B-6
「仮にも息子だぞ?俺。つか、息子を異常者呼ばわりだなんて、親としてどうなの?」
「何を言うか昼夜君。息子なんて肩書きは戸籍上だけで十分だよ。それに、君は私を母だなんて思っていないだろう?」
違いねぇ、と十六夜昼夜は悪態をついて白い床へと腰を降ろした。二人の関係は親子だ。名字が同じなのはそのせい。しかし戸籍上だけの親子であって、正確に言えば十六夜昼夜は養子として彼女に引き取られただけなのだが。
十六夜三日月は元”サイコパス”認定された一医者である。彼女の異常は社会にとって役に立つと判断された上でこうして特例として養護教諭として働いている。その傍ら、様々な研究事業に携わり、彼女の異常を以てして偉業を成し遂げた人材だった。彼女は十六夜昼夜を拾い──────より正確には、一度”サイコパス”認定された彼を引き取って、彼を”サイコパス”の呪縛から解き放った人である。もっとも、彼女には彼女なりの考えを持ってしての判断だったのだが。十六夜昼夜は”不完全故に外されなかった異常者”である。曰く、昼と夜を渡り歩く十六夜。
「それで?何でコイツを求めた?実験体なら俺がいるだろう」
十六夜昼夜は怪訝そうな顔をして問い掛ける。答える十六夜三日月はニヤリと嗤った。
「何を言い出すんだね昼夜君。モルモットは沢山必要だろう?それと、君は失敗しただろうに。あの適合にだ」
「違……ッ!アレは違うだろう!?システム面に問題が──────」
「なかったんだ。やはり、異常の露呈を極端に恐れた君が原因だろうね」
十六夜三日月は手元のノートパソコンを起動させてポケットからUSBメモリを取り出すと、それをノートパソコンに読み込ませる。表示されるOSは彼女自身が独自に作り上げたOSで、やや設定が難しい事もさながら、マニアにヒットして普及したものだ。彼女が無料でwebで公開してからというもの、多数のマイクロソフト社は大ダメージを受けた。マイクロソフト社からの苦情も多数押し寄せたのだが、彼女はこう言って切り捨てていた。
『商品はユーザーが選択するものだ。良い商品を作り上げた私を批難するとはどういう了見かね?仮にも資本主義国家に身を置く立場からすれば、不当にも程がある。君たちにも同じ事が出来るさ。いっそ私に勝る商品を作ればいいだろう?私はOSを公開しただけだ。何処に批難される点があろうか?』
以降、マイクロソフト業界は衰退。メンテナンスはweb上のソフトで簡単に行えて、最新版が欲しければUSBのような外付けHDにデータを保存して再インストールすれば良い。という手軽さがネックとなって、今やOSに絞ってしまえばコレに変わるものはないと言っても過言ではない。十六夜三日月にとってこの行動は、”自分の思ったものを具現化して公開した”だけに過ぎない。
「根拠もねぇのに言いがかりは止めてくれ!異常の露呈ってそもそもなんだよ!」
たん、と十六夜三日月は端末を操作してUSBメモリからデータを呼び起こして、折れ線グラフで表示される。その右肩下がりの線を指差して、十六夜三日月は口を開いた。
「異常の露呈をグラフ化したものだ。私独自の単位で表しているが、まぁ単純に思考を読み取っているとでも思ってくれ。昼夜君、これは一体どういうことかね?君は異常を捨てたいのかい?」
「………」
「ほら、何かいいたまえよ昼夜君。君の異常は、”サイコパス”をモルモットにしている私を許容出来るのか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)」
「──────それは」
「また数値が落ち込んだぞ昼夜君。君の異常でどう判断するのだ?」
ニヤニヤと卑しく嗤いながら、十六夜三日月は十六夜昼夜に声を放った。
俺にはどの言葉が正しいのか分からなかった。頭をよぎった異常は二つあったからだ。
1、”サイコパス”という社会から外れた人物を実験体にすることは割に適っている。
2、”サイコパス”であろうとも人間を実験体にすることは許されない事だ。それを良しとした当人は人間性すら怪しい。
どちらも”一般的価値観からはじき出された答えだった。問題はここからだ。
行動は一つしか出来ない。となると、選択をしないといけない。選択するという事は、自分の価値観までもが混じっているのではないだろうか?俺の意見が果たして、一般的な価値観だと言えるのだろうか?