通なのに、運動場を含めて敷地は普通の高校の約十倍程。その各所各所に季節を感じるような場所が沢山ある。何故そんなものがあるのかと言えば、”サイコパス”を極力外に出さない為だろう。校外学習もないし、修学旅行もまともな観光が出来ない”サイコパス”にとってはここは唯一認められた隔離世界なのかもしれない。
今の季節、入学シーズン四月には樹木列の桜が沢山咲いている。桃色の桜道は約150m。近所の人も敷地内には入ってこないために、この桜は校内の生徒の為に植えられたものと言っても良い。スマートフォン端末でマップを呼び出した時からここにこようと十六夜昼夜は決めていた。
「──────判断する」
十六夜昼夜は頭の中で意見が混ざり合っていた。それを正しく纏める為に、彼は異常を具現化する。奇しくも、その言葉K-145RSの口癖と酷似していた事は何故か。たまたまだろうと十六夜昼夜は思い込む。
「普通断──────ッ!」
”サイコパス”システムが起動する。彼の具現する事象は脳内でのみ発生する。『一般的価値観からみた正解を導き出す事』。といっても、明確なカタチは形勢されないのが十六夜昼夜の十六夜なのだが。具現システムをその用途の為に使う事は適わなかった。しかし、彼は脳内で異常を露呈して、世間一般的価値観から見る事が出来た。一瞬、意識が失われる。その時間は一秒だが、体のバランスを崩す挙動にしか見えない。脳内を巡る問いの答えが、一般的価値観から2択で選び出されて判断されていく。
K-145RSの件。十六夜三日月に預けるのか、それともまた隔離棟で軟禁状態で閉じ込めておくのか。どちらもNoだと一般的価値観は述べた。ぐらりと傾いた視界を足を踏ん張って矯正し、改めて自分が不完全なのかを思い知った。2択から選べない事だってある。十六夜昼夜は一度暗転した視界を頬を叩く事で直して、脳を本来あるべき状態へと戻す。体勢を立て直すと、携帯端末を取り出した。ふらりとバランスを失って桜の木にもたれ掛かる。
一度身体中を異常で染め上げる事が、具現システムの原理だ。今十六夜昼夜は一般的価値感に犯されている。脳内一杯に普通が染み渡り、普通の判断しか出来なくなっていく。携帯端末内臓時計は11:27をさしていた。普通に判断して、体を開くような大手術でないのだから作業は終わっているだろう。自分の経験則なんて忘れて、十六夜昼夜は校舎に戻る為に歩み始める。桜道の砂利が鳴るほどに脳内の支配感が薄れていった。十六夜昼夜は嘆息する。2択にせねば答えは出ないし、一般的価値感からしか判断出来ないせいで、普通の問題も一般並にしか答えられない。一体何故こんな異常を持ってしまったのかと嘆いた。
「………どうせ、これを見るのが面白そうだったからなんだろ?つかマジ、何考えてんだか」
十六夜昼夜は足を早めてすぐさま保健室へと向かう。何よりも、K-145RSの容体が心配でならなかった。