B-7
「だから十六夜なのだよ昼夜君。君は異常を異常として発揮出来ない。いいや、発揮したくないと言った方がいいかな?仮に適合に成功したとして、君はシステムを使う事なんてままならないだろうね。だって君は、異常者足り得ないのだから」
十六夜三日月はノートパソコンを操作しながらそう言った。
「だったら──────だったら、K-145RSも足り得ないだろ。彼奴の”サイコパス”は否定の筈なのに、否定が俺に潰せてしまうくらい弱い」
待ってましたと言わんばかりに、十六夜三日月は別のウィンドウを表示させる。示されたグラフタイトルは、K-145RS。グラフを十六夜昼夜のものと比べると差は歴然だった。グラフが右肩上がりで、かつ上方をキープしている。十六夜三日月は大して白くもない歯を剥き出しにして嗤う。
「そうだね。彼女も十六夜の名前に相応しい。だけど、足りないピースが君とは違うんだ。彼女に足りないのは”持つ異常を確立すること”。そのピースを補うかのように、”否定”が露呈しているんだよ。きっと私のシステムにも同調してくれるだろうね」
十六夜三日月はノートパソコンを真っ白の机に畳んで置くと立ち上がって、十六夜昼夜のいる場所まで足を運んだ。唯一の白い空間の目印が目の前に移動することで、さらに距離感が狂わされていく。単色の空間とはそういうものだ。遠近を錯覚し、保健室の大きさすらも錯覚しはじめる。はたまたここは広いのか、狭いのかさえもが彼の意識から外されていく。十六夜昼夜は表情に出さないように必死で恐怖を堪えて、十六夜三日月に質問する。
「否定を露呈って……彼奴の異常は否定じゃなかったのか」
純粋な疑問。彼は今までそう信じていたからこそ、彼女と会話してきたのだ。世の中には否定出来ないものもあると分かってもらえれば、”サイコパス”だって普通に生活出来るだろうと、十六夜昼夜はそう考えていた。
「ほう……?気づいていなかったのかね昼夜くん。少し捻れば分かるだろうに」
そういうと、十六夜三日月は黒衣からパッチを取り出す。相変わらずの白色のせいで希薄な存在感。しかし、十六夜昼夜にとってそれは紛れのない脅威だった。十六夜三日月はその反応を示した彼を見て嗤い、そのパッチを躊躇なくK-145RSの額へと貼り付ける。
「自分がされた経験をこの子にもさせるのが怖いかい?”サイコパス”システムのテスターには激痛が伴うから?自分が実体験しているからかい?」
はっ、と嘲笑うかの様に、十六夜三日月は息を吐き出した。
「だから”サイコパス”にやらせているんだろう?モルモットなんだ、モルモットは惨殺しようとも餓死させようとも罰せられないからな。実験という名目さえあればの話だが。さて、”サイコパス”はモルモットだ。抗わないのか?生物として生を得たのであれば抗うべきだ。生存本能まで失ったか異常者?」
それは自分に対して自虐しているのか、と十六夜昼夜は声無く思う。元とは言え、彼女もまた”サイコパス”だった筈だ。幻肢痛のように、額に熱が篭もったかのように痛みを訴え始める。十六夜昼夜は”サイコパス”だった。しかし、その不完全さ故に十六夜三日月に見出されて飼われた犬に過ぎない。
「第一、研究者である私がモルモットに慈悲でも与えると思ったかね?答えはNOだよ。実験動物に感情なんて持たない、ただ、私の求めている結果さえ出してしまえばいいんだよ」
黒衣から細い針を取り出す十六夜三日月を、十六夜昼夜は見ている事しか出来なかった。愚かだなぁ、無い物を補う為にはここまで愚かにならないといけないのか、と十六夜昼夜は嘆息する。彼女の行為すべてが一般でいるための行為でしかない。彼女は異常を露呈しているが、それは一般の範疇を過ぎなくて。十六夜昼夜は音もなく立ち上がって、白い空間からの出口を、保健室から廊下へと通じる入ってきた扉を視界に捉えて歩き出した。
「つかマジ。異常は何処までも異常だったよ。誰一人、例外なく」
そう呟くと、十六夜昼夜は廊下へと足を踏み出した──────その前に、ペンキの入っていた段差に引っかかって鼻から廊下にぶつからなければ、様になっていたのだが。
「さすがの私でも鼻の骨は治せんぞ」
「だ、大丈夫だしッ!つかマジ、何母親みてぇに心配してんだよ!バカじゃねぇの!?」